第34話……第26機械化傭兵大隊
昼寝から目覚めた夕方。
私は驚くほど軽快な体で目を覚ました。
昨日の少将との一夜で疲れ果て、筋肉の痛みや睡魔に苛まれるはずだったが、そんなものは一切感じなかった。
それどころか、全身を駆け巡る活力がみなぎる。
この新たに鍛え上げられた肉体に、私は感謝の念を抱かずにはいられなかった。
……彩はどうしているかな?
私は夕日と渡り鳥を眺め、少し感傷的になる。
「さて、行くか……」
私は汗の匂いが染みついた軍服の襟を正し、ヘルダーソン中佐が指揮を執る大隊司令部へと向かった。
そこは、歯車が軋む音が響き合う、麻布と真鍮で組み上げられた仮設テントだった。
司令部に足を踏み入れると、中佐は大きな地図を広げ、我々中隊指揮官に作戦を説明し始めた。
我が第一混成旅団は、8個の大隊、総勢約4000名から成るようで、連隊規模をわずかに上回る戦力だ。
中佐が指揮する我が大隊は、魔動機「タイタン」や蒸気駆動の装甲自動車をいくらか配備していることから、「第26機械化傭兵大隊」と改称されていた。
「諸君、今回の任務を伝える。我が旅団は、山岳都市ブリュンヒルトの敵包囲陣の最南端を担当する。配備は地図の通りだ。明日の夜間から未明にかけて、ルーラン河の渡河を敢行する。質問はあるか?」
歴戦の勇者である中佐の低い声は、蒸気ハンマーの一撃のように力強く響いた。
しかし、テント内に集った中隊長たちの間には、重い沈黙が漂った。
ブリュンヒルトの南側は、峻険な山岳地帯だ。移動可能な経路は限られ、岩と霧に閉ざされた難所である。
だが、その分、敵の防衛線も薄いと推測されていた。とはいえ、私を含めた指揮官たちが気にかけたのは、別の問題だった。
「中佐殿……味方の第10師団は、我々の攻撃に呼応してくれるのでしょうか?」
私より若い中隊長が、声にわずかな震えを滲ませて尋ねた。
ブリュンヒルトで包囲されている味方部隊が反撃しなければ、この解放作戦は失敗に終わる。
私も含め、皆がその点を危惧していたのだ。
「心配するな! 味方を信じろ! 我が帝国軍に、敵に怯える卑怯者などおらぬわ!」
ヘルダーソン中佐は大声で、我々の心配を吹き飛ばしにかかった。
……確かに心配してもしょうがない。
また、その言葉は、若き指揮官の胸に火を灯したようだった。
◇◇◇◇◇
その夜、月光すら雲に遮られた漆黒の闇の中。
第26大隊は進軍を開始した。
探照灯の光は最小限に抑えられ、蒸気機関の排気音も巧妙にマフラーで沈める。
中佐はまず、工兵中隊を先行させ、ルーラン河の冷たい流れへと進ませた。
上流に位置するこの河は、水深が腰ほどで、泳ぐ必要はなかった。
工兵たちは、次々に木製の杭を打ち込み、太い麻縄を河に渡した。続いて、兵士や車両を載せた筏が、静かに、だが確実に河を渡っていく。
私は先発隊の渡河成功を確認すると、魔動機「タイタン」に乗り込んだ。
生体認証を終えると、操縦席の無数のスイッチが点灯し、蒸気コンピューターが低いうなりを上げて起動した。
計器の針が忙しく動き出し、歯車がカチカチと回り始める。
私はその音に、まるで生き物のような機械の鼓動を感じた。
「……さて、行くぞ」
私は部下の整備兵に手で合図を送り、タイタンの起動成功を伝えた。
