第42話……招かれざる異形の客
「動くな!」
私は巨大な胎児を思わせる異形の怪物に向け、警告の声を張り上げた。
手に握る蒸気式短銃の引き金を引き、上に向けて威嚇射撃を放つ。銃口から噴き出した白い蒸気が、薄暗い坑道の空気を切り裂いた。
「ギギ……、貴様ハ、我ガ僕タル者ノハズ。イカナル故ニ裏切ルノダ?」
怪物の声は、まるで壊れたオルゴールのような、耳障りな電子音の響きを帯びていた。
……だが、この声。どこかで聞いた覚えがある。
そう、かつてこの世界に足を踏み入れる際に見た、夢とも現ともつかぬ幻の中でのことだ。
「……思イ出シタカ? サア、我ヲ助ケヨ! ソノ左目ノ力ニテ、人ヲ滅ボシ、我ラト共ニ新シキ世界ヘ向カオウゾ!」
……うん? 左目の力だと?
この不可思議な力は、まさか奴らが与えたものなのか?
混乱が私の頭を締め付ける。
と、その時、怪物は突如、緑色の血とも粘液ともつかぬものを吐き出した。
「クッ……苦シイ。速ヤカニ、仲間ノ許ヘ連レテイケ……」
怪物は助けを求めるように、その不気味な黄色の眼球で私を見つめた。
だが、その体に浮かぶ血管のような筋が次々と破裂し、まるで生命の糸が切れるかのごとく、怪物は坑道の冷たい地面に崩れ落ちた。
「苦シイ……早ク……」
最後に小さく呻くような声を残し、怪物は息絶えた。
……こいつはいったい何者だったのか? 仲間がいるという言葉も気にかかる。
きっとこの世界には、人間以外の知的存在が潜んでいるのだろう。
私はこの怪物が疫病の元となるかもと恐れ、携えていた海獣油をその亡骸に振りかけ、火を放った。
ゆっくりと炎が怪物を飲み込み、異臭と共に黒煙が立ち上る。
「……さて」
私は坑道を抜け、近くの深い茂みをかき分け、見て回った。
……やはり、予感は的中した。
奴が宇宙からの来訪者であるかもという疑いは、的外れではなかった。
深い茂みの奥には、巨大なクレーターが口を開け、そこには金属製のカプセル――おそらく宇宙船の残骸――が横たわっていたのだ。
だが、そのほとんどは破壊され、炎に焼かれて黒焦げと化していた。焼け残った瓦礫の中に、一枚の金属製のカードが落ちている。
私はそれを拾い上げ、じっと見つめた。
すると、カバンの中から、狸のポコリーヌが首をもたげ、キューキューと小さな声を立てながら尋ねてきた。
「これはみんなに知らせるポコ?」
「……いや、止めておこう」
私は一瞬考え、ポコリーヌにそう答えた。
このような事実を公にすれば、世界はたちまち大混乱に陥るだろう。それ以前に、誰がこんな話を信じるというのか。
この世界で、余計な騒動に巻き込まれるのはごめんだった。
私は宇宙船の残骸に土をかぶせ、誰の目にも触れぬよう隠した。
「……む? 寒気がするな」
季節外れの冷たい風が、首筋を撫でた。蒸気自動車の運転席に腰を下ろした私は、膝が小刻みに震えていることに気づく。
きっと、心の奥底で、怪物の姿を思い出した恐怖が疼いているのだろう。
震えを抑え込むように、私は蒸気自動車のアクセルレバーを力強く押し込んだ。ボイラーが唸りを上げ、車輪が土を蹴りながら、屋敷へと続く道を急いだのだった。
◇◇◇◇◇
屋敷に戻り、自室に足を踏み入れた私は、得体の知れぬ寒気に襲われていた。
黒光りする鉄製のストーブに、低品質の魔炎石を放り込み、火を点ける。
石が燃え上がり、微かな青い炎が揺らめくが、部屋に温もりは一向に訪れない。季節はすでに五月の陽気だというのに、この冷たさはどうしたことか。
「風邪を引いたか?」
私はふと、自分が戦場から戻ったばかりの身であり、傷を癒すためこの屋敷で療養中であったことを思い出した。
傷口が疼くような感覚を振り払い、厚手の毛布を幾重にも重ね、寝台にゆっくりと身を横たえた。
……どれほどの時が過ぎたのか。
まどろみの中で、扉を叩く音が遠く響く。メイドさんの声が、晩ご飯の時を告げにきたのだ。
「フォーク様、ご気分がお悪いのですか?」
「ああ、少しね。だが、すぐに良くなると思うよ」
私はそう答え、再び眠りの淵へと沈んだ。
だが、翌朝になっても熱は引かず、むしろ意識が霧に覆われたように朦朧とし、起き上がることさえ叶わなかったのだ。
……もしや。あの怪物の仕業ではなかろうか。あの異形の存在が、この世界にまだ知られざる伝染病を私に植え付けたのではないか。
それでなければ、この世界で授かった強靭な肉体が、これほど悲鳴を上げる理由が見当たらなかったのだ。
◇◇◇◇◇
幾日も幾夜も、私は熱にうなされ、意識は霧の彼方に漂う。
頭は鉄の枷で締め付けられるがごとく痛み、数えきれぬほど嘔吐を繰り返した。
体はまるで蒸気機関の過熱したボイラーのように、制御を失い、ただ苦しみに喘ぐばかりであった。
……だが、誰かが私の傍らで看病してくれているらしい。
朦朧とする意識の狭間で、額に冷ややかな布が置かれる感触があった。あるいは、温かな麦粥のようなものが、そっと口元に運ばれる瞬間もあった。
微かな歯車の軋む音とともに、誰かが私の寝台のそばを行き来している気配を感じたのだ。
……どれほどの時が流れたのか、定かではない。
ある朝、ふと目を開けると、窓の外、煤けた空を背景に、夏鳥が一羽、軽やかに舞っていた。
その姿は、まるでこの病に閉ざされた心に、かすかな光を投げかけるようであった。




