第72話……飛行船の見える街角で
あれから程なくして、パニキア連邦の首都ラスプーチンは陥落した。
とはいえ戦は完全に終わったわけではない。交戦派の指導者は北東へと逃れ、徹底抗戦を叫んでいる。
だが穏健派はガーランド帝国との講和に応じ、正式な停戦が布告された。これからは事務レベルで会談が重ねられ、細かな条件が詰められていくという。
その日、私は帝城の大広間に立っていた。
厳かな儀式の中、皇帝陛下の御前に進み出る。玉座から放たれる冷ややかな視線に全身が強張る。
「フォーク殿!」
勅語と共に、煌めく勲章が授与された。
それは大粒のダイヤモンドを嵌め込んだ、重すぎるほどの勲章だった。
胸にかけられた瞬間、その重量が戦場の血と汗の証として肩に食い込むように感じられる。
さらに読み上げられた。
――昇進。大佐。
この階級より上は、閣下と呼ばれる将軍しか存在しない。
前の世界では望むべくもなかった社会的地位を、私は手にしたのだ。
だが同時に悟る。これ以上の昇進は上級貴族でない限り、ほぼ無理だ。参謀大学校での長い研鑽も不可欠だ。
戦乱があったからこそ、この短さでここまで来られたのだ。平時なら、到底望めぬ道だっただろう。
式典のあと、同席していたバーレ中将が耳打ちしてきた。
「外務省は例の“怪物”の件を秘密裏に集めている。帝国政権の中枢は、既にその知識を共有しているらしい」
私は頷いた。ザームエルのヤツにこっそり聞いてみる機会もあるだろう。
だが、ふと胸に去来する疑問があった。
――帝国はこれから、食糧と魔炎石の両立をどうするつもりなのだろう?
私は中将に思い切って尋ねてみた。
「閣下、この先、帝国は……」
「知らんよ」
中将は苦笑を浮かべ、肩をすくめただけだった。
確かに、一軍人が気にするには大きすぎる問いである。
これからは政治家の領分――そう割り切るしかないのだろう。
◇◇◇◇◇
「……さて」
私は授賞式の料理を堪能する。
年代物の葡萄酒を片手に、アツアツのウズラの香草焼きに舌鼓を打ち、七面鳥のグリルも絶品だった。
さらに、初めて口にした“海老フライ”という料理は衝撃だった。
――このレシピは、ぜひ後で聞き出しておかねばならない。
「大佐、この度の戦いでの御活躍のお話、聞かせて下さる?」
上級貴族の御婦人方が興味津々に問いかけてくる。
だが、正直に言えば食事の邪魔はしてほしくなかった。
……戦場の話など、誰も本当には味わいたいものではないのだから。
ミンレイはこの場にいない。
例の侯爵家の問題が尾を引き、法的にはまだ正式な夫婦ではなかったからだ。
だが中将の政治工作で、ようやく道筋が見えた。
仲人も中将――これで私は、公私ともに彼女に逆らえなくなるだろう。
――翌日。
三ツ星ホテルを出て、帝都の大通りを歩く。
ミンレイへの土産を探したが、何がいいのか分からない。
――まぁ、また彼女と一緒に買いに来ればいいか。
ポコリーヌと一緒に、焼きたてのバタークッキーを売る露店に足が止まる。
私はミンレイへの包みを買い、余分に買った一切れをポコリーヌと分け合った。
「旨いな」
「美味しいポコ~♪」
二人で見上げた青空には、飛行船〈スカイ・ホーク〉がゆっくりと進んでいた。
――だがその巨影を見ながら、胸の奥に不安がよぎる。
空を覆う飛行船の影は、次なる嵐の到来を暗示しているかのようであった。
〈了 ――しかし物語は続く〉
最後までお付き合いいただき有難うございました。
御機会ありましたら次回作もよろしくお願い申し上げます。
2025・11・8 黒鯛の刺身♪




