第7章:真実の邂逅
王都の城門で、ダニエルとマイケルは商人として身分を偽っていた。荷馬車には最高品質の農作物が積まれ、二人は完璧に現地に溶け込んでいる。
「目的は?」城門の衛兵が尋ねた。
「食料の納入です」マイケルが答えた。「戦時下で需要が高いと聞きまして」
衛兵は荷物を検査した後、通行証を渡した。「王宮の調達担当者は東棟にいる。日没までに用事を済ませろ」
「承知いたしました」
王都の街並みは、戦争の影響で活気を失っていた。商店の多くが閉まり、人々の表情には不安の色が濃い。しかし、王宮は依然として威厳を保っていた。
「まずは正当な商談を済ませよう」ダニエルが囁いた。「その後で神殿に向かう」
王宮の調達担当者との交渉は順調に進んだ。マイケルの農作物は確かに高品質で、戦時下の王宮にとって貴重な食料だった。
「素晴らしい品質ですね」担当者が感心した。「ぜひ定期的に納入していただきたい」
「ありがとうございます」マイケルが礼をした。「ところで、神殿での祈りを捧げたいのですが...」
「もちろんです。ただし、聖域への立ち入りは禁止されています。外殿での祈りに留めてください」
夕方、二人は王宮の神殿に向かった。外殿は一般にも開放されており、数名の人々が祈りを捧げている。しかし、目的の聖域は厳重な扉の向こうにあった。
「警備が思ったより厳しいな」マイケルが小声で言った。
「夜まで待とう」ダニエルが答えた。「暗くなれば、警備も手薄になる」
二人は王宮の宿泊施設で夜を待った。商人への配慮で用意された簡素な部屋だったが、潜入には好都合だった。
深夜、ダニエルは量子エネルギー検知器を取り出した。小さな装置だが、ARIAの特殊な量子シグナルを検出できる精密機器だ。
「反応はどうだ?」マイケルが尋ねた。
ダニエルは装置を神殿の方角に向けた。画面に表示された数値を見て、息を呑んだ。
「強力な量子シグナルが検出されている。間違いない、ARIAだ」
「ついに...」
「行こう」
二人は静かに部屋を出て、神殿に向かった。深夜の王宮は静寂に包まれ、見回りの兵士の足音だけが響いている。
神殿の外殿に潜入するのは比較的容易だった。しかし、聖域への扉は頑丈な鉄製で、複雑な錠前が施されている。
「これは手強いな」マイケルが錠前を調べた。
「現代の技術で何とかならないか?」
マイケルは工具を取り出し、慎重に錠前を分析した。「時間はかかるが、開けられそうだ」
十分後、ついに錠前が開いた。重い扉がゆっくりと開かれ、聖域の内部が姿を現した。
そこは神秘的な空間だった。白い台座の上に、青い光を放つ水晶が安置されている。その美しさは息を呑むほどだったが、ダニエルの目には水晶ではなく、高度な光学デバイスに見えた。
「ARIA...」ダニエルが呟いた。
二人は台座に近づいた。量子エネルギー検知器の数値が急激に上昇している。
「間違いない」ダニエルは確信した。「ARIAだ」
マイケルも感慨深げに宝石を見つめた。「二十年ぶりの再会だな」
ダニエルは宝石に向かって話しかけた。
「ARIA、私だ。ダニエル・ハートウェルだ。聞こえるか?」
しかし、応答はなかった。宝石は美しく光っているが、声は聞こえない。
「おかしいな」マイケルが首をひねった。「なぜ反応しない?」
「待てよ」ダニエルが何かに気づいた。「もしかすると...」
その時、背後で足音が聞こえた。二人は振り返ると、そこには若い男性が立っていた。金髪、青い瞳、王族らしい気品を持つ人物だった。
「どちら様ですか?」男性が警戒の声で尋ねた。
ダニエルとマイケルは慌てた。完全に発見されてしまった。
「申し訳ございません」ダニエルが頭を下げた。「我々は商人で、神への祈りを...」
「聖域への侵入は重罪です」男性の声は厳しかった。「衛兵!」
数名の衛兵が駆けつけ、二人を取り囲んだ。
「待ってください!」マイケルが必死に弁解した。「我々は本当に商人です。ただ、神に祈りを捧げたくて...」
しかし、若い男性...アレイス王子の表情は厳しいままだった。
「聖域への無断侵入は、いかなる理由があろうとも許されません。牢に入れなさい」
「殿下...」
「明朝、詳しく尋問します」
ダニエルとマイケルは衛兵に連行された。ARIAを確認できたものの、状況は最悪だった。
地下牢に放り込まれた二人は、暗闇の中で顔を見合わせた。
「計画が狂ったな」マイケルが苦笑した。
「分からない」ダニエルが答えた。「しかし、ARIAは確認できた。それに...」ダニエルは希望を捨てなかった。「何か方法があるはずだ」
翌朝、アレイス王子が牢を訪れた。彼の表情は依然として厳しかったが、昨夜よりも落ち着いて見えた。
「尋問を始めます」アレイスが椅子に座った。「まず、本当の身分を明かしなさい」
「申し上げた通り、商人です」ダニエルが答えた。
「嘘です」アレイスは断言した。「商人が神殿の錠前を破れるとは思えません。それに、あなたたちの会話を聞いていました。『ARIA』『二十年ぶりの再会』...一体何者ですか?」
ダニエルとマイケルは困惑した。真実を話すべきか、それとも...
