第四六話 北への回帰
第四十六話!
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東野村の夜は、砂漠のそれよりもずっと騒がしく、指示を待つ軍勢の気配もない代わりに、ひどく「温かかった」。
家々の隙間から聞こえる笑い声、家畜の鳴き声。そして何より、隣の部屋で眠る「養母」となった女性の穏やかな寝息が、僕たちの五感を狂わせる。
「……零、起きてるか」
三歳のシンが、暗闇の中で僕の服の裾を引いた。
八歳の僕は、提供された清潔なベッドの上で、天井の石組みの強度を無意識に解析していた。
「……ああ。医学的に見て、今の僕たちの状況は『過保護による成長阻害』だ。ここに長居すれば、僕たちの『復讐』は幸福という名のバグに消される。早くここを脱出して、あの場所へ戻らなきゃならない」
僕たちは音を立てないようにベッドを抜け出した。
三歳の誠は、昼間に配られたおやつの糖分をエネルギー源に、脳内メモリをフル回転させている。僕たちの当面の目標は、村の入り口近くにある、あの「呪いのガラクタ」として没収された武器が眠る物置の攻略だ。
「……零、あの物置の錠前は単純だ。僕が調合した『即効性腐食液』があれば、三秒でデバッグできる」
「助かるよ、誠。……でも、その前に村の『水路』をハッキング(改良)する。この村の井戸、魔素の混入率が高すぎて、いずれ村人全員が重金属中毒のような症状を起こす計算だ」
ここを捨てる。けれど、医学者としての誠も、工学者としての僕も、目の前にある「バグ」を無視することができなかった。
僕たちは物置へ向かう道すがら、村の共有水路に立ち寄った。僕はそこらにあった石灰と木炭を組み合わせ、魔法を一切使わずに「多層ろ過システム」を即席で構築した。
「……これで明日の朝には、この村の『水』の純度は九十九パーセントまで跳ね上がる。……ささやかな、お礼さ」
「……零、優しいね。さあ、次は本命の『牙』を取り戻しに行こう」
僕たちは自警団の目を盗み、影に潜みながら物置の重い扉へと近づいた。誠が小さな手でポーチから腐食液を取り出し、鍵穴へと流し込む。ジュウ、と静かな音を立てて真鍮の錠前が溶け落ちた。
扉を開け、僕たちは心血を注いでガラクタから作り上げた「第一の牙(水速射砲)」と実験器具を、その小さな両手で手際よく奪還した。
「……待ちなさい、あんたたち」
―――体が一瞬で凍り付いた
背後からかけられた、あまりに穏やかで温かい声。
僕と誠の身体は、氷でも流し込まれたかのように硬直した。
ゆっくりと振り返ると、そこには月明かりを背に受けた、あの世話焼きな「養母」が立っていた。
その手には武器などない。あるのは、夜風で冷えた僕たちの身体を気遣うための、厚手の毛布だけだった。
「……あ、あはは。散歩だよ。砂漠の星が綺麗だったから……」
八歳の僕は、必死に子供のフリをして笑いを作った。だが、僕の腕にはすでに『水速射砲』の鉄の感触がある。彼女は、僕たちが手にした異形の武器を見つめ、それから、僕たちの冷え切った小さな手を優しく包み込んだ。
「……どうしても、行くんだね」
すべてを察したような、悲しい、けれどすべてを包み込むような声音。三千の軍勢を消し飛ばした僕たちの『狂気』を、彼女はただの『傷ついた子供の強がり』として受け止めていた。
「……ごめん、お母さん。僕たちは、魔法という不条理に消された三千人の命の重さを背負っている。だから、あの北の村に戻って、世界をデバッグしなきゃいけないんだ」
三歳の誠が、毅然とした声で告げた。
彼女は何も言わず、僕たちの肩に、そっと温かい毛布をかけた。
「……冷えるからね。しっかり持っていきなさい」
その優しさという名の最強のバリアを背に受けながら、僕たちは振り返らずに東野村の入り口へと歩き出した。
目指すは、僕の第二の故郷である『北の村』。
魔法を失い、ただの八歳と三歳に戻った僕たちの、本当の逆襲の旅が、砂嵐の闇の中へと再び始まった。
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