第47話……小さな計画、大きな陰謀。
帝都の外れ、霧深い山間の別荘――。
古びた蒸気機関の唸りが遠く響く中、薄暗い密室に重厚なマホガニーの机を囲み、老獪な貴族たちが集っていた。
煤けたランプの光が、革張りの椅子に座る彼らの顔を不気味に照らし出す。
臨時議会を前に、帝国の行く末を左右する密議が交わされていたのだ。
「さて、誰を首相に据えれば、下々の民が納得するかな?」
老貴族の一人、ヴェルナー宮中伯が、葉巻の煙を吐きながら呟いた。
「ふん、土臭い連中のことなど、我ら高貴なる者には知れたことではない」
対面に座るクロイツェル伯爵が、銀の義手をカチリと鳴らし、冷笑を浮かべる。
「だが、皇帝陛下のご意向も無視できぬ……」
ヴェルナー宮中伯が渋い顔で続けた。
「ふむ。ならば、適当な傀儡を立てるとしようか」
老獪な貴族たちの目が、燻るランプの炎のように揺れていた……。
◇◇◇◇◇
臨時帝国議会の日――。
今日は、新しい政権の首班である首相を選ぶ日だった。
議事堂の巨大な歯車が軋む音を背景に、議員たちが蒸気駆動の投票機に木札を投じていく。
煤と油の匂いが漂う中、議場は異様な静けさに包まれていた。
やがて、侍従長が甲高い声で開票を命じる。
蒸気ポンプの吐息のような音とともに、古めかしい機械が木札を数え上げる。
議場を見下ろす皇帝の肖像画が、まるで全てを見透かすように沈黙していた。
「得票数、第一位! アルノ=メンゲンベルク殿!」
……その瞬間、議場はどよめきに包まれた。
メンゲンベルク――民衆の喝采を浴びる若き改革者との噂高い。
だが、彼が率いる自由労働党は、議会で多数派とは程遠い弱小勢力だった。
それゆえ、この選出の理由は誰の目にも明らかだった。
背後で、真っ黒で気味の悪い歯車のように、複雑な陰謀が回り始めていることを――。
◇◇◇◇◇
帝国議会に暗雲が垂れ込める頃――。
私は港湾都市フォボスに立ち寄っていた。
赤く染まった海は、戦乱の残骸――錆びた鉄骨や漂う木片――で埋め尽くされ、まるで血の色を映しているようだった。
岸壁沿いを歩きながら、煤けた空気と潮の匂いが鼻をつく。港の端、岩陰の先に広がるのは、我がユンカース商会がひっそりと運営する小さな造船所だった。
町外れゆえ不便ではあるが、人目を避けるには都合が良かった。
「ラングの親父はいるか?」
私は新顔の少年工員に声をかけた。垢じみた作業着をまとう彼は、無言で錆びついた小屋を指さした。
建屋に足を踏み入れると、工場長のラングが蒸気溶接機の火花を散らしていた。
戦乱で破壊された機械類の修理依頼が殺到しているらしく、造船所は蒸気エンジンの唸りと鉄の打音で活気づいていた。
「おお、商会長。何の用だ?」
ラングは私の気配を察し、ゴーグルを外して作業を止めた。
「実は、作ってほしいものがありましてね……」
私は昨夜、徹夜で仕上げた設計図を差し出した。分厚い紙には、複雑な機構の銃が描かれている。
「ふむ、このサイズ……。魔動機用の銃だな?」
「その通りです」
「だが、この長さでライフル溝を刻むのか? 手間がかかるぞ。一体何に使うつもりだ?」
「軍事機密です」
「……」
ラングは黙って設計図を机に広げ、煙草に火をつけた。私は彼に倣って一本くわえ、煙を吐き出す。
ふと見ると、彼の机の隅には、黒い塊のようなものが転がっていた。
「これはゴムですか?」
「ああ、扱いづらいガラクタだ。暑けりゃ溶け、寒けりゃひび割れる。修理代の代わりに押しつけられたんだが、こんなもの要らねえよ」
「少し分けてもらってもいいかな?」
「構わんよ。裏に山ほど積んである」
この世界のゴムは、まだ実用品としては未熟らしい。
ふと、記憶の片隅で思い出す――硫黄を混ぜれば、品質が安定するはず。
「親父、また来るよ。」
ラングは再び溶接に取り掛かりながら、背を向けたまま軽く手を上げた。
私は蒸気自動車に乗り込み、霧深い道をゴトゴトと揺れる音とともに、ダイモス村の屋敷へと戻ったのだった。
その晩――。
私は、屋敷の主である子爵の書庫を漁り、埃っぽい化学の専門書を数冊、自室に持ち帰った。
鯨油ランプの揺れる灯りを頼りに、ページを繰りながら目を凝らす。
「ふむ……、これとこれが怪しいな。」
硫黄に似た物質を2、3個目星をつけた。
思い返すのだが、この世界では、実用的な火薬を目にしたことがない。きっとそれらの素材自体があまり存在しないのかもしれなかった。
翌朝――。
私は、再び蒸気自動車を駆って港湾都市フォボスへ向かった。
港の鉱石市場は、鉄鉱石や魔炎石を積んだ荷車と、煤けた作業員でごった返していた。
雑多な喧騒の中、私は目的の硫黄の類似品を買い集めた。
そして、荷物を抱え、足早に造船所へと向かう。
ラングのいる建屋では、相変わらず蒸気機関の唸りと鉄の打音が響き合っていた。
「おい、商会長。また妙なもん持ってきたな?」
ラングが溶接の手を止め、怪訝な顔で私を見た。私はニヤリと笑い、袋の中の鉱石を見せる。
「これで、面白いものが作れるかもしれないよ」
巨大な陰謀渦巻く帝国の片隅で、私のささやかな計画は静かに動き始めていたのだった――。




