展示会の帰国子女
淡い恋みたいなのも、たまには書きたくなりました‥
その頃僕は、小さな外資系のメーカー、コズモス社に勤めていた。国内に 製造部門もあった。
半年に一度の展示会が、京都で開催されることになり、マーケティング担当の僕が任された。
毎回、約30社が参加するのだが、その年、隣のブースにとんでもなくあか抜けた女性が担当としてやって来た。
一言でいうと、まさしくクール・ビューティ。
展示会への客はアメリカ、または欧州からも来てるのだが、彼女の英語は完璧だった。
聞くと、帰国子女であるとのこと。名札は「月島」と読めた。
道理で、タイトな服を粋に着こなしている。
2日にわたる開催期間を終え、撤収作業の埃の中、彼女は冷たく見える笑みを片方の頬にうかべ、僕に言った。
「貴方のところの商品、結構これからも見込みあると思う。だから再来月、大阪で開催される展示会に出展すべきだわ。外国人のバイヤーもたくさん見込めるし、引き合いとか販売、伸びていくかもしれない‥‥」
「貴女の会社も出しますか?ブース」
「ええ」
帰国子女のほうが、より正しい日本語を話すということは頭では知っていたが、その通りであった。
僕は特別宅急便でブース関連機材を自社に送り戻す手続きを、いささか弾んだ気持ちで行った。
翌日、京都での小さな成果を部長に報告し、大阪に出展するとさらなる成果につながるに違いないと訴えた。
部長は費用対効果だの繰り返し、渋っていたがとうとう根負けした。
「今度だけだぞ」
僕の頭には、彼女しかいなかった。
‥‥大阪‥‥
展示会会場のパンフレットで彼女の会社の位置を探し、挨拶にいった。実は、前日の準備時間中にも行ったのだが、男性陣だけが黙々と仕事してたのであった。
僕の会社のブースとは、少し離れた場所だった。
やはり、その日の彼女の姿も、遠目であっても際立っていた。
「貴女が言ったように、僕、やって来ました」
「ええ。今回参加する会社を事前に拝見してたら、コズモスの名がありましたから判ってましたわ」
「‥‥」
外国人が彼女と商談を始めたい様子だったので、僕は自分のブースに戻った。
大阪の開催期間は3日間だったのだが、確かに引き合いも多く、商談も多数まとまり、社員としては楽しみな結果となった。
展示会が終了する間際、僕は彼女のところにお礼を伝えに行った。
「ありがとう。月島さんのお陰で商談、かなりまとまりました。つきましてはこれから、他に用件などなければ、お食事でもどうですか?」
「ごめんなさい。貴方、ひょっとしたら私のこと、デートに誘ってらっしゃるのですか?」
「ええ、お礼も申し上げたく思ったものですから‥‥」
彼女からの即刻の返事。「お断り、致します」
「だって僕、ご親切にご助言いただいたじゃないですか?」
「それは、貴方の会社の商品が魅力的に私の目に映ったからに他なりません。それ以上でもそれ以下でもありません。これからも一切、私のことを誘うなんてなさらないでいただきたいですわ」
それ以降も、僕は同じ会社にいて、似たような仕事を続けていた。
展示会にも出展したり、景気が悪くなったら出展しなかったり‥‥
そして十年余りが過ぎていき、その間、彼女に会うことはなかった。
その年、特徴ある新製品が開発され、久しぶりに大阪の南港にある巨大な会場に出展することとなった。
新製品を展示用に見映えよく配置し、会社のロゴを整え、競合メーカーの様子を偵察にまわったら、知らない会社のブースに彼女がいた。
僕の口は既に開いていた。
「ああ、その節は‥」
「ああ、あの時の‥」
「随分と、お久しぶりですね」
「そうですね」
「あれから、どうなさってたんですか?」
「いろいろと、あったのです。佐藤姓となり、また、元の月島姓となり‥‥」
「そうでしたか‥‥。僕、あの時、こっぴどく月島さんにフラれたし、えらいショックだったこと、覚えています。それより立ち話も何ですし、コーヒーでもしません?」
「ええ」
2人は会場内の喫茶店に行った。
「そう言えば、そんなことありましたねえ」
「僕は被害者だったから、僕のほうが強烈に覚えているのかも。」
「被害者‥‥だって。でも私も貴方のこと、決して嫌いじゃなかったんです」
「でしたら、どうして食事くらい‥‥」
「丁度あの頃、私の結婚話が控えておりまして、話を勝手にすすめてた母などからは『しばらくは毅然とした態度で臨まないと駄目よ』と言われたりもしてましたもので。貴方は、あれから‥‥」
「ええ、結婚はしました。でも、あまり幸せな結婚だったとは思ってません。僕はあの時、月島さんに、瞬間ではありましたが情熱を覚えました。」
「‥‥」
「あれ以来、僕は情熱を抱くのを恐がるようになったのかもしれません。だから、それらと無縁の生活を送ってます」
コーヒーを飲み終え、二人は別れた。
もう僕は、本当にこれから先、女の人に情熱を抱くことはないのかもしれない。
そして、その原因が月島さんであることを考えたら、胸をしめつけられるような痛みを覚えた。
夜の女性を描くことには、いささか自信がありますが、今回は、どうでしょうか‥