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蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


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第45話……資産売却と停戦交渉

――聖帝国暦917年8月中旬。


 ジラール共和国と聖ガーランド帝国の和平交渉は、遠く蒸気機関の唸り声が響く会議場でなおも続いていた。

 しかしその最中も、戦場では共和国軍が帝国の防衛線を次々と突破し、その勢いは容赦を知らなかった。


 鉄と蒸気の街、アキュラを陥落させた共和国軍は、帝国軍を各地で打ち破り、ついに大河ルーランの流れを渡ることに成功した。

 工兵たちが鋼鉄の浮橋を渡り、蒸気駆動の多砲塔戦車が地響きを立てて進軍するその先には、聖帝国の心臓部――帝都エーレンベルクがあった。


 戦況が帝国に不利になるほど、和平の条件は苛烈さを増していった。そして、共和国軍の進撃は、まるで歯車が狂った時計のように止まることを知らなかった。

 侵攻経路に点在する村々では、略奪の炎が上がり、蒸気機関車から降り立った兵士たちが民の生活を蹂躙した。

 煤けた空の下、農民たちの叫び声は、銃声と砲声の轟音にかき消されたのであった。


 そして、帝国軍の誇る第一師団――別名「近衛師団」、帝国中の最精鋭の兵士たちが集う部隊に首都の防衛命令が下る。

 彼らの軍靴が帝都中に響き渡り、住民たちに緊張が走った。


 この時、聖帝国軍の総参謀長にして第一師団の司令官であるリヒテンシュタイン元帥は、帝都エーレンベルクの鉄壁を誇る城壁を活用した防衛計画を立案した。

 巨大な蒸気機関で駆動する城門と、歯車仕掛けの防衛砲台が、帝都を守る最後の要であった。


 しかし、周辺の村々は見捨てられた。元帥の冷徹な判断は、帝都防衛のために全てを犠牲にする覚悟を物語っていたのだ。


 村人たちは、蒸気飛行船の影が空を覆う中、故郷を後にするしかなかった。

 共和国軍は進撃の手を緩めず、8月の終わりには、六個師団をもって帝都エーレンベルクを完全に包囲したのであった。


 煤と油の匂いが立ち込める戦場で、大砲の砲声が響き合い、帝都の城壁にその影が迫る。


 さらに空には、共和国軍の飛行船が浮かび、鉄の雨を降らせる準備を整えていた。

帝都エーレンベルクは、今、運命の歯車が軋む音とともに、最後の抵抗に臨んでいたのであった。


◇◇◇◇◇


――ちょうどその頃。


 私はエミリアン事務総長と共に、鉱山や農地の売却手続きに追われていた。

 鯨油ランプの薄暗い光が書類の山を照らす中、ユンカース商会の会長にして子爵の地位を持つユンカース卿が、私に問いかけてきた。


「なぜ、かくも急いで資産を手放すのかね、フォーク君?」


 彼の声には、どこか苛立ちと疑念が滲んでいた。商会を支える鉱山や畑は、子爵家の重要な収入源だったからだ。

 それを売却する私の意図を、子爵は測りかねているようだった。


「戦況が芳しくありません。共和国軍の進撃は止まらず、このままでは帝都も危うい。商会の手じまいを急ぐ必要があるのです」


 と、私は静かに答えた。

 子爵は眉をひそめ、煤けた革の手袋を嵌めた手で机を叩いた。


「……ふむ。任せた以上、好きにすればよいがな……」


 その声には不満が滲んでいたが、私はエミリアン事務総長と共に、淡々と資産の整理を進めた。


 ……きっと、今回の敗戦の影響は大きい。私はそう読んでいたのだ。

 その為、一刻も早くユンカース商会の資産を銀塊に変え、資産の流動性と信用力を保存する方針だった。


 書類に刻まれた鉱山の権利書や農地の証書をまとめ、商会が長年蓄えた財を清算する作業は、まるで巨大な歯車がゆっくりと止まる音を聞くようだった。


 そして、私は子爵家の秘宝ともいえる魔動機「タイタン」を動かした。蒸気と魔力で動くこの巨大な鉄の巨人は、歯車とピストンが唸りを上げ、森の奥深くに巨大な穴を掘り上げた。


 そこへ順次、銀塊の詰まった木箱や、商会の権利を記した証書を次々と埋めた。そして最後には、タイタンそのものをも地中に隠したのだった。


 このダイモス村にも、共和国軍の影が迫っているという噂が流れていたのだ。もし村が抵抗を諦め、共和国軍に恭順するようなことがあれば、タイタンのような強力な魔動機は敵の手に渡る危険があった。

 それだけは絶対に避けねばならなかったのだ。


 一方、空では共和国軍の飛行船が、帝国の飛行船部隊を次々と打ち破っていた。煤と油煙を吐き出しながら浮かぶ共和国の鋼鉄の巨船は、各地の都市に爆撃を加え、炎と破壊を撒き散らしていた。

 帝都エーレンベルクさえ、その脅威から逃れられそうになかったのだ。


「お義父様、早く! 空襲です!」


 ミンレイ嬢の鋭い声が、けたたましい空襲サイレンの音に混じって響いた。

 彼女はユンカース子爵を急かし、地下室へと避難を促した。子爵は重いコートを翻し、歯車仕掛けの杖を手に、地下への階段を急いだ。


「おう、行くぞ!」



 ……だが、私とエミリアンは事務所に留まった。書類の山を前に、鯨油ランプの揺れる光の下で仕事を続けたのだ。

 窓の外では、飛行船の爆音が近づき、遠くで爆発の閃光が夜空を裂いた。運命を天に委ね、私たちはペンを握り続けた。

 この商会を、そして子爵家を守るための最後の歯車を、動かし続けるために……。



 そうこうして、聖帝国歴917年9月初旬――。


 ガーランド帝国は、ジラール共和国及びパニキア連邦国と正式に、停戦及び講和条約を結んだのであった。




◇◆◇ユンカース商会・資産概要◇◆◆


〇ダイモス村

・ユンカース鉄道

・C級魔炎石鉱山(小規模)


〇港湾都市フォボス

・鉄工所(小規模)及び、付属の造船所(小規模)

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