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第17話……勲章と外務省の友人

 カサンドラ要塞を攻略した後。我々第二傭兵団は激しい損耗を受けたため、前線から後方へと配属が変更された。


 多くの仲間が一時休暇を与えられ、私もその一人だった。

 だが、休暇を満喫する間もなく、帝国軍総司令部から呼び出しが届いたのだ。理由は、戦場での魔導士としての功績が認められ、勲章を授与されるためだという。

 大変名誉なことではあるが、正直、戦場を離れたばかりで忙しない。


 私は荷物をまとめ、首都行きの蒸気機関車に乗り込んだ。

 煤と機械油の匂いが立ち込める三等客車の車内では、ゴトゴトと揺れる音が絶えない。

 窓の外には、蒸気と煙を吐きながら回る巨大な歯車や、煤けた煉瓦造りの工場が次々と流れていく。


 4時間後。列車は首都エーレンベルクの中央駅に到着した。降り立った瞬間、人々の喧騒が私を迎えたのだった。



「いつ来ても、この街は賑やかだな。戦争中とは思えないな」


 と、私は独り言を呟きながら、駅の正面広場を見渡した。

 空には飛行船が浮かび、通りには蒸気自動車が忙しく行き交っている。戦争の影はここには届いていないかのようだ。


 総司令部へ向かう途中、私は軍服の襟を正し、埃を払った。

 建物に足を踏み入れると、磨き上げられた真鍮の装飾と、壁に掛かった巨大な歯車時計が目に飛び込んでくる。

 受付で名を告げると、案内役の下士官が現れ、俺を授与式の会場へと案内してくれた。


 式が始まり、名前を呼ばれた俺は壇上へ進んだ。すると、驚くべきことに、皇帝陛下が直々に金と銀で縁取られた勲章を、私の胸に掛けてくださったのだ。


「良い働きであった。以後も帝国と朕のために励め……」


 と、陛下は低く落ち着いた声で俺に語りかけた。


「恐れ多いことでございます。全身全霊で帝国と陛下に尽くします」


 と、私は頭を下げ、緊張で足が震えるのを感じたのだった。



 授与式の後、記者会見が開かれた。

 ガス灯の明かりの下、新聞記者たちが私を取り囲み、次々と質問を浴びせてくる。


「戦場で勝利を導く秘訣は?」


「カサンドラ要塞の勝利は貴殿のおかげだと言うが、どう思う?」


 華々しくフラッシュが焚かれ、カメラのシャッター音が響き渡る中、私は少し気圧されながらも答えた。


「私一人の力ではありません。多くの仲間と勝ち得た結果です」


 ……と。


 その夜、疲れ果てた私は、総司令部の近くのホテルに泊まり、翌朝に新聞を買った。

 すると、一面にでかでかと『帝国の四銃士』という見出しが躍り、その下に私の名前が載っていた。


 記事には、俺の戦場での活躍が大げさに書かれ、まるで英雄扱いだ。「四銃士か……。大袈裟すぎるだろう」と、私は苦笑しながら新聞を畳んだ。


 うれしい気持ちがないわけでもない。だけど、この時は頭も疲れていて、再びベッドに潜り込んだのだった。




◇◇◇◇◇


 昼過ぎ、私は蒸気と煤煙が立ち込めるホテルの玄関を出て、再び首都の喧騒に身を投じた。

 煤けた石畳の通りを歩きながら、男爵様とお嬢様への土産でも探そうかと思い立ったのだ。ポコリーナは人の目を避けるため、革製の鞄に押し込めている。機械仕掛けの小さな相棒が窮屈そうに蠢くのを、時折感じながら歩を進めた。


「……おう、フォークじゃないか!?」


 突然、人混みの中から聞き覚えのある声が飛んできた。


「お!?」


 私は驚いて振り返る。

 そこに立っていたのは、軍学校時代の同級生、ザームエル=ゲルトナーだった。彼は貴族の子弟でありながら、煤と汗にまみれた軍学校で常に首席を誇った男だ。私はといえば、学業では常に最下位。だが、なぜか彼とは馬が合い、よく酒を酌み交わしたものだ。


