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蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


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第26話……事務長・エミリア=バッハシュタイン

 二週間後。

 ガーランド帝国の国内は、まるで嵐の前の静寂のように、重苦しい空気に包まれていた。


 蒸気機関の唸りを響かせながら、軍の装甲馬車が石畳の街道を忙しなく走り抜け、そのけたたましい音と煤けた煙は、市民たちに不穏な予感を抱かせずにはいられなかった。

 市場では商人たちがひそひそと囁き合い、酒場では労働者たちが硬い表情でウイスキーのグラスを傾けていた。誰もが、何か大きな出来事が迫っていることを肌で感じていたのだ。


 私の手元にも、第二傭兵団からの召集状が届いていた。

 平時のガーランド帝国は、14個師団からなる国防陸軍を維持している。だが、戦時ともなれば、傭兵団を中核に据えた動員体制により、最大28個師団、およそ50万の兵力が集結可能となる。

 一個師団は約12,000名で構成され、その編成と総数は帝国が大国であることを象徴していた。


 帝国は平時の兵力を抑えることで、軍事費を節減し、その分を新兵器の開発に注ぎ込むと公言している。

 だが、それは表向きの話に過ぎない。

 裏では、軍関係の貴族たちが国防予算を私腹に収めているという噂が絶えないのだ。


 最近、めっきり貴族然とした態度を身につけたユンカース子爵も、軍閥貴族の派閥に取り入ったらしい。

 彼のような立場の人が、錬金術師の秘薬のように金と権力を求める様は、まさにこの帝国の縮図だったのかもしれない。


 前の世界、私がかつて生きていた場所でも、こうした腐敗の話は嫌悪の対象だった。

 だが、事実は事実だ。どうあがいても、私一人の力ではこの仕組みを変えることなどできない。


 それに、前の世界の小さな商社で学んだ教訓がある。自分の身を守るためには、最低限の情報を握っておくことが肝要なのだ。

 知らぬは愚か者の特権というが、その愚者こそが前の世界の私の姿だったのだ。


 今回の召集では、私は傭兵団の小隊長として、4名の部下を率いることになった。

 第二傭兵団では、装備は団から支給される準備金で各自が調達する決まりだ。

 軍服や徽章といった最低限の指定はあるものの、予算に余裕があれば、各自の好みに合った装備を持ち込むことも許されている。


 ある者は頑丈な蒸気式ライフルを手にし、別の者は軽量なエーテル弾の拳銃を腰に下げる。

 自由度が高い分、戦場での生存は個々の準備と工夫にかかっていた。


 そして、今回の出撃には特別な意味があった。ユンカース子爵家が誇る魔導兵器「タイタン」が、ついに戦場に投入されるのだ。

 この巨大な蒸気魔導兵器の出撃は、社交界でユンカース子爵家の名を高める切り札でもあり、また、第二傭兵団はその運用に多額の報酬を子爵家に支払っているという。


 魔導士である私の役割は、タイタンに乗り込み、その力を最大限に引き出すこと。

 少なくとも、支払われた金に見合う活躍が最低限求められている。

 なにより失敗は許されない。ユンカース子爵家の威信がかかっているのだ。




◇◇◇◇◇


「本部長、こちらの書類は、このあたりでよろしいでしょうか?」


 青い髪を揺らし、整った書類の束を抱えた女性が、穏やかな声で尋ねてきた。

 彼女の名はエミリア・バッハシュタイン。ユンカース商会の事務長を務める、若くも才気あふれる女性だ。

 その髪はまるで深い海を思わせ、瞳には知性が宿っている。

 彼女は私の仕事を手際よく補佐し、そして皆を支えてくれる頼もしい存在であり、商会にとって欠かせない要なのだ。


「そうだな、その辺に置いておいてくれ」


 と、私は応じ、机上の乱雑な書類を片付けながら軽く笑った。


 エミリアは、ユンカース子爵の紹介で商会に迎え入れられた人物だ。

 商会での序列は、子爵が長として頂点に立ち、私が本部長としてナンバー2を務める。そして彼女は、事務長としてナンバー3だ。


 彼女の身の上を聞けば、戦乱の爪痕が残る過去を持つ。

 戦災孤児として幼少期を過ごし、子爵が孤児院から引き取ったのだという。

 以来、ユンカース家の屋敷で掃除や雑務に励みながら、ダイモス村の夜間学校に通い、寝る間を惜しんで学問に打ち込んだ。


 その努力が、彼女を現在の地位へと押し上げたのだ。

 彼女の生きざまは、ひたむきで丁寧で力強く、まるで私はかなわない。


「本部長、そろそろ秘書を雇われてはいかがでしょう?」


 エミリアが書類を整理しながら、さりげなく提案してきた。彼女の声には、いつものように余計な要素はなく、ただ純粋な合理性が響いていた。


「う~ん、そうだな」


 と私は適当に頷いたが、心の中では苦笑していた。

 確かに、最近の商会は忙しさを増している。それはひとえに、私が借金を重ねてまで新たな商売に次々と手を出しているからだ。


 鉄鋼業から蒸気機械の部品取引、果てはエーテル鉱石の精製事業まで。悪く言えばそのどれもが、賭博師の興奮のように私を駆り立てる。

 子爵は最近、商会の運営をほぼ私に一任しており、この自由な経営は楽しくて仕方がなかった。

 だが、その代償として、書類仕事は山のように積み上がり、エミリアの負担も増す一方だったのだ。


「それはそうと、明後日から傭兵団に出向く。留守の間、商会を頼んだぞ」


 と、私は彼女に告げた。


「かしこまりました」


 エミリアは丁寧に一礼。その動きには無駄がなかった。

 彼女の真摯で落ち着いた態度は、いい加減な私には一生身につかないであろうと感心するだけであった。


 二日後、子爵は首都の社交界で貴族たちと杯を交わし、私は戦場の煤と鉄の匂いの中で傭兵として銃を握る。ユンカース商会は、エミリアの細やかな手腕に委ねられるのであった。




◇◆◇ユンカース商会・概要◇◆◆


〇ダイモス村

・ユンカース鉄道

・C級魔炎石鉱山(小規模)

・B級魔炎石鉱山(小規模)*2

・エーテル鉱石精製所(小規模)

・繊維工場(小規模)

・綿花畑(小規模)


〇港湾都市フォボス

・鉄工所(小規模)

・銅精錬所(小規模)

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― 新着の感想 ―
何か経営ゲームみたいです。
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