婚約破棄はハニートラップと共に
「ロザリア・ルーセント公爵令嬢! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーにアルフレッド王太子の声が響いた。
声の先を追ったパーティーの参加者たちは、ノーマ・インディス子爵令嬢を侍らせたアルフレッド王太子が婚約者のロザリア様と対峙しているのを見る。
ロザリア様が口を開いた。
「ナ、ナゼデスカ、あるふれっどサマ」
下手か!
「何故だと? それは、このノーマが可愛くて綺麗で可憐で清楚でお色気ムンムンだからだ!」
言葉選びが雑!
どうも、お色気ムンムン(涙)のノーマです。
この三文芝居の始まりは、二か月前に遡ります。
王宮の一室で行われているアルフレッド王太子と婚約者のロザリア様の定例のお茶会。
そこにはなぜかあたしも参加していた。
三人の沈黙が重い。
あたしは、今は子爵令嬢だけどついこの間まで平民だった。子爵家の息子が平民の女性と駆け落ちして生まれたのがあたし。
このたび子爵家に乗り込んで祖父に孫と認められ、王立学園に通うことになり。そこでアルフレッド王太子に出会ってお近づきになった。むしろ近づきまくった。
でも、婚約者とのお茶会に混ざれるほど親しくなった……かな?
などと思いめぐらせているとドアの外が騒がしくなり、止める衛兵を振り切った男性がドアを開けた。
部屋に現れたのは、アルフレッド様の一歳年下の弟のクリフ様。
歳が近いこともあって自分が兄の王位継承の邪魔にならないよう、「兄が結婚して子供が出来るまでは、自分は婚約も結婚もしない」と断言している真面目ちゃん。
アルフレッド様に近づくあたしの事を、露骨に胡散臭い目で見ている。
「来たか、クリフ」
「『これからロザリアと婚約破棄しちゃうよ〜!テヘッ☆』なんてふざけたメッセージが届いたら飛んで来ますよ!」
「『テヘッ☆』は、ふざけすぎたか……」
いや、そこじゃないから!
「じゃ、婚約破棄だ。ロザリア」
「だから! なんでロザリア様と婚約破棄なんてするんです! まさかその女のせいですか!」
ギロッと睨み付けられる。
「クリフに紹介しよう。ノーマ・インディス子爵令嬢だ」
「知ってます!」
「ロザリアの寄越したハニートラップだ」
「……は?」
アルフレッド様以外の三人が固まった。
「き、気が付いてたんだ?」
精一杯の虚勢を張って尋ねてみると
「こんな老けた十代がいてたまるか。年増に手を出す趣味はない」
とグッサリくる返しをされた。ストレート過ぎるだろ!
そうだ。この王太子は歯に衣を着せず、遠慮なく無神経な事をデリカシーの欠けらも無くズケズケと容赦なく言い放つ。
市井にいた私を見つけたロザリア様にハニートラップをお願いされた時は報酬目当てに引き受けたけど、いざこいつに近づいてみたらこの性格に「ロザリア様が婚約破棄したいのもさもありなん」と同情したものだ。
「そんな訳でロザリアとは婚約破棄だ。好きな人がいるならそうと私にも相手にも言えばいいだろう。こんな手を使って他の令嬢を好きになった私から婚約破棄させて、自分は棚から牡丹餅で好きな男との婚約を画策したか? 全くもって陰湿で愚かだな!」
アルフレッド様の容赦ない舌鋒に顔色を無くしたロザリア様が席を立ち部屋から走り去る。
驚きで固まっていたクリフ様が慌てて追いかけた。
ドアが閉まり足音が遠ざかると、部屋は沈黙に包まれる。
「これだけ言えば告白するか? そうしたら丸く収まるのだが……」
アルフレッド様のつぶやきに、ロザリア様の思い人を知った。
「…………あ、あたしの処分は?」
勇気を振り絞って聞くと、キョトンとされた。
「処分? お前は何もしてないだろう。王立学園に年齢制限は無いぞ」
歳の事は置いといて!
「あたしは害心を持ってあんたに近づいたんだよ」
「害心も邪心も僻心も日常だ」
王太子の生活ってハードなのね。って、そうじゃなく!
