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蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


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第41話……マイネッケ伯爵家の蠢動

 私が目を覚ましたのは、翌日の昼を過ぎた頃だった。

 昨日は一日中、蒸気自動車のハンドルを握り、夜通し霧深い山道を走り続けた疲れが、骨の髄まで沁みている。煤と機械油の匂いがまだ鼻腔に残り、身体は重い鉛のようだった。


「フォーク様、お昼のお食事をいかがなさいますか?」


 部屋にやってきたメイドが、歯車仕掛けの懐中時計を手に、丁寧に尋ねてきた。

 彼女のドレスの裾には精緻な真鍮の装飾が揺れている。


「ああ、いただきます」


 私は簡潔に応じ、急いで階段を降りた。

 真鍮の手すりが冷たく、足元では木製の床がきしむ音が響く。


 食堂に着くと、遅れたせいでそこには私一人だけだった。

 長テーブルの上には、銀製の食器と蒸気で温められたスープが並んでいる。


 戦場で鍛えられた癖で、瞬く間に食事を平らげると、私は風呂場へと向かった。

 湯船の周囲では、蒸気管が低く唸りを上げ、湯気を吐き出している。身体を洗い、煤と疲れを落とした後、簡素な部屋着に着替えて自室に戻った。



 ……そこへ、扉を軽く叩く音が響いた。


「フォーク君、少しいいかな?」


 子爵の声だった。黒いフロックコートに身を包み、真鍮のモノクルをかけ、歯車が刻まれたステッキを手に持つ彼の姿は、いかにも貴族というなりだ。


「どうぞ、お入りください」


 私は子爵を部屋に通し、革張りの椅子を勧めた。

 部屋の片隅では、小さな海獣油ランプがオレンジ色の光を放ち、壁の時計の歯車が静かに回っていた。


「実は、娘のミンレイのことでな……」


 子爵の声は重く、言葉の端に深い憂いが滲んでいた。


 今朝、子爵様は、少し元気を取り戻したミンレイお嬢様から話を聞いたという。

 彼女はなんと、嫁いだマイネッケ伯爵家から追放されたのだと。


 マイネッケ伯爵は、ガーランド帝国の都督として京大国での政治力を拡大すべく、政敵である皇帝の側室の一族と手を結んだらしい。

 その結果、正后の血を引くミンレイが邪魔者となり、無実の罪を着せられて屋敷を追われたのだという。


「……さらに、伯爵は側室の一族の娘と新たに婚約し、権勢を拡大させているらしい」


 子爵はそう付け加え、言葉を切った。


「それで、お嬢様は今……?」


 私の問いに、子爵は疲れたように目を伏せた。


「今はな、部屋で眠っている。だが、我が家の名誉のためとはいえ、ミンレイにはあまりにも酷な仕儀となってしまった……。どうすればいいものか」


 子爵の声は掠れ、俯いたまま動かなかった。私もまた、かける言葉を見つけられず、ただ沈黙が部屋を満たした。

 窓の外では、蒸気機関の唸りが遠く響き、煤けた空に小さな飛行船の影がゆっくりと過ぎていく。部屋の中では、歯車の刻む音だけが、静かに時を刻んでいた。




◇◇◇◇◇


――翌朝。

 霧が立ち込める山道を、私は蒸気自動車のハンドルを握って駆け抜けていた。

 煤けた煙突から白い蒸気を吐き出し、歯車が軋む音を響かせるこの機械車両は、ユンカース商会の誇る最新型だった。


 戦場暮らしで長らく留守にしていたため、商会が所有する魔炎石の鉱山の様子が気にかかっていたのだ。


 魔炎石――蒸気機関の心臓を動かす燃える鉱石。この貴重な資源は、商会にとって命脈ともいえる財産だった。

 私は二つの鉱山を巡り、異常がないことを確認した後、最も奥地に位置する三つ目の鉱山へと向かった。


 山奥の道は険しく、蒸気自動車の車輪が泥濘に埋もれそうになる。やむなく車を停め、獣道とも呼べぬ岩だらけの小道を、革靴を泥で汚しながら進んだ。懐から取り出した鯨油ランプの炎が、朝霧の中で揺らめく。


 空には飛行船の低い唸りが響き、遠くの蒸気都市の喧騒を思い出させた。


 鉱山に到着したとき、一見、異変はないように思えた。だがその瞬間、超能力を持つ左目が警告を発した。

 微かな振動と共に、視界に赤い光点が点滅し、坑道の奥から異常なエネルギー反応を検知したのだ。


「……これは何だ?」


 私は眉をひそめ、鯨油ランプを握りしめて坑道へと踏み入った。入り口は広く、岩壁には魔炎石の採掘痕が無数に刻まれている。

 だが、進むにつれて通路は狭まり、頭上の岩が圧迫感を増す。蒸気管の破片や放置された採掘道具が、足元で鈍い音を立てた。


 やがて、坑道は少し開けた空間に繋がった。そこは、魔炎石の結晶が壁に埋め込まれ、薄暗い光を放つ異様な場所だった。

 ランプの光が揺れる中、暗闇の奥で何かが動く気配を感じた。


「そこにいるのは誰だ!?」


 私は声を張り上げ、ランプを高く掲げた。闇の中で、ゆっくりと蠢く影が浮かび上がる。その姿に、私は息を呑んだ。


「なんだ、これは……!?」


 そこにいたのは、身の丈二メートルを超える怪物だった。その姿は、まるで人間の胎児を歪に引き伸ばしたかのよう。青白い皮膚には脈打つ血管が浮き上がり、二本の足で不気味なほど緩慢に歩みを進めていた。


 魔炎石の光を受けて、その目は赤く輝き、まるでこの世のものではない存在を思わせた。


「動くな!」


 私は腰のホルスターから拳銃を抜き、素早く銃口を怪物に向けた。私の指が真鍮製の引き金にかかり、左目の警告表示が視界を赤くする。


 ……坑道の空気は凍りつき、怪物と私の間に緊張が張り詰めた。


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