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体育祭練習、と魔女

作者: 柾童蒼志

谷代 夏伊<たにしろ かい>は、入学数ヶ月目にしてとんでもない難関にブチ当たっていた。というか、難関にブチ当たった人物のとばっちりを食ってしまった。


春。秋ではなく、春。

世間一般でいわれている読書や食欲や芸術の季節ではない。ましてやスポーツなど論外だと思うのだが………どうしてだかこの学校では、体育祭が春に行われる。

「………なんで………こんな行事が存在するんだ………?全くもって理解不能だ。この高校は常識とか倫理とかそういうものを備えているのだろうか。こんな行事が何の役に立つというのだ!!」

「………そんなこと俺にいうなよ。っていうかぐちゃぐちゃいってる割に内容はただ『体育祭なんて嫌だ』っつーその一言に尽きてるよな」

「何だと!馬鹿にするのか夏伊のくせに!わたしの意見にケチをつけたければ、六法全書を読破してこい!!」

また理解不能な発言だ。というかそれではまるでこの話しが法律などで語れるように思われてしまうではないか。

そうではない。

そうではないのだ。

麻空 宮梨<まそら みやり>という魔女がここまで体育祭を目の敵にするのは、ただ麻空の運動神経がぶち切れいているから、という理由だけだ。そこを間違えてはいけない。

麻空は頭は妙に良く、なんでこんな良くも悪くも平均的な高校に来たのかわからないのだが、その代わりとでもいうかのように運動神経に恵まれていなかった。

本当に、冗談抜きに、前転も出来ない。

走らせればクラスでビリ、体の固さは学校一、腹筋背筋問わず筋力という筋力はもう何年も動かしていないのではないかという程に、弱い。

最初の体育の時など俺ですら突っ込みを放棄したのだ。友人に『お前お笑い芸人目指すといいよ』とまでいわれ、中学校卒業時には担任の先生はおろか校長先生からも『いい相方を探せよ』という妙な言葉を贈られてしまった、この天然突っ込み体質(ただし自認はしていない)の俺が。

それくらい、麻空の運動音痴は筋金入りだった。

麻空も一応自覚はあるらしく、体育の時は他の授業の数十倍真面目に受けているのだが、一向に良くならない。頑張ってはいるので単位だけは落とさないだろうが。

そんな麻空に取って体育祭はかなり嫌な行事だろう。クラスの皆もそれをわかっていて、麻空を借り物競走などという運動神経だけの勝負ではない出し物に優先的に振り分けてくれたが………それでも、麻空の憂鬱は日に日に酷くなるばかりだった。

麻空の友人で俺のクラスメートでプチ不登校児だった紫暮 未浜<しぐれ みはま>の意見によれば、『体育祭が終わればいつも通りになる』とのことだったが、それってつまり体育祭が終わるまではこのままってことなので、なんにしても俺の気は晴れない。

ちなみにその紫暮は運動神経が異常に良く、ブロック対抗リレーという花形競技のアンカーを任されていた。普通は三年生の男子が任されるものだが、紫暮の足の速さとこの青ブロックの応援団の先輩たちが決めた作戦が合わさった結果、そんな走順になったそうだ。

むしろ俺は紫暮が騎馬戦に出れば余裕勝ちだろうな、とか思っていたのだがそれはさすがにまずかろう。あんな男っぽい性格しているのに、残念な話しだ。

こうなればいくら強大な力を操る魔女であろうと普通の女子高校生と変わらないなあ、とか思う。麻空は普通というには運動音痴過ぎるし、紫暮は逆に良すぎるのだが。

麻空には、体育祭を中止させることが出来る。お得意の魔法でどうにかすれば良いのだ。麻空に尋ねたところ、その方法はいくらでもあるそうだ。

だが、と麻空は続けた。

『中止させたら、逃げることになる』

だからそんなことはしない。

麻空は、そういった。

魔女なのに、そりゃもうほいほい魔法使って俺みたいなやつにあっさり正体ばらすような魔女なのに、こういうところだけはきっちりとしている。麻空は別に正体を隠している訳ではないようなのだが。

別に良いか。魔女が魔法を使わない時だってあるだろう、そりゃ。俺だって突っ込みをしない時があるのだから。

もうすぐ体育祭だ。麻空が俺に八つ当たりする日々ももうすぐ終わる。

俺はせいぜい自分の出来ることを精一杯やって行こう。ああそういや俺、障害物競走なんていうめんどくさいものに出るんだった。

ふと先輩たちの声が届いた。視線を向けると、青ブロックの人がひとかたまりに集まっている。

「ほら行くぞ。応援の練習するんだってさ」

「ちょっと待て……ハチマキが上手く結べない」

「いいから。だいたいハチマキなんて当日だけでいいって先輩たちもいってただろ?」

「しかし今から練習しとかないと……私はハチマキ結ぶのも苦手だからな」

体育関係になると、途端に苦手が増えるやつだ。俺はため息を一つ、麻空に見られないようにこっそりとついた。

もう皆ほとんど集まっていて、並ぶ順番まで決め始めている。早く行かなければ迷惑がかかるだろう。

俺は麻空の細い手首を掴むと、そのまま走り出した。

「なっ………夏伊!!」

「ハチマキは後で、結び方教えてやる。それでも駄目なら俺が代わりに結んでやるから。今はとりあえず集合だっ!!」

麻空が出せるスピードより少しだけ速く走って、俺たちは皆のところへと戻った。


…………何故だかその後、麻空の機嫌が良かったり悪かったり凄く微妙だったり、紫暮がにやにやと悪代官笑いを向けてきたりしたが、理由はさっぱりわからなかった。

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