最初の任務は、大隊の最大の火力である蒸気野砲の運搬だ。
闇の中、静かに、しかし迅速に、砲と弾薬を対岸へ運ぶ。
構造上、浸水は砲の天敵だ。
私がタイタンを操り、最後の蒸気砲弾の箱を対岸に届けた頃。地平線がうっすらと明るくなり始めていた。
◇◇◇◇◇
朝日が地平線を赤く染める頃。
大隊は予定された地点に布陣を完了させていた。霧が薄れゆく中、小さな平野に敵の姿がちらりと見える。
煤けた空の下、戦場の空気は重苦しい緊張に満ちていた。
「着剣!」
将校の命令一下、戦列歩兵たちは愛用の蒸気銃に真鍮製の銃剣を装着した。
カチャリと金属が噛み合う音が、朝の静寂を切り裂く。
敵は、我が大隊の戦列歩兵が整然と並ぶ姿に動揺した様子で、慌てて防御態勢を整え始めた。
遠くで、味方のトランペットが甲高く吹き鳴らされる。大隊長ヘルダーソン中佐の指揮の下、将校たちが真鍮の装飾が施された指揮刀を振り下ろす。
「突撃!」
将校たちの号令が戦場に響く。
戦列歩兵は二列横隊を組み、整然と前進を開始する。敵を射程に捉えると、前列の兵は膝をつき、後列は直立したまま、射撃体勢を整えた。
銃口が朝焼けに鈍く光る。
「撃て!」
指揮官の鋭い命令で、戦列歩兵たちは一斉に引き金を引いた。
銃声が轟き、蒸気煙が戦場を白く覆う。
後方に布陣する砲兵隊も、蒸気野砲の砲身から火を噴き、雷鳴のような轟音と共に敵陣を叩いた。
その光景は、まるで魔物が咆哮するかのようだった。
だが、敵も素早く反応し、柴木や土嚢を満載した荷車を横倒しにして簡易のバリケードを構築する。
その陰から、マスケット銃による猛烈な反撃を浴びせてきたのだ。
銃弾が空気を切り裂き、土煙が舞い上がった。
私の今回の任務は、味方左翼に布陣し、敵の注意と火力を引きつけること――つまり、囮となることだった。
大隊長の作戦に基づき、私は魔動機「タイタン」の操縦席で、敵の動向を鋭く見据えた。
敵はタイタンの巨体を確認するや否や、蒸気野砲の照準をこちらに合わせた。次の瞬間、数発の炸裂弾が飛来し、鈍い爆音と共に炸裂した。
直撃弾は二発、至近弾は数え切れぬほど。
爆発の衝撃で地面が揺れ、蒸気煙が視界を覆う。
しかし、タイタンの前面装甲は鍛え抜かれた鋼鉄製だ。
私は操縦桿を握り締め、爆炎の中でも泰然と構えた。タイタンはその化け物じみた耐久力を敵兵に見せつけ、動く要塞の如く屹立していた。
だが、背面は別だ。
蒸気野砲の直撃を後ろから受ければ、タイタンといえど危険に晒される。私は操縦席で歯を食いしばり、タイタンを前後に巧みに動かした。
敵との距離を微妙に保ち、敵の注意を引き付け続けたのだ。
敵歩兵もまた、タイタンの巨体に恐れをなし、マスケット銃の弾を浴びせてきた。
銃弾はタイタンの装甲に当たって火花を散らし、金属的な甲高い音を響かせた。
敵の火力が我が方の左翼に集中したその瞬間、戦機は熟した。
「今だ! 騎兵隊を繰り出せ!」
ヘルダーソン中佐の力強い命令が戦場に響き、スネアドラムの連打が朝の空気を切り裂く。
大隊長の指示に従い、我が大隊の切り札――訓練された軍馬に跨った騎兵部隊が、右翼から敵陣に突っ込む。
彼らは真鍮のサーベルを朝陽に掲げ、敵陣側面へと突進していった。馬の蹄の響きが地響きとなって、敵兵の心を震撼させていった。