「処分されたいのか。……ノーマが狙っていたのは、インディス子爵家に傷を付ける事だったのか」
図星を指された。
元々王太子の心を射止められるなんて思っていない。ただ、父と母の仲を許さなかった祖父に、平民になってすっかりろくでなしになってあたしと母さんに苦労させた父を育てた祖母に、父が他の女と姿をくらまして母が病気をおして働いているのも知らずにのうのうと過ごしている祖父母に煮え湯を飲ませてやりたかった。
「インディス子爵は厳しい方だ。君の父が、妻と娘を捨てて家に帰りたいと言っても許さないくらい」
そんな事を言ったのか、あのクズ父。
ん? 『妻と娘』? あたしの事を知ってた?
「君の存在はずっと気にかけていたよ。陰ながら援助をしていたそうだ。心当たりは無いかい?」
「……あ! 母さんの行くお医者さんの『当たりが出たら治療費無料くじ引き』! 何でいつも当たりなんだろうって思ってた」
「まず、病院でくじ引きする不自然さに気付け」
そっか……。てっきりあたしの存在なんて知らないと思ってロザリア様の計画に乗ったのに。
ロザリア様から貰った報酬は母さんに置いてきた。
「もう貧乏生活が嫌だから子爵家に行く」
って言い残して。あのお金を渡せた事だけは良かったな。
しんみりした所で気づいた。
「お祖父様たち……あたしの本当の年齢を知ってた?」
「当然だ。いきなり若作りした孫娘がやってきて王立学園に通いたいと言い出したので、不憫に思っていたそうだ」
……いたたまれない!
「ところで、私は婚約者がいなくなったのだが」
「はあ、そうなりますね」
「こんな私なもので、私は令嬢たちから嫌われている」
「でしょうね」
道理であたしが殿下に近づいても誰も止めなかったわけだ。
「私が国王になったら、きっと多数の敵を作る事になるだろう。下手をしたら国の危機だ」
「自覚はあるんですね」
「なので、王位は弟にまかせて私は黒幕、いや暗躍、いや補助に付きたいと思っているのだが」
「本音がだだ漏れてますけど」
「だが、無駄に優秀なもので廃太子となる理由が見つからない。他国に付け入れられない表向きの理由が」
「へー」
それとあたしに何の関係が?
「そして、ついに方法を見つけたのだ。家格が低くて平民の血を引いている王妃にはなりえない女性との愛を貫くために王族を抜ける事にすればいい!と」
開いた口が塞がらない、というのを初めて実体験した。
「えっと……。年増は好みじゃないんですよね?」
「全くもって好みではない。しかしインディス子爵とは楽しくやれそうだ」
「ああっ! 気が合いそう!」
頭を抱える。
「インディス子爵もそう言ってくれたよ」
いつの間に!
「で、でも私なんかがアルフレッド様と」
「父上は大喜びだ。よくぞその手を思いついた!と」
いつの間に!!
二か月の間にすっかり外堀は埋められて、仕上げは卒業パーティーで、となった。
婚約破棄を宣言したアルフレッド様が私を引き寄せ、ロザリア様がショックを受けていると、どこからともなく現れたクリフ様がスチャッとロザリア様の前に跪く。
「ずっとロザリア様をお慕いしていました。どうぞ私の婚約者になってください」
「クリフ様……」
クリフ様の差し出した手をロザリア様が取ると、周りの人たちもこの茶番劇の意味を悟ったようだ。一斉に祝福の拍手が起きる。
明日には、平民の血を引く令嬢を愛して王太子の地位を捨てた兄王子と、密かに兄の婚約者を愛していた弟王子の二つの真実の愛の話が広まるだろう。
沸き立つ会場から、私とアルフレッド様はそっと抜け出した。
人の少ない廊下を二人で歩く。
「後は、君の所に婿入りするだけだ」
「そうですねー。楽しみですねー」
もうどうにでもなってくれ。
「あ、一人迎えるのも二人迎えるのも変わらないからと、一緒に病人を連れていくことになったよ」
「へ? 病人………って」
「君の母上」
「……嘘」
あたしの嘘は母さんにバレてた。ロザリア様の演技力を笑えない。
「じゃあ、帰ろうか」
「これでもう王太子に戻れませんよ」
「構わない。他の女性と違ってノーマとは話が続いて楽しいんだ」
「あたしは平民育ちだから、貴族の遠回しな表現に慣れてる令嬢より耐性があるんでしょうね」
「そうなのか? 私はこれが愛なのだと思ったが」
「愛……!?」
本当にこの王子はストレート過ぎて困る。
2025年11月2日 日間総合ランキング
15位になりました。
ありがとうございます(o^^o)




