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第15話……カサンドラ要塞攻略作戦、正面戦線【後編】

 戦場には激しい雨が降り始め、気温が低いためにうっすらと霧も出ていた。


「隊列を整え!」


 小隊長の鋭い声が、霧に濡れた戦場に響き渡った。兵士たちは慌ただしく動き、煤けた銃を構え、泥に足を取られながらも戦列を組んだ。


 目の前には、真鍮でできた巨大な戦車が立ちはだかっている。

 その巨大さは、前の世界の戦車を二回りも大きくしたものだった。そびえ立つ複数の煙突からは蒸気が噴き出す。幅広の履帯はぬかるんだ地面をものともせず、ゆっくりと不気味に迫ってくるのだった。


「撃て!」


 小隊長の号令一下、蒸気銃の銃声が一斉に鳴り響く。

 発砲による蒸気が霧に混じり、弾丸が戦車の装甲にたたきつけられる。


 しかし、真鍮の化け物は微動だにしなかった。

 弾は嘲笑うかのように、戦車の装甲に次々に弾き返されたのだ。



「各員、各自に敵の弱点を狙え!」


 小隊長が叫び、兵士たちは次弾を装填する。

 汗と泥にまみれた手で銃を握り直し、敵の巨体に目を凝らす。

 砲塔か、煙突か、それとも操縦席か。

 味方の歩兵たちは、戦車の弱点を探りながら、一発一発を慎重に撃ち込んでいく。


 だが、敵も黙ってはいなかった。戦車の4つの砲塔が轟音と共に火を噴き、同時に車体に設けられた無数の銃眼が赤い閃光を放つ。

 敵兵は厚い装甲に守られているが、こちらは身を隠す術もない。味方の歩兵が次々と倒れ、泥の中に沈んでいった。


 血と蒸気が混じり合い、戦場に不気味な臭気が漂っていく。



「……あ、あれを見ろ!」


 一人の兵士が震える声で叫んだ。霧の向こうから、新たな影が現れたのだ。それも1両ではない。3両だ。


 巨大な戦車がさらに3両、歯車と蒸気を鳴らしながらこちらへ突進してくる。1両でも手に負えないというのに、これでは絶望しかない。

 兵士たちの顔から血の気が引いていくのを感じる。


「謀られたか……!」


 私だけではなく、各小隊長たちも気づく。

 そうだ、今までの戦いで我々が優勢だったのは、敵の罠だったのだ。


 味方の多くは、敵陣地近くに引きずり込まれ、熾烈な反撃を受けていた。

 戦車砲の轟音が耳をつんざき、周囲に爆発による煙が次々にあがる。


「退却しろ!」


 小隊長たちの声は、もはや命令というより悲鳴に近かった。兵士たちは重い背負い袋をその場に放り投げ、泥濘を這うように後方へ逃げ出した。

 背後では、戦車群が容赦なく進軍を続け、味方の装備を踏み潰していく。


「突撃!」


 さらに、こちらが崩れたのを見て、敵の歩兵たちも一斉に陣地から飛びだしてきたのだった。




◇◇◇◇◇


 ……さて、どうしたものか。


 歩兵たちは軽装で素早く逃げられたが、私たち砲兵はそうはいかない。

 目の前に並ぶのは、重い大砲なのだ。この貴重な装備を捨てて逃げるなんて、とうてい考えられなかったのだ。


 しかし、反撃しようにも、この曲射砲じゃ話にならない。

 この弾道は大きな放物線を描いて飛ぶから、目の前に迫る戦車に当てるのは至難の業だ。試しに一発撃ってみたが、弾は霧の中に消え、どこか遠くで無意味に炸裂しただけだった。


「退却! 引け!」


 砲兵隊長の声が響いた。どうやら反撃を諦めたらしい。部下たちは慌てて馬に大砲を繋ぎ、引っ張り出そうとする。


 ……しかし、時間がなさすぎた。


 巨大な敵戦車は足が鈍重だが、俺たち砲兵部隊はそれ以上に動きが遅い。真鍮でできた履帯の軋む音がすぐ背後に迫り、私は気持ちの悪い汗をかいていく。


 ……その時、私は思いついた。


「隊長、あの大砲を一門借りてもいいですか?」


 隊長に駆け寄り、息を切らして意見を具申する。


「ああ、いいぞ」


 と、即座に許可が出た。

 私は頷き、すぐさま魔導兵器ガニメデの操縦席に飛び乗った。鉄と魔術でできた巨体が、ゴオオと唸りながら動き出す。


 私はガニメデに大砲を担がせ、狙いを定めた。曲射砲でも、ガニメデの腕に固定するなら地面に平行に撃てるはずなのだ。


「……当たってくれよ」


 祈るような気持ちで弾を込め、敵戦車に大砲を向ける。

 しかし、この時代に徹甲弾なんてものは存在しない。狙えるのは戦車の足――履帯だけだ。そこに賭けるしかなかった。


 私の左目に念を込める。

 この超能力じみた目は、まるで最新鋭のレーダー設備のようだった。

 視界に敵との距離、風向き、風速がデジタルで細かく浮かび上がる。

 それを見ながら、私は素早く照準を調整したのだ。


 一発目、撃つ。外れる。二発目、また外す。

 でも、三発目で履帯が軋む音が聞こえた。


「やったぞ!」


 それは履帯の破損した音だったのだ。

 私は、動きが止まった戦車を放置し、すばやく次の一両に照準を移す。

 ガニメデは重い砲弾をまるで玩具のようにつまみ上げ、続けざまに撃ち続けた。


 そして、大砲の砲身が真っ赤に焼けつく頃には、4両の巨大戦車がほぼ動きを止めていた。完全に壊せたわけじゃないが、もう追ってこられないだろう。



「すごい! やったぞ!」

「ざまあみやがれ!」


 背後から味方の歓声が上がった。いつの間にか、仲間たちが私とガニメデの活躍を見ていたらしい。

 やはり、巨大な敵戦車を粉砕することはできなかったが、少なくとも撤退の時間は十分に稼げたのだ。


「すごいポコ~♪」


 膝の上でポコリーナも褒めてくれる。

 私は霧の中で大きく息をつきながら、ガニメデの操縦席で小さく笑ったのだった。

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