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蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


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第57話……鉄獣の黄昏

 我ら帝国旅団は進軍を続け、ついに作戦目標の一つである都市ショーリナの目前、十五帝国ラトルほどの距離にまで迫った。

 その白煙を吐く煙突群や、歯車じかけの工場の影が遠くに小さく見える。


 だが、旅団司令部の報によれば、この都市を守るのは連邦最精鋭――蒸気の怪物を駆る第一機甲師団であるという。


 この時、私は偵察の任を帯び、新式の蒸気自動車のハンドルを握っていた。歯車が唸り、真鍮の計器が震える。

 隣には老伍長フンボルト、彼の顔には幾度も強行偵察をこなしてきた者特有の緊張と経験の刻まれた皺が浮かんでいた。


 車は煤煙を噴きながら坂道を駆け上がり、我らは旅団のはるか前方の丘陵へと到達した。



「敵の戦車が見えます!」


 偵察経験が豊富なフンボルトが叫ぶ。


 私は双眼鏡を掲げた。すると、彼方の地平を覆うように、無数の蒸気戦車が白煙を上げてゆっくりと進んでいた。

 まるで真鍮と鉄でできた獰猛な獣の群れ――おおよそ正面から戦いを挑むなど、自殺行為に等しい。


 さらに、私は双眼鏡を降ろし、左眼の能力をひそかに起動した。

 視界に淡い緑の光が走り、敵の戦車群の姿が、正確な距離と数値を伴って浮かび上がる。


「……二百両。しかも正面に集中しているな」


 私は低く呟き、地図に素早く書き込む。

 隣で必死に目を凝らしていたフンボルト伍長が驚いた顔を向ける。


「大尉、あの土煙の向こうまでは見えぬはず……。どうしてそこまで正確に?」


「えーっと、きっと長年の勘だ」


 私はそれ以上を語らず、能力を閉じた。

 緑の数値は霧のように消え、いつもの煤けた景色だけが残る。

 老伍長は「……はぁ?」と、不思議そうにしていた。


「……よし、旅団司令部に戻るぞ!」


「はっ!」


 私たちは急ぎ自動車を反転させ、蒸気を吐き散らしながら幕舎へ戻ったのだった。



 幕舎に入ると、司令部は緊張に満ちていた。


「……ほう、そんなにいるのか?」


 と誰かが低く問う。


「はい、戦車だけで大小二百台は確実です。さらに装甲馬車などを含めれば……」


「な、なんだと!? 二百だと……。見間違いではあるまいな?」


 幕僚の声は悲鳴にも似ていた。

 私は左眼を閉じ、記録していた映像を再確認して応える。


「確かです。見間違いではありません」


 敵の師団は、全体としては広く分散しているが、数字から察するに、その鉄の群れの多くは、我が旅団の正面に構えている情勢だった。幕舎に重苦しい沈黙が落ちた。


「……で、フォーク大尉。貴官はどう見る?」


 少将の眼差しが私を射抜く。


「できれば回避したいところですが……都市ショーリナは作戦目標です。迂回は許されませぬ。偵察飛行艇の報告によれば、敵の補給網はいまだ混乱の最中。この機を逃せば勝機は薄れるかと」


「ふむ……。概ね他の者も異論あるまい?」

 

 幕僚たちは黙って頷き、視線を少将へ注いだ。


「よし。大尉の偵察中隊は我が旅団の目となり、前方のこの高地に展開せよ。その背後には蒸気重砲隊を急ぎ布陣せしめよ。戦列歩兵は――騎兵は――」


 バーレ少将は矢継ぎ早に命を飛ばし、幕僚たちも慌ただしく動き出す。


 私への命令は即時の展開を要するものであった。私は一礼すると、すぐさま幕舎を辞し、中隊指揮所へと急いだのだった。




◇◇◇◇◇


「……また、観測班ですか!」


 中隊に戻ると、副官アーデルハイトが不満を漏らす。


「ああ、すぐに行くぞ」


 私は短く答え、彼女をなだめた。

 我が隊はわずか五名。だが、魔動機〈タイタン〉と新型蒸気自動車の存在により、百名規模の中隊に匹敵すると目されていた。むしろ私が直接タイタンを駆るため、兵の数は少ない方が統制も取りやすいのだ。



 夜陰に紛れ、我らは目標の高台へと到着した。


「よし、掘れ! 掘れ!」


「はっ!」


 兵たちは黙々と土を掘り、まず掩体を築く。

 特に巨体のタイタンを隠さねば、敵の標的になるのは必定だ。だがタイタン自らが鋼の腕で土を抉り、掘削を助けるため、作業は驚くほど早く進んだ。


 背後に光による点滅式の信号機を据え付ける。これで敵座標を司令部へ伝えられるのだ。

 掘り終えた我らは携帯食を口にしながら、迫る戦車群を待った。

 


