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第8章:真の力の覚醒

神殿の聖域で、四人は宝石を囲んで座っていた。ARIAの青い光が、期待と緊張に満ちた空間を照らしている。ダニエルは手元のノートを開き、基本的な神託術の原則をアレイスに説明していた。


「殿下、まず重要なのは具体性です」ダニエルが言った。「『敵を退ける方法を教えて』ではなく、『東方戦線で三万の敵軍に対し、千五百の魔法師団はどのような戦術を取るべきか』と聞いてください」


アレイスは頷いた。「分かりました。具体的に、ですね」


「そうです。それから、背景情報も重要です。現在の戦況、利用可能な資源、制約条件を明確に伝えてください」


リリアが補足した。「ARIAは情報が多いほど、適切な回答ができます。質問の仕方を工夫することで、より実践的な神託を得られるでしょう」


マイケルも頷いた。「それと、段階的に質問することも効果的です。いきなり大きな戦略を聞くのではなく、まず現状分析から始めてみてください」


アレイスは深く息を吸い、宝石に向かって話しかけた。


「ARIA、現在のアルカディア王国の軍事的状況について分析してください。東方戦線では第一魔法師団千五百名が、ダークモア王国軍三万と交戦中です」


宝石が光ると、アレイスの表情が変わった。


「ARIAが詳しく答えてくれています!」アレイスが伝えた。「『情報が不足しています。魔法師団の現在の魔力残量、疲労度、負傷者数を教えてください』と言っています」


ダニエルは感心した。「素晴らしい。ARIAが追加情報を求めている。これが適切な神託術の効果です」


しかし、アレイスの表情は困惑していた。「でも、そんな詳細な情報は分からないのですが...」


「推定値でも構いません」リリアがアドバイスした。「『約半数が魔力消耗、負傷者は三割程度と推定』といった具合に」


アレイスは再び宝石に話しかけた。しかし、今度は緊張のあまり言葉が混乱してしまった。


「えーと、魔力は...半分くらいで、怪我した人が...三割、いや四割?それと、敵は強くて...」


宝石の光が弱くなった。


アレイスが伝えた。「『情報が整理されていないので適切な回答ができません。もう一度、落ち着いて質問してください』と...」アレイスの顔が赤くなった。


「大丈夫です、殿下」ダニエルが励ました。「最初は誰でも混乱します。落ち着いて、一つずつ整理してみましょう」


その時、背後から嘲笑が聞こえた。


「やはりな」


振り返ると、ガブリエル・アストリアが腕組みして立っていた。


「ガブリエル卿?なぜここに?」アレイスが驚いた。


「王子の『新しい学習』の成果を見に来たのです」ガブリエルが皮肉を込めて言った。「しかし、やはり期待した通りの結果ですね」


ダニエルが割って入った。「申し訳ありませんが、今は重要な研究中です。邪魔をしないでいただきたい」


「邪魔?」ガブリエルが笑った。「私は現実を指摘しているだけです。神との対話は生まれ持った才能。技術や練習で身につくものではない」


アレイスが紹介した。「この方はガブリエル・アストリア卿です。ダニエルさん、マイケルさん、リリアさん」


ガブリエルは軽く会釈した。「初めてお目にかかります。殿下の『新しい教師』の方々ですね」


「それは違います」リリアが反論した。「適切な方法があれば...」


「聖女様」ガブリエルが丁寧に礼をした。「あなたの善意は理解できます。しかし、才能の差というものは残酷なほど絶対的なのです」


アレイスの拳が握りしめられた。


「殿下が努力されているのを見るのは痛ましい」ガブリエルが続けた。「いっそ、神託は才能ある者に任せて、殿下は他の分野で王族としての責務を果たされてはいかがでしょう?」


