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第10話……傭兵団、突撃ス!!

 朝日が眩しく目を刺す中、私たちは西へ向かう20キロ先の目的地を目指して進軍していた。

 数台の蒸気自動車が砂塵を巻き上げて進む一方で、その他の者は汗と埃にまみれながら徒歩で黙々と歩を進めていた。


 総勢およそ400名からなる傭兵団は、夕暮れが迫る頃にようやく目的地へと辿り着いた。


「総員、集合せよ!」


 隊長の鋭い号令が響き渡ると、疲れ切った兵士たちは一時間の食事休憩を取った。

 乾いた粗末なパンと水を喉に流し込み、束の間の休息を得る。だが、その安らぎも長くは続かない。

 休憩が終わるや否や、偵察兵が静かに敵地へと先行し、私たちもまた隊列を整えてその後に続いた。

 国境を越えたのは、太陽が地平線の彼方へと沈み、空が深い藍色に染まる頃だった。


 作戦要綱はこうだ。深夜まで息を潜めて待ち、敵のトーチカを包囲した上で夜襲を仕掛ける。闇が我々の味方となるはずだったのだ。




◇◇◇◇◇


「工兵隊、前へ出ろ!」


 各小隊長の低い声が夜気を切り裂く。工兵たちは無言で前進し、トーチカの周囲に張り巡らされた柵や鉄条網を一つ一つ取り除いていく。

 その手際の良さは、まるで影が動くかのようだった。彼らが任務をほぼ終えたのを確認すると、小隊長たちは旗下の歩兵たちに突撃の命を下した。


「突撃! 突っ込め!」


 歩兵たちは一糸乱れぬ隊列を組み、四方から敵のトーチカ陣地へと殺到した。怒号と足音が闇に溶け合い、戦場に不気味な響きを刻む。

 その時、私は後方に留まり、蒸気砲兵の補助に回っていた。重たい砲弾を運び、照準を定める手伝いをする中、汗が額を伝い落ちる。


「敵だ! 応戦しろ!」


 蒸気砲が一斉に火を噴くと、低く唸るような爆音が辺りを包んだ。

 さすがにこれだけの砲撃を浴びせれば、敵も我々の存在に気づかざるを得ない。たちまち射撃戦が始まり、敵陣から照明弾が夜空へと打ち上げられた。


 その光はまるで昼間のように戦場を照らし出し、味方の歩兵たちの姿を赤々と浮かび上がらせた。

 次の瞬間、敵兵たちがその光を頼りに一斉射撃を浴びせてきた。銃声が響き合い、弾丸が空気を切り裂く音が耳をつんざく。


 闇の中で始まった戦いは、照明弾の冷たい光の下、血と汗にまみれた混沌へと変わっていった。




◇◇◇◇◇


 暗闇の中、戦闘は熾烈を極めていた。

 銃声と怒号が絶え間なく響き合い、血と油の匂いが夜気を濡らす。


 私はその混沌の中で、特殊な左眼を通じて全てを捉えていた。暗闇に潜む敵兵の姿がくっきりと浮かび上がり、その距離や近くの高台までの間隔さえも、瞬時に計算されて視界に映し出される。

 この目は、私に戦場の真実を把握させるとんでもないモノだった。


「敵を近づけるな!」

「援護射撃を頼む!」


 敵と味方の距離が縮まるにつれ、双方の指揮官の叫びが交錯する。

 負傷した兵士たちがうめき声を上げながら後方へと運ばれていく姿が、ちらちらと視界の端に映った。


 だが、敵はトーチカや土嚢に身を隠し、頑強に抵抗を続けている。勇猛果敢で知られた我が傭兵団でさえ、戦況を覆すことはできずにいたのだ。


「撤退しろ!」


 傭兵団長、ヘルダーソン大尉の声が戦場に響き渡った。歯を食いしばるようなその命令に、誰もが一瞬動きを止めたが、やがて隊列を崩して後退を始めた。ひとまず仕切り直しが必要だった。



 それから二週間たっても敵のトーチカを中心とした陣地は落ちない。傭兵団の死傷者はどんどん増えていったのだ。

 これは傭兵団としてでだけでなく、ガーランド帝国の参謀本部としても誤算だった。




◇◇◇◇◇


 激しい雨がふる夜。仮設テントで設けられた野戦司令部には、ヘルダーソン大尉と幕僚たちが集まっていた。

 薄暗いランプの明かりが、疲れ切った彼らの顔を照らし出す。


「敵の陣地に弱点はないのか?」


 大尉の声は苛立ちを帯びていた。


「夜目が利く斥候を何人も出しましたが、いまだ見つけられていません」


 幕僚の一人が肩を落としながら答える。どの顔を見ても、希望の光は見当たらなかった。


 その様子を横目で見ていた私は、研修生として参加していた立場ながら、思い切って手を挙げた。


「発言を許す!」


 大尉の鋭い視線が私を捉え、私は背筋を伸ばして応えた。


 「はっ!」


 深呼吸を一つして、私は提案を口にした。近くの高台に大砲を配置し、そこからトーチカを砲撃する作戦だ。


「ふむ、だが、あの高台は崖のような急斜面だぞ。砲を運ぶなど不可能ではないのか?」


 大尉が眉を寄せる。私はテントの外に目をやり、そこに放置されていた旧式の魔動機を指差した。


「あれをお貸しいただければ、何とかしてみせます」


「そうか、貴様は魔導士だったな。よし、やってみろ!」


 大尉は豪快に笑い、許可を下した。だが、幕僚たちは顔を曇らせて異を唱えた。


「大尉、夜間の作業は危険すぎます!」

「その通りです。事故でも起これば、貴重な魔動機まで失う恐れが……」


「では、お前たちには何か策があるのか?」


 大尉の冷ややかな問いかけに、幕僚たちは押し黙った。

 それを合図に、私は踵を返し、魔動機へと駆け寄った。整備担当の兵士が慌ててついてくる中、私は厚い防御鋼板に覆われたコックピットに飛び乗ったのだ。


「起動!」


 スイッチを押すと、鈍い振動と共にコックピット内の灯りが点灯した。

 古びた魔動機が目を覚ました瞬間、心臓が高鳴る。

 外から聞こえる幕僚や兵士たちのざわめきも、今は遠く感じられた。


 この機体と私だけで、戦況を動かす一手が打てるかもしれない――そんな確信が、暗闇の中で静かに燃え上がっていた。


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