 彼は三か国の言語を流暢に操る才人で、卒業後、軍には入らず外務省に引き抜かれた経歴の持ち主だ。

 黒いシルクハットに真鍮の装飾が施された外套をまとい、今もなお洗練された雰囲気を漂わせている。


「久しぶりだな、フォーク。飯でもどうだ?」


「おう、いいな。」


 彼に誘われるまま、私はレトロな雰囲気のレストランへ足を踏み入れた。

 煤けた煉瓦の壁に囲まれ、ガス灯が暖かな光を投げかける店内。蒸気機関の低いうなり音が遠くから響き、テーブルには真鍮製の燭台が置かれている。


 私は注文をすべてゲルトナーに任せた。この店のおすすめなど分からないし、彼の舌は意外と信用できたのだ。



「外務省でも元気でやってるのか?」


 私は温かい唐黍のスープを啜りながら尋ねた。


「……ああ、来月には課長補佐に昇進できそうだ。」


「なんだと!?」


 私は思わずスプーンを落としそうになった。

 この世界で、外務省の課長補佐といえば、軍でいえば中佐に匹敵する地位だ。一方、私はいまだ准尉止まり。まさに雲泥の差だ。


「さすがだな、ゲルトナー。お前ならそうなると思ったよ」


 私は苦笑しながら、運ばれてきた蒸気で温められた銅皿の料理に手を伸ばした。

 そんな歓談の最中。彼が突然、小声で意外なことを漏らした。


「……噂では、もうすぐ停戦だってさ。」


「……ぇ? 停戦だって?」


 私は目を丸くして聞き返した。スプーンを持つ手が止まる。


「そういう噂だ。だが、絶対に内緒だぞ。」


 彼は鋭い目で私を見据え、声をさらに落とした。


「北部で優勢だった帝国軍が、共和国の首都手前で敵の猛反撃にあって苦戦しているらしい。そもそもこちらから仕掛けた戦争ではないから、冬用装備の準備も足りていないしな……」


 私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 もしそれが本当なら、すごいニュースだ。


「なぁ、もしその噂が本当だったら、内緒で手紙をよこしてくれないか?」


「まぁ、いいぞ。ただし、郵便が途中で検閲されんようにな」


 彼は小さく笑い、真鍮の眼鏡を指で押し上げた。

 私は懐から二枚の1000マルク金貨を取り出し、彼にそっと手渡した。

 金貨の表面には、帝国の蒸気機関を象徴する歯車が刻まれている。元の世界でいえば、10万円ほどの価値だ。


「……なぁ、フォーク。もし、もっと余裕があるなら、貸してくれないか?」


 彼が突然、そんなことを口にした。


「お前、金に困ってるのか?」


 私は耳を疑った。外務省のエリートが金に困るなんて、想像もできなかった。しかも裕福な貴族階級出身の彼が、だ。


「……まぁ、少しな……」


 ゲルトナーの話を聞いていると、どうやら外交の世界での出世には、帳簿に載せられないような裏の経費が山ほどかかるらしい。

 世界の裏側で動く金と策略か……想像に難くない。


 私はちょうど政府から報奨金を手にしていたところだ。懐を探り、追加で3枚の1000マルク金貨を取り出して、彼にそっと渡した。


「ありがとうよ、フォーク。持つべきものは友だな。」


 ゲルトナーは金貨を手に、煤けたガス灯の光の下で小さく笑った。真鍮の装飾が施された外套のポケットにそれを仕舞い込む姿は、どこか貴族らしい優雅さを感じさせた。

 我々は銅皿の料理と蒸留酒を平らげ、レトロなレストランを後にしたのだった。


 大通りを抜ける蒸気馬車のクラクションが響き、煤煙が立ち込める十字路で別れを告げる。

 ゲルトナーはシルクハットを軽く傾け、人混みに消えていく。私は彼の背を見送りつつ、次の目的地へと足を向けたのだった。

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