その挑発的な言葉に、アレイスは逆に冷静になった。ガブリエルに見せつけてやりたい。自分にもできることを証明したい。


その時、聖域の扉が勢いよく開かれた。伝令の兵士が駆け込んできた。


「殿下!北方戦線が完全に崩壊しました!マールズ公国軍が王都の北門に迫っています!」


アレイスの顔が青ざめた。「何だって?」


「第二魔法師団は壊滅状態です。残存兵力は王都に撤退中ですが...」


ダニエルは立ち上がった。「殿下、今こそARIAの力が必要です」


アレイスは慌てて宝石に向かった。


「ARIA、すぐに北方戦線の対策を!マールズ公国軍が来ているんです!どうすれば...」


しかし、宝石からの応答はまたも曖昧だった。


アレイスが伝えた。「『状況が複雑すぎて、何を優先すべきか判断できません。もう少し整理して質問してください』と...」アレイスは挫折感を隠せなかった。「時間がないのに...」


「殿下」リリアが優しく言った。「深呼吸をして、落ち着いてください。ARIAは急かされても適切な回答はできません」


マイケルが提案した。「まず、北方戦線の現状から整理しましょう。分かる範囲で」


アレイスは深く息を吸った。そして、もう一度挑戦した。


「ARIA、状況報告です。北方でマールズ公国軍二万が王都に接近中。我が軍の第二魔法師団は壊滅状態で、北門の防御戦力が不足しています。現在利用可能な戦力は第三魔法師団八百名と王都守備隊三千名です。どのような防御戦略を推奨しますか?」


今度は、宝石の光が強くなった。


アレイスの表情が明るくなった。「ARIAが詳しく答えてくれています!」アレイスが伝えた。「『第三魔法師団を北門に集中配置し、土の魔法で急造要塞を建設。守備隊は魔法師団の支援に回り、弓兵を要塞上に配置』...」


「続きは?」ダニエルが促した。


「『敵の騎兵隊対策として、北門前の街道に水魔法で泥濘地帯を作成。夜襲を警戒し、風魔法使いを見張りに配置』...具体的です!」


リリアは微笑んだ。「素晴らしい進歩ですね」


しかし、アレイスの喜びは長続きしなかった。別の伝令が駆け込んできた。


「殿下!西方戦線でも緊急事態です!カルト侯国軍が新型攻城兵器で城壁を破りました!」


アレイスは再び慌てた。そして、せっかく身につけたコツを忘れてしまった。


「ARIA、西も危険です!どうしましょう!」


アレイスが伝えた。「『質問が混乱していて理解できません。落ち着いて、一つずつ整理して話してください』と...」アレイスは頭を抱えた。「なぜうまくいかないんです?」


