第27話……パニキア連邦の大攻勢!!
パニキア連邦――大小18の国々が寄り集まり、広大な平原に広がる連邦国家。
その首都は西部の要衝、ラスプーチンに置かれ、煤けた煙突と歯車が軋む街並みが広がる。西の国境は、北西部でターシャ王国と、南西部でガーランド帝国に接し、今日も凍てつく風が吹きすさぶ。
この寒冷な土地は、広大な国土と人口に比して農業が貧弱で、国民一人当たりの所得は、先進国であるガーランド帝国やジラール共和国に遠く及ばない。
だが、パニキアの大地は地下に秘めた財宝を有していた。
南部のビワ湖周辺には、魔炎石――蒸気機関を動かし、飛行船をも動かす神秘の鉱石――の鉱山が無数に眠る。
しかし、いまだ採掘機械は旧式で、蒸気鉄道の線路も未整備。
資源はあれど、国力に結びつかぬまま、連邦の民は喘いでいた。
加えて、遮る山脈なき平原の国土は、守りを固めるにはあまりに脆弱で、過去幾度も列強の軍靴に踏み躙られてきた不運な国家でもあった。
そんなパニキア連邦の西部戦線司令部――ラスプーチン郊外の鉄と木材で組まれた要塞――では、一人の将軍が薄暗いランプの光の下、不敵な笑みを浮かべていた。
アザラシの黒革の軍服に身を包み、胸には無数の勲章が鈍く光る。将軍の手には、煤で汚れた暗号表が握られていた。
「ふむ……ジラール共和国から入手したこの暗号表、本物のようだな。」
そばに控える歯車が露出した義手をカチリと鳴らす参謀が、恭しく頷いた。
「さようでございます、マルチェンコ総書記閣下も大いにご満足の由。今やガーランド帝国の通信網が、まるで掌の上にございます」
将軍は高価な葉巻に火をつけ、紫煙を吐きながら目を細めた。
「ガーランドの暗号がこうも容易く解けるとはな。さて、ジラール共和国の動きはどうだ?」
参謀は牛革製の書類入れから報告書を取り出し、声を低くして答えた。
「我が連邦が帝国領に侵入した後、二日以内に共和国軍が帝国の西境を越える手筈でございます。彼らは帝国のクラーゼン公爵領を併合する好機と見ております。」
「……ふふ、共和国の連中も運がいい。我々と手を組めば、宿願の大陸での領土拡張も夢ではないということだ」
将軍の声には、勝利を確信した響きがあった。
「全くもって左様かと」
参謀は義手の歯車を微かに動かし、同意を示した。
会議が終わると、司令部の幕舎は一転して酒宴の場と化した。
蒸気ボイラーの熱で暖められた室内には、近くの村から集められた若い娘たちが給仕として立ち働き、アルコール度数の高い蒸留酒が振る舞われた。
外では、零下の風が唸りを上げるが、幕舎の中はランプの明かりと笑い声で熱を帯びていた。
将軍は杯を掲げ、部下たちに叫んだ。
「諸君! ガーランドの愚帝の野望を打ち砕き、ターシャ王国領を我らの手に! パニキアの栄光のために!」
「栄光のために!」
幕僚たちの声が響き合い、酒宴は夜を徹して続いた。
遠くの空では、魔炎石を動力とする飛行船が、戦雲の到来を予感させるかのように、低く唸りながら浮かんでいたのであった。
◇◇◇◇◇
雪が容赦なく降りしきる中、パニキア連邦の軍勢は大挙してターシャ王国の国境を越え、まるで荒ぶる蒸気の奔流のように押し寄せた。
凍てつく平原を踏み鳴らし、連邦軍はその数と武威を誇示した。
真鍮の装甲に覆われた新兵器である戦車が、轟音とともに雪煙を巻き上げ、王国の守備陣地を次々と粉砕。
街道には、蒸気と煤を吐き出す装甲馬車の列が疾走し、けたたましい歯車の軋みが戦場に響いたのであった。
ターシャ王国は、小国ゆえにその存立をガーランド帝国とパニキア連邦の拮抗した力関係に頼ってきた。
巧みな外交で戦乱を回避してきたが、いざ戦火が迫ると、その脆弱さを露呈した。
王国の兵士たちは、連邦の凄まじい数の火砲を前に、恐怖で凍りついた。空を黒く染めるほどの数の砲弾の暴風雨が、戦場を劫火で焼きつくしたのだ。
この世界の真鍮は、魔炎石での精錬により、鉄には及ばぬものの驚異的な強度を誇っていた。
戦車の装甲、野砲の砲身、さらにはマスケット銃の銃身に至るまで、真鍮は各国の軍事力を支える基盤だった。
だが、冶金技術の限界から、小銃は前装式が主流であり、後装式は高価で将校や一部の精鋭部隊にしか支給されていなかった。
それでも王国よりは先進的な装備であり、王国の前時代的な火縄銃と古風を貴ぶ重騎兵とは、比べるべくもなかったのだ。
◇◇◇◇◇
ガーランド帝国の総司令部。
煤けた煉瓦造りの要塞の一角に構えられた作戦室では、連邦の大攻勢の報せにざわめきが広がった。
黄ばんだ巨大な地図を前に、参謀総長が拳を振り上げ叫んだ。
「これは看過できん! 連邦の動きがここまで大胆とは!」
「第六、第七師団をただちに動かせ! ターシャ王国領へ急行せよ!」
幕僚たちが慌ただしく命令を伝達、伝令兵が蒸気バイクに飛び乗り、飛び出していった。
しかし、パニキア連邦の進軍はあまりに迅速かつ大規模だった。
雪に閉ざされたターシャ王国の領土は、わずか数日で連邦の軍靴に踏み躙られた。
組織的な抵抗が続いていたのは、もはや首都の王国府――白亜の城壁に囲まれた女王の居城――のみだった。
連邦軍は、城を力ずくで落とすことを避け、包囲網を築いた。
雪嵐の中、連邦の将軍は白旗を掲げた使者を遣わし、ターシャ女王に冷酷な勧告を突き付けたのだ。
「無条件降伏を勧告する。これ以上の血は無意味だ。返事は簡潔にYESかNOの二択でお願いしたい」
王宮の大広間では、女王の側近たちが顔を見合わせた。
外では、エーテル煙の赤い輝きを放つ戦車が低く唸り、遠くで砲声が響いている。
ターシャ女王は、凍える手で王笏を握りしめ、力なく沈黙したのであった。