第19話……古い新聞と魔炎石鉱山
休暇中の私は、男爵様の屋敷で退屈を持て余していた。
暇つぶしに、物置に積まれていた古い新聞の束を手に取る。
この世界の新聞は貴重で、読み捨てるようなものではない。黄ばんだ紙面には、歴史の重みが刻まれているかのようだった。
新聞をめくっていると、ガーランド帝国とジラール共和国の戦争の記事が目に留ままる。
発端は、両国の北部国境に位置するクラーゼン公国での騒動だと書かれていた。クラーゼン公国は、もともと帝国の領土だったが、魔炎石という資源に恵まれ、商工業が栄え、政治的にも力を持っていた。
十数年前、共和国の後押しを受けて帝国から独立したものの、名目上は帝国の自治領という微妙な立場を保っていたのだ。
記事によれば、公国と帝国の関係を維持するため、クラーゼン公爵家の当主は必ずガーランド皇帝の親族から妃を迎える協定があった。
だが先日、公爵家の世継ぎが不倫に走り、しかも相手が共和国の上院議員の娘だったことが新聞で暴露されたのだ。
これが帝国政府の逆鱗に触れたのだ。公国は存亡の危機を感じ、共和国に軍の駐留を要請。共和国はこれに応じて軍を派遣したのだが、クラーゼンが形式上は帝国領であるため、これは国際条約上の侵略にあたるものだったのだ。
戦争は10月下旬に始まり、両軍は国境付近で激しい戦闘を繰り広げた。一進一退の攻防が続いたが、新年に入ると、帝国軍が難攻不落のカサンドラ要塞を陥落させた。
これを機に、帝国軍は一気に優勢に立った。帝国軍の先鋒は長駆し共和国領の奥深くまで侵攻。ついには首都ユーベルに迫り、包囲戦を展開したのだ。
だが、ユーベルの守りは固く、帝国軍も準備不足のまま冬を越すことになり、士気は次第に低下。戦線はだんだんと膠着状態に陥っていった。
新聞を読み終えた私は、頭を休めるために、珈琲を手にソファに沈み込んだ。
熱い液体が喉を通るたびに、頭の中の喧騒が少しずつ遠のいていく。
しばらくの間、私はただ静寂に身を委ねたのであった。
◇◇◇◇◇
翌朝、郵便が届いた。差出人は友人のゲルトナーだった。
私は自室に戻り、封を開けた。
手紙には、驚くべき知らせが記されていた。
ユーベルの包囲が一か月以上続き、共和国政府の態度は次第に軟化していた。水面下では事務レベルの会談が始まり、講和がほぼ確実だという。
講和の条件はこうだ。共和国はクラーゼン公国が正式に帝国領であることを認め、両国の国境は開戦前の状態に戻される。
戦争は、結局、元の場所で落ち着くらしいのだ。
読み終えた私は、手紙を暖炉に投げ込んだ。
紙が炎に呑まれ、徐々に灰になるのをぼんやりと見届けた。
戦争や首都での好景気の熱狂も、こうして燃え尽きるのだろうか……。
その晩、夕食後に私は旦那様に呼び出された。
男爵の執務室の扉を軽くノックする。重厚な木の感触が指先に響く。
「入ってくれ」という落ち着いた声が中から聞こえた。
私は扉を押し、部屋に足を踏み入れた。
暖炉の火がパチパチと音を立て、書棚の革装本が静かな威厳を放っている。
「フォーク君、君に任せたい仕事があるのだが」
男爵は革張りの椅子から身を起こし、鋭い目で私を見た。
「なんでしょう?」
私は軽く首を傾げて答えた。
戦争は下火になり、傭兵団からの呼び出しもない。仕事の話は、退屈な休暇を打破する朗報だったのだ。
「我がユンカース鉄道株式会社のお荷物を知っているか?」
「魔炎石のマーズ鉱山事業のことでしょうか?」
私は即座に答えた。男爵の顔にわずかな笑みが浮かぶ。
「その通りだ。あの事業を君に任せたい。もちろん資金がいるだろう。帝国国営銀行に預けてある2000万帝国マルクを君の裁量で使ってくれ。なんとか黒字にしてほしいのだ」
「……」
私は一瞬、言葉を飲み込んだ。
以前からマーズ鉱山のことは知っていた。
魔炎石には、魔動機や飛行船の燃料となる高級なAランク、標準的なBランク、そして粗悪なCランクがある。
だが、男爵家が保有するのは、そのCランクの鉱山だ。買収以来、一度も黒字を出したことがないいわく付きの事業だったのだ。
現在、戦時下の物資不足で、Cランクの魔炎石にも需要がある。だが、ゲルトナーの手紙で知った講和が成立すれば、市場での評価は一変するだろう。
平和が戻れば、粗悪品の価値は暴落する。リスクはあまりに大きかったのだ。
それでも、心のどこかで別の声が囁いていた。ピンチはチャンスだ。2000万マルクという大金を動かせる機会など、人生に一度あるかないかなのだ。
「わかりました。三年で黒字にしてみせます」
私は勢いよく答えた。
男爵の眉が満足げに上がる。
内心では、具体的な策など何一つ浮かんでいなかった。大見得を切ったのは、半ば自分を鼓舞するためだった。
男爵から鉱山の経営書類一式を預かり、私は自室に戻った。
ランプのあかりの下、書類の山を前に、頭をフル回転させる。
帳面の数字と報告書を読み漁り、可能性を模索したが、答えは簡単には見つからない。夜が更けても、解決の糸口は一向に掴めなかった。