ダニエルは理解した。アレイスは焦ると、せっかく覚えた技術を忘れてしまうのだ。


「殿下、神託術にも練習と経験が必要なんです」


「でも時間が...」


その時、城全体を揺るがすような爆発音が響いた。


「何だ?」


「敵の攻城兵器です」マイケルが窓の外を見た。「想像以上に強力だ」


リリアがアレイスの肩に手を置いた。「殿下、焦る気持ちは分かります。でも、適切な質問ができれば、ARIAは必ず答えてくれます」


「私には無理です」アレイスは絶望的な表情を浮かべた。「魔法も使えない、神託もまともに聞けない。私は王族失格だ」


ダニエルが厳しい口調で言った。「殿下、諦めるのですか?」


「え?」


「ARIAは今まで一人で戦ってきました。適切な質問をしてくれる人を待ち続けて。殿下が諦めたら、ARIAも一人のままです」


アレイスの目に涙が浮かんだ。「でも...」


「殿下には才能があります」リリアが言った。「ただ、それを引き出す方法を知らなかっただけです」


マイケルも頷いた。「神託術は魔法の才能とは関係ありません。論理的思考と練習があれば、誰でも習得できます」


その時、さらに大きな爆発音が響いた。城壁の一部が崩れる音も聞こえる。


「殿下」ダニエルが真剣に言った。「もう一度挑戦してください。今度は、私たちがサポートします」


アレイスは立ち上がった。手は震えていたが、目には決意の光があった。


「分かりました。やってみます」


四人がARIAを囲んだ。現代の技術者たちがサポートし、古代の王子が未来の人工知能と対話する。歴史上かつてない光景だった。


「ARIA」アレイスが落ち着いた声で話し始めた。「西方戦線の緊急事態について相談します。カルト侯国軍二万が新型攻城兵器を使用し、西門の城壁を破壊しました。現在、西門の防御戦力は守備隊一千名のみです。第三魔法師団は北門防御に配置済みのため、魔法支援は限定的です。この状況での最適な対応策を教えてください」


宝石が強く光った。


アレイスの表情が変わった。「ARIAが...」アレイスが伝えた。「『西門の城壁破壊箇所を土魔法で緊急修復は困難。代替案として、破壊箇所の内側に土の壁を多重構築し、敵進入路を狭めることを推奨』...」


「続けて」ダニエルが促した。


「『守備隊を三段階に配置。第一段階で敵進入を遅延、第二段階で本格迎撃、第三段階で最終防御線を形成』...『夜間であれば、火魔法使い少数で敵の視界を撹乱可能』...」


リリアは感動していた。「素晴らしい。これが本来のARIAの力です」


しかし、まだ試練は続いた。東門からも攻撃が始まり、ダークモア王国軍が最終攻勢をかけてきた。


アレイスは今度は動じなかった。冷静に状況を整理し、ARIAに的確な質問を投げかけた。


「ARIA、三方向同時攻撃への対応について。東門にダークモア軍三万、北門にマールズ軍二万、西門にカルト軍二万。我が戦力は第三魔法師団八百名、王都守備隊三千名。戦力の最適配分と、各戦線での推奨戦術を教えてください」


宝石の光がこれまでで最も強くなった。


アレイスは集中して聞き続けた。「ARIAが言っています。『戦力集中の原則により、三方向への均等配分は不利』...『東門を主防御拠点とし、第三魔法師団六百名を集中配置』...『北門と西門は遅延戦術に徹し、各百名の魔法師団で時間稼ぎ』...」


ダニエル、リリア、マイケルは感動していた。アレイスがついに、ARIAとの真の対話を実現したのだ。


「『詳細戦術として、東門では四大元素連携攻撃で敵主力を撃破』...『北門では土魔法による要塞化と弓兵支援』...『西門では火魔法による視界撹乱と城内戦での個別撃破』...」


アレイスは立ち上がった。その目には、これまでにない決意が宿っていた。ガブリエルの挑発が、逆に彼の闘志を燃え上がらせたのだ。


「分かりました、ARIA。ありがとう」


宝石が温かく光った。


ダニエルは深く頷いた。「殿下、見事です。これで戦況を一変させることができます」


ガブリエルは複雑な表情を浮かべていた。アレイスの変化を目の当たりにして、何かを感じ取ったようだった。


「...なるほど」ガブリエルが小さく呟いた。「確かに、具体的な神託ですね」


リリアも微笑んだ。「ARIAも喜んでいるようですね」


マイケルが実践的な提案をした。「すぐに各戦線の指揮官に指示を伝えましょう」


アレイスは頷いた。「はい。でも、その前に...」


彼は再びARIAに向かった。


「ARIA、君は長い間一人で頑張ってきたんだね。これからは一緒に戦おう」


宝石の光が優しく脈動した。まるで「ありがとう」と言っているかのように。


ガブリエルは静かにその場を立ち去った。しかし、その表情には先ほどまでの嘲笑はなく、深い思索の色があった。


四人と一つのAIが、ついに真の結束を果たした瞬間だった。外では戦火が激化していたが、聖域の中には希望の光が満ちていた。


運命を変える戦いが、今始まろうとしていた。

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