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03 召喚の日 ①

仕事忙しすぎて書けないでござる・・・


始祖歴4625年 10月24日 運命の日






 下品な部屋だった。

 決して汚いという意味ではないし、安っぽいという意味でもない。

 豪奢な家具、煌びやかな調度品、目に映るモノ全てが信じられないほど高値で取引される高級品だ。壁にかかっている、鏡面より貴石類が眩しい姿見などは、平民が一生かかって手に入れる金額を超えるだろう。

 管理に関しても、何気なく置かれた小物の溝までもが埃一つないほど掃除が行き届いており、まさに「最高の部屋」と言っても過言ではないはずの部屋だ。

 だが、己の富を誇示することが至上の命題だとでもいうように、バランスも何も考えず、ただただ高級で、ただただ目に眩しいものを集め、並べてしまった結果、起こった悲劇がこの部屋だった。

 


「ロイズよ、今度こそ大丈夫なのだろうな?」



 下品な男だった。

 でっぷりと太った腹、弛んだ頬、どこを探してもアゴなどは無く、のど元は土管のようだ。そして悪趣味な部屋よりさらにケバケバしく着飾ったその姿は、醜悪を超えて最早滑稽ですらある。

 家畜に分類してもよさそうな体躯ではあるが、その目だけが凶暴な肉食獣のようにギラギラと光っていた。

 その男が問いかけた先にロイズと呼ばれた男が膝をついている。白いローブに白い頭巾をかぶり顔は見えないものの、震える指先が彼の抑えきれない恐怖と緊張を表していた。


「はっ 次こそは必ずガストラ閣下の満足ゆく結果を出してご覧にいれます!」

「前回もそう聞いた、その前もだ。よもやわざと召喚の儀を失敗させているわけではあるまいな?」


 ガストラが捕食者の目で睨み付ける。

 

「め、滅相もございません!」

「ではなぜ一向に望む者を召喚出来ぬのだっ!」


 突然の怒声に冷たい汗をかきつつも、ロイズは何とか声を絞り出す。


「そ、それは――」


 

 現在、確立されている召喚魔法は、《召喚》《契約》《行使》という段階を踏まなければならない。両者の関係は『借り』でも『服従』でも『対等』でも構わない。言語が一致する必要もないし、種族も関係なければ、力量差すらも関係ない。

 


 最初に《召喚》陣を構築するのだが、それに相手が応じるかどうかも完全に自由であって、応じた相手と《契約》をし、契約痕を打ち込み座標を共有することで、初めて《行使》が可能になる。

 これら全部をひっくるめて一般的に召喚魔法と呼ばれるが、半ば強制的に契約者を呼び出す《行使》とは魔法分類上「召喚」ではなく「転移」であったりするのだ。



 このような確立された召喚魔法に対し、現在行っている「召喚の儀」とは正確には召喚魔法ではない。

 デステニア王国だけに伝わり、秘匿されてきた大規模詠唱型の古代魔法であり、陣が大まかに相手を選別する部分は一緒だが、最初から相手の意思に関係なく強制的に喚び出すという、誘拐まがいの魔法構成を持つシロモノで、その召喚範囲は次元をも超えるという凶悪な術式なのだ。


 

 口伝によると、この術式によって来訪した者は《来訪者》と呼ばれ、地を割り天を裂く協力無比な人外の力を有するのだという。そんな規格外戦力を操れるのだとしたら、どれだけの利益になるか、群雄割拠のこの時代を鑑みれば考える必要もないのだろう。

 そんなメリットだけを見れば、素晴らしい術式であってなぜ秘匿するのか疑問に思うかもしれない。

 だが異世界から強制的に喚び出された相手が、敵意あるとんでもない化け物だったらどうだろう、価値観の異なる力の権化だったら? 全く未知の病原菌を保菌していたら?  

 文献を漁ると、いくつかそれらしき記述が見受けられるものの、過去数百年で使われた形跡はなく、倫理の壁も次元の壁も超えるこの術式は多くの危険を内包する秘術中の秘術だった。



 そんな術式を、ガストラは数か月前からロイズ達に使用させ続けていた。最早現在の状況を打開するためには躊躇う余裕などないのだ。 

 しかしそんな逼迫した状況とは裏腹に、芳しい結果は残せていないのが現状であった。

 それはなぜか


 

「召喚自体に成功しても、使い物にならないのです……」


 ロイズの返答は予想通りのものだった。ガストラが隠す気も無い舌打ちをする。


 

《魔素》


 この世界に充満する魔法の源だ。

 呼び名は様々で、亜人の多くはこれを《源泉》と言うし、十字教経典では《神の息吹》とされている。

 この世界は魔素なくしてはなりたたず、全ての人が直接的・間接的、日常的にその恩恵に与り暮らしている。風呂を沸かすのも食事を作るのも、どれもこれも魔素を利用する。大多数の人間は、生まれた時から当然のように魔素を体内に取り込み、これを感じ反応させることが出来る。