――やがて夜明け。


「敵戦車、発見!」


 老伍長フンボルトの叫びが冷気を裂く。


 私はタイタンに備え付けの高倍率望遠鏡を覗いた。土煙を巻き上げ、比較的足の速い軽戦車から巨体を揺らす多砲塔戦車まで、数え切れぬ鉄の群れがこちらへ進んでくる。


 次の瞬間、私は左眼をそっと開いた。

 瞬間、視界は緑の光に覆われ、等高線と座標が網の目のように走り出す。


 敵の戦車は一両ごとに枠で囲まれ、「TANK 011」「TANK 012」と識別番号が浮かび、距離や速度、進行方向までもが数値化されて現れる。


 小型の軽戦車には「距離3.8帝国ラトル。時速8.6帝国ラトル」と表示され、大型の多砲塔戦車には「距離2.2帝国ラトル 重量級」と赤い警告表示が点滅した。


 私はその数値を読み上げ、座標として部下に伝える。


「ドリス一等兵、マテオ二等兵、信号準備!」


「了解!」


 元民間飛行艇の信号担当の二人が、私の言葉を即座に歯車式の機械に入力し、信号機で後方へ送った。


 直後、空を割く轟音が耳をつんざいた。


 後方の高台から放たれた蒸気重砲弾が幾筋もの弧を描き、雷鳴のごとき唸りを伴って戦車群の頭上へと降り注いだのだ。

 一発一発が命中するたび、戦場は火と煙の渦に飲み込まれていく。


 巨弾が直撃した戦車は、分厚い装甲板を外側から叩き割られ、鋲の列ごと吹き飛ぶ。

 溶断された鉄片が雨のように四散し、周囲の歩兵たちに突き刺さった。悲鳴が一瞬だけ響いたかと思うと、次の瞬間には爆風が彼らを地面へ叩きつける。


 ある車両では、砲弾が天蓋を貫いた瞬間、内部の蒸気缶が圧力に耐えきれず爆散した。

 白濁した蒸気が嵐のように噴き出し、続いて赤々とした炎が噴き上がる。金属の巨体は内側から裂け、塔のように組み上げられた多砲塔が根元から崩れ落ち、周囲の車両を巻き込んで雪崩のように倒れ込んだ。


 土煙の中で、ある砲弾は外れたかに見えたが、跳ね返った破片が履帯を断ち切り、駆動軸を粉砕する。

 鉄の車輪は狂ったように空回りしたのち、やがて蒸気を噴き散らしながら完全に停止した。


 搭乗員たちがハッチから這い出すも、すぐさま次弾が近傍に落ち、爆風に飲まれて影のように消えていった。


 ……やがて、戦車群全体が炎と煙のうねりに呑まれていく。


 直撃で砕かれた鋼の装甲は大地に突き刺さり、鋼が軋む悲鳴が幾重にも重なり合い、戦場はまるで巨大な鍛冶場のなかに投げ込まれたかのようだった。


 やがて至るところで火災が発生し、濃密な黒煙が渦を巻いて空へと昇っていく。

 その煙の合間から、逃げ惑う兵士の影がちらついた。中には戦車を放棄し、炎に追われるように走り去る者もいたが、背後で砲弾が炸裂すると、彼らの姿は一瞬にして炎の中へ呑まれていった。


 視界全体が爆炎と蒸気で歪み、戦場そのものが崩壊していくかのようであった。敵の鉄獣たちはもはや鉄の群れではなく、燃えさかる廃材の山へと変貌しつつあった。




◇◇◇◇◇


 敵のごく一部が、ようやくこちらを捕捉したようだ。

 生き残っていた二両の巨大な多砲塔戦車が、土煙を上げながらこちらにゆっくりと迫る。


「アーデルハイト准尉! 対戦車弾、用意!」


「はっ!」


 タイタンが据えた長砲身の対戦車銃に、二十ミリ弾が装填される。

 私は左眼の照準マーカーで敵の履帯を正確に捕捉し、引き金を引いた。


――轟音。

 金属が砕け、巨体が足を止める。


 続けざまに装甲が薄そうな副砲塔を狙い撃つ。一両は爆煙に包まれ、もう一両も蒸気設備を貫かれて白煙を噴き上げた。搭乗員が次々に這い出し、戦車を放棄する。


「中隊長! お早く!」


 アーデルハイトが急かすが、特注の後装式といえど装填は手間がかかる。私は慎

重に次弾を込め、残った敵を無力化した。




◇◇◇◇◇


 昼過ぎには、敵軍は総崩れとなり、退却を始めた。

 その刹那、旅団司令部から信号弾が上がる。――総攻撃の合図である。


「逃げたぞ! 追え!」

「かかれ!」


 真鍮のサーベルを掲げた帝国騎兵が先陣を切り、敵の背へと突撃する。歩兵を斬り伏せるのみならず、生き残った戦車へ飛び乗り、奪い取る猛者まで現れた。


 足の遅い輜重隊は、戦列歩兵に包囲され次々に投降、多量の弾薬と物資は我が方の手に落ちた。


 午前に始まった戦いは、日暮れまで続いた。夜半には、とある騎兵がなんと敵司令官を捕縛するという戦果までもを挙げる。



 翌朝、凄まじい数の捕虜と物資、そして貴重な蒸気戦車などの鹵獲が報告され、バーレ旅団長の司令部には勝利の熱気が渦巻いたのであった。


 パニキア連邦の要衝ショーリナが降伏を申し出たのは、その日の夕刻のことである。

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うまくいっているみたいですが。
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