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第28話……ラーバ平原の戦闘記録!

 聖帝国暦917年、2月、真鍮と蒸気の曜日。


 パニキア連邦の大軍勢は、ターシャ王国を踏みにじった余勢を駆り、ガーランド帝国の国境を次々に越え、まるで溶けた鋼の奔流のように押し寄せた。

 宣戦布告は、まるで帝国国民を嘲笑うかのごとく、攻撃開始から半日遅れて届いた。アーバレスト大陸では、これが戦の常套だった。


 ガーランド帝国とジラール共和国は、同じ神を讃え、同じ血を分かつ兄弟だった。 

 だが、パニキア連邦は異なる神を掲げ、異なる民の血を引く異端者たちだ。


 この因縁は、蒸気機関の轟音が響く以前、羊飼いたちが緑豊かな牧草地を奪い合った時代にまで遡る宿敵たちの物語だったのだ。


 ゆえに、ガーランド帝国は国境にそびえる真鍮と石の要塞を築き、侵略に備えた鉄壁の守りを誇っていた。

 帝国軍の装備は最新で、守備側に有利な地形を活かせば、連邦の無謀な進撃など笑いものに思えた。



 ……だが、状況は一変した。


「第二十八補給集積地に敵飛行船接近!」

「第十六補給基地、壊滅!」


「防空砲兵隊は何をやっている!?」


 ガーランド帝国軍総司令部には、絶望の叫びがこだました。


 この大陸でも指折りの先進国である帝国ですら、蒸気駆動の運搬車は量産が追いつかず、補給は馬車に頼ることも少なくなかった。

 そのため、前線の背後の要地には、物資を迅速に供給するための集積地が密かに設けられ、飛行船の目から逃れるべく巧妙な偽装が施されていたのだ。


 だが現在、連邦の飛行船が雲間を縫い、極秘の帝国軍の補給集積地を寸分違わず狙い撃つ。


 天空から降り注ぐ砲弾と蒸気爆弾が、帝国の補給拠点を次々と炎の海に変えた。

 積み上げられた膨大な物資は、黒煙とともに灰燼と化し、帝国の補給線は崩壊の淵に立たされたのだった。




◇◇◇◇◇


 聖帝国暦917年2月中旬、ラーバ平原、ガーランド帝国東部


 パニキア連邦とガーランド帝国の国境地帯は、広大な平原と湿地が広がり、山岳や深い森は存在しない。

 戦場は見渡す限りの開けた地平線に支配され、隠れる場所などどこにもなかった。


「戦列歩兵、前進せよ!」


 金糸や高級羽毛で飾られた三角帽をかぶった帝国の将軍が、馬上から鋭く号令を下す。


 平原を埋め尽くす数の戦列歩兵が、整然と横に広がった隊列を組み、足並みを揃えて進み出る。スネアドラムの勇ましい連打とトランペットの甲高い響きが、兵士たちの胸に闘志を一層たぎらせていた。


 彼らが手にしていたのは、銃剣を装備した蒸気式マスケット――この大陸の錬金術師たちが生み出したエーテル粉末を火薬代わりに用いる武器だ。


 エーテル粉末は点火すると瞬時に膨大な蒸気へと変貌し、その爆発力で銃弾や砲弾を凄まじい速度で撃ち出すことができた。

 一斉射撃の銃身から噴き出す白い蒸気は、まるで戦場の霧のように立ち込める。


「一斉射撃!」

「撃て!」


 将校の命令に従い、二列に並んだ歩兵たちが、連邦軍へ向けて蒸気式マスケット銃を一斉に発射。


 轟音とともに、野砲もまた火を噴き、戦場に地響きを巻き起こす。


 この大陸での野砲は、安定的な運用のため炸裂弾を用いず、専ら攻城砲や重砲、大口径の臼砲だけがその破壊的な砲弾を備えていた。


 帝国軍と連邦軍は、鏡に映したかのように同じ戦列を組み、同じ戦術で激突した。

 小銃の命中率は低く、遠距離では弾が散らばるばかり。そのため、両軍とも密集した方陣を組み、火力を一点に集中させる戦術がこの大陸の常識だったのだ。



「騎兵部隊、突撃せよ!」


 パニキアの戦列が一斉射撃を受けて乱れるのを見計らい、帝国の将軍が後方に控える騎兵隊へ伝令を飛ばした。


「突撃!」


 命令を受けた騎兵隊長である将校が、真鍮製のサーベルを陽光にきらめかせ高く掲げる。

 戦場の華、騎兵の突撃が始まったのだ。


「歩兵、密集方陣を組め!」


 連邦の将校たちは、対騎兵戦に備えるよう歩兵に大声で命じた。

 前装填式のマスケットは装填に時間がかかり、連射は不可能なのだ。

 歩兵たちは各所で密集し、小銃の先に装備されていた銃剣を構えて、怯えながらに防御態勢を固めるのだった。



「かかれ!」


 帝国の騎兵が突進する中、連邦もまた自慢の騎兵を繰り出した。

 どの国においても貴族階級出身が多い騎兵たちは、愛国心と高揚感に燃え、馬蹄の響きとともに戦場を駆けたのだ。


 戦場のエリートたる騎兵の乱入により、戦場はたちまち修羅と化した。

 炸裂弾の爆風が兵士たちをなぎ倒し、鍛え抜かれた軍馬が歩兵たちを蹴り飛ばす。


 時間の経過とともに、次第に帝国騎兵の突撃が各所で成功していく。


 騎兵の集団での強襲により歩兵の陣形が崩壊。連邦軍の陣地はいたるところで混乱が広がった。

 逃げ惑う連邦軍兵士たちが続出し、戦場は阿鼻叫喚の様相を呈していく。



「退くな! 戦え!」


 連邦軍の将校たちが必死に叫ぶも、戦列歩兵の隊列は次々と瓦解していく。

 連邦軍は帝国軍に数に勝ったが、帝国軍には優れた装備があり、また、日々の厳しい猛訓練により、練度でも連邦を圧倒していた。


 戦場の均衡は、徐々に、また確実に帝国側へと傾きつつあった。



「総攻撃! 全軍突撃!」


 連邦の下士官階級もが、一部が逃げだすのを見た帝国の将軍は、総攻撃の命令を下した。


 劣勢の連邦軍にこれに対する戦術手段はもうない。

 連邦軍の将軍は負けを認め、速やかな撤退を全軍に命令したのであった。


「逃がすな! 追え追え!!」


 帝国の馬上の将校たちは、真鍮製のサーベルを振り上げ、歩兵たちを駆り立てる。敗走する連邦軍を執拗に追っていったのであった。


 東部の他方面の各戦線も同じく、このように緒戦は帝国軍が優勢に運び、連邦軍の大攻勢は次々に頓挫していったのであった。


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