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第12話……新聞記事

 傭兵団は先日の激戦を終え、疲れ果てた体を休めるため、戦線の担当を正規兵の部隊と交代していた。束の間の休息が与えられたのだ。


 私は小さな狸のポコリーナを抱きかかえながら、新聞を広げていた。「なんかいい記事あるポコ?」と呟くと、ポコリーナはあきれたような顔で私を見上げる。

 新聞の一面には「若き魔導士、お見事!」という派手な見出しが踊り、白黒写真には司令官と私が握手している姿が大きく掲載されていた。


 前世では褒められることなど皆無だった私にとって、この記事は妙にくすぐったく、ついニヤニヤしながら眺めてしまう。新聞の日付は一昨日。ポコリーナの表情は呆れを通り越して諦めに近いものだった。




◇◇◇◇◇


 それから三日後のこと。私は正規軍からの命令を受け、首都にある軍学校へと戻っていた。先日の戦いで手柄を立てたことが認められ、教育の機会を与えられたのだ。


 現在取り組んでいるのは、参謀課程と呼ばれる三か月のカリキュラム。無事に卒業できれば、出世が約束されるエリートコースだ。

 しかし、実技を除けば、その科目はどれも難解で頭を悩ませるものばかりだった。

 前世で苦手だった三角関数まで登場し、転生したメリットなどまるで感じられない。結局、期末の卒業試験で不合格となり、再び傭兵の身分へと逆戻りしてしまったのだった。


 蒸気機関車に揺られながら、私は第二傭兵団の駐屯地へと戻る。

 司令官のヘルダーソン少佐は笑顔で出迎えてくれたが、私の気分は複雑だった。確かに仲間との再会は嬉しい。だが、せっかく掴みかけた正規部隊への所属がまたも霧散してしまったのだ。


 一方、戦況は大きく動いていた。先日の帝国軍の攻勢が成功を収め、北西の戦線を中心に共和国軍を圧倒し始めていたのだ。

 しかし、第二傭兵団には出番が回ってこない。正規軍の将軍や将校たちが、この好機を独占し、手柄を立てようとしているからだ。

 私たち傭兵は、ただその様子を遠くから眺めるしかない。

 ポコリーナを抱きながら、私は新聞を畳み、大きなため息をついたのであった。




◇◇◇◇◇


 私はいつものように、煤けた准士官用の個室で落ち着いた朝を迎える。私は湯気の立つコーヒーを手に、テーブルに広げた新聞を何気なく開いた。

 なにしろ戦線が優勢である以上、我々傭兵団の仕事は、後方で「待機」することだけだからだ。


 すると、見出しの下に気になる記事が目に飛び込んできた。「隣国との戦争が絶えないのは、資源や植民地、そして貿易の問題もあるが、どこの国の高級将校も出世して就くであろうポストが、平和になると減るからだ。ゆえに戦争がしばしば起こる」とあった。

 私はカップを口に運び、熱いコーヒーを一口飲んでから、思わず苦笑した。


 戦争が将校たちの出世の糧だなんて、考えたくもないが、記事の続きをついつい読んでしまう。


 そこには数年前の東部戦線が一段落した時、上層部でポスト争奪の醜い騒ぎがあったと書かれている。


 ハインリヒ・フォン・グレーフェとヴィルヘルム・フォン・ホーフマン、二人の将軍が、たった一つの「蒸気軍総監」の椅子を巡って火花を散らしたそうだ。


 ハインリヒは蒸気装甲車の新型開発予算を握って昇進を狙っていた。

 記事によると、彼は優秀な設計士を賄賂で抱え込み、試作用の「アイアン・リヴァイアサン」を無理やり戦場に投入したらしい。

 だが、初陣で重要な歯車が焼き付いて動かなくなり、結果として部下が三人負傷してしまった。だが、ハインリヒは失敗を部下のせいにしておとがめなし。


 一方、ヴィルヘルムは植民地の鉱山利権に食い込む策を弄した。帝国の重要技術でもある蒸気掘削機の独占権を手に、自分の派閥を増やそうと画策したらしい。

 噂では、彼が敵国との小競り合いをわざと長引かせて、鉱山の重要性をアピールしたなんて話もあった。


 下級兵士たちが前線で汗と煤にまみれている間に、奴らは首都エーレンベルクのクラブで葉巻をくゆらせながら、仲間たちとポストの算段をしていたらしいのだ。

 そんな記事を読みながら、私はコーヒーをもう一口飲んだ。苦い味が舌にも心にも広がる。


 ……まぁ、前の世界での会社での出世争いは醜かった。

 ただ、いつも被害にあうのは下っ端ということは、どんな世界でも共通項のようだった。


 私はカップをテーブルに置き、煤けた窓の外を見た。

 蒸気管のシューッという音が街に響き、遠くで歯車が軋む音が混じる。


 平和になれば、高級将校や将軍のポストは減り、出世の機会もなくなる。高級将校たちにとっては、戦争こそがキャリアの燃料だ。

 私みたいな下っ端は、どこの世界でもただの使い捨ての歯車なんだろうな。


 そんなことを思い、私はモフモフとした手触りのポコリーヌを抱き上げ、寝台にて転がった。

 夕食の時刻にはまだ時間があるからだ。


 ……静かで平和だ。

 近くの田園地帯には、蒸気機関車がのんびりと走る。

 ここの近くが戦地だとは到底思えない。



 私の瞼が眠気に負けそうになりかけた時。

 突然、警報が鳴った。


 私は毛布を蹴飛ばし、急いで宿舎の外へと出た。


「あれを見ろ! 上だ!」

「でかい!」


 サイレンが鳴り響く中、兵士たちがそれぞれに空を指さす。

 空に浮かんでいたのは、巨大な共和国軍の飛行船だった。

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