 なぜこのようなものが世界に存在しているかと問われたとしたら、この世界の住民はきっとこう答えるだろう「在るモンは在るんだからしょうがないだろ」と。

 呼吸する時、空気を吸い込むように、魔素を体内に取り入れることは疑義を挿む余地の無い常識なのだ。


 

 だがそれはこの世界に住む者にとっての理に過ぎない。

 数か月も召喚の儀をさせ続けてきたガストラにとってもこれは望外の事実だった。

 来訪者、つまりは異次元から到来した生き物にとって

 


 魔素は猛毒だ。

 


 これまで十数人もの人間を喚びだしてきたが、彼らは2人を除き半日たたずに死亡した。

 早い者だと数分で呼吸困難に陥り、10分で意識混濁、1時間後には体の穴という穴から体液をまき散らし、顔にあらゆる苦悶を張り付けたまま動かなくなる。

 長くもった者でも、数時間で昏睡状態に陥り、さらに数時間後、眠るように息を引き取った。

 では残りの2名はどうなったのか


「やはり残った2名も使い物にならんのか?」

「あれはもう「ヒト」ではありませぬ……」


 彼らは極めてあっさりと人の形を脱ぎ捨てた。 この世界の半分以上を占める《魔境》の魔物と成り果てたのだ。人を辞めてしまった彼らに知性や理性を期待などできるわけがなかった。

 そしてこの結果から成り立つ一つの仮説、その恐怖から二人は目をそらさずにはいられない。

 今この部屋を覆う痛いほどの沈黙は、二人がその可能性を胸の最奥へと押し戻そうとしているからだ。

 ガストラが悪夢を振り払うかのように声を荒げた。



「だがもう我々に時間はないのだぞ!」



 それは言われるまでもなくわかっている事実だった。

 1年数か月前、元宰相と元騎士団長の手引きにより逃亡した元王子。

 宰相を捕えたものの、騎士団長とアルス王子の行方はわからないままだ。

 当初は親王派の貴族や隣国に、亡命政府を立ち上げ旗を掲げると考えられていたが、一向にそういう動きはなく彼らを支援する動きも見られない。これは完全に地下に潜ったと考えるべきだ。


 

 といっても、本来ならば表にも出ず逃げ回ってる元王族の動向などガストラにとってはどうでもよかった。

 彼らが逃げた後に残った9歳の第二王子。彼をデステニア王国正当継承者として、王座に座らせた者がこの国の覇権を握ることになる。

 右も左もわからぬ幼子に、魑魅魍魎跋扈する宮殿をまとめ上げる力があるわけがない。だが彼には他の誰しもが持ちえない王家の「血」があり、それを根拠とする「大義」があった。

 有力貴族たちは彼を王座に就かせるべく、そしてその後見人となるべく、血で血を争う抗争を繰り広げている。様々な陰謀と思惑渦巻く坩堝の中心にいるのは二人の大貴族。ガストラはそのうちの一人だった。

 両勢力の局地的な武力衝突が起き、全面衝突ももう秒読みだ。この国は二つに分断され出口の見えない泥沼へと片足を突っ込んでいるのだ。



 幼い王子を王座に就かせる

 その着地点が明確なのにも関わらず、なぜここまで全面的な対立にいたっているか、


「皇剣だ……、皇剣さえ取り戻せば全てがこの手に収まるのに……」


 王子逃亡の際持ち去られた皇剣。これがすべての元凶だった。

 皇剣は王家の血を引く男子しかその力を発動させることは出来ない。これを帰納的に論ずるとどうなるか。

 

 皇剣を発動させた者こそが、王家の正当な後継者なのだ。

 

 神代の時代、始祖の代より、人々の血の連鎖の果ての果てより脈々と続けられてきた儀式。法や慣習や伝統を超え、最早一つの「文明」とも言い得るその大典を経ずして大義などあり得ない。

 人々の中に眠る呪いにも似た血の記憶が、それ以外の方法で王を名乗ることを絶対に許さない。いかに財を持ち力を持つ大貴族といえども、それをした瞬間、この国の全てが敵にまわるのだ。

 あれだけ人々から人気があったアルス王子でさえ、王を名乗ることはしなかった。なぜか皇剣を発動させることが出来なかったからだ。



「早く召喚を成功させろ! なんとしてもあの忌々しい売女の息子を見つけ出し、皇剣を取り戻せる者を喚びよせるのだっ!」

「はっ! 御心のままに!」



  

 

 


 


 

次はいよいよ召喚でござる

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