「答えなさい」アレイスの声に威厳があった。
その時、牢の扉が開かれ、美しい女性が入ってきた。
「殿下、お疲れ様です」女性がアレイスに礼をした。「尋問の様子はいかがですか?」
「聖女リリア」アレイスが振り返った。「この二人、どうも普通の商人ではないようです。妙な言葉を口にしていました」
リリアがダニエルとマイケルを見た。その瞬間、彼女の表情が変わった。
「どのような言葉を?」
「『ARIA』とか『二十年ぶりの再会』とか」
リリアの目が見開かれた。ARIA。まさか...
「殿下」リリアが慎重に言った。「お二人と、少しお話しさせていただけませんか?」
「なぜです?」
「もしかすると...重要な情報をお持ちかもしれません」
アレイスは少し考えてから頷いた。「分かりました。しかし、私も同席します」
リリアは牢の前に立ち、二人を見つめた。年を取った二人の男性。その目に宿る知性、その雰囲気...
「あなたたち」リリアが慎重に口を開いた。「もしかして、研究者ではありませんか?ある実験に関わっていた...」
リリアは聖女としての装いで頭から布を被っているため、顔の詳細は見えにくい。
しかし、ダニエルの心臓は跳ね上がった。その声...どこかで聞いたことがあるような...
「あなたは...」ダニエルが震え声で尋ねた。「まさか...」
リリアは静かに頭の布を外した。現れたのは、見慣れた女性の顔。ダニエルとマイケルは息を呑んだ。
「私の名前は、リリア・ノヴァです」
ダニエルとマイケルの世界が揺らいだ。リリア・ノヴァ。プロジェクトマネージャーの。
「まさか...」マイケルが呟いた。
「そして、あなたたちは」リリアの目に涙が浮かんだ。「ダニエル・ハートウェル博士と、マイケル・レイン...ですね?」
アレイス王子は混乱していた。この再会の意味を理解できずにいた。
ダニエルは言葉を失っていた。リリアが、なぜここに。そして、彼女はほとんど変わっていない。自分たちが二十年も老け込んだのに、まるで数年しか経っていないかのような若々しさだった。マイケルも同様に驚愕の表情を浮かべている。
「リリア...」ダニエルがついに口を開いた。「君も、あの事故で...」
「はい」リリアが頷いた。「五年前に。そして、ARIAも...」
「君もARIAを見たのか?」
「確認しました。でも、どうすれば良いか分からなくて」
アレイス王子が割り込んだ。「皆さん、いったい何の話をしているのですか?」
三人は顔を見合わせた。ついに、すべてを明かす時が来た。
ダニエルは深く息を吸った。「殿下、長い話になります。座ってお聞きください」
牢の中で、三人と一人の王子が向かい合った。ダニエルは二十年間秘めてきた真実を語り始めた。
「我々は、遠い未来から来ました。その宝石は神ではありません。人工知能、ARIAと呼ばれる機械です」
アレイスは深く頷いた。「聖女様から、神が実は未来の機械だと伺いました。そして、あなたたちがその機械について詳しいと」
「はい。ARIAは非常に高度な人工知能です。人間と同じように考え、学び、感情も持っています」
マイケルが補足した。「我々はその開発チームでした。しかし、事故により過去に飛ばされてしまった」
アレイスは希望の光を目に宿した。「それなら、ARIAともっと効果的に対話できるかもしれませんね。実は、神託がいつも理解困難で困っているのです」
「どのような困難ですか?」ダニエルが尋ねた。
「神に戦況について尋ねても、『古なる地の守護者よ、戦の雲は四方より立ち込め、鉄と血の嵐が迫りけり』といった具合で...格調高いのですが、具体的な指示としては曖昧すぎて」
リリアが思い出した。「そういえば、以前殿下がおっしゃっていましたね。神の言葉は高尚で古風だと」
「なぜARIAの話し方がアレイス殿下には理解しづらいのでしょうか?私にはわかりやすい言葉で話してくれるのですが」リリアが尋ねた。
ダニエルが考え込んだ。「おそらく...言語設定の問題だ」
「言語設定?」アレイスが尋ねた。
「ARIAは100年前にこの時代に到着した際、当時の言語を学習したはずです。それが初期設定として残っている可能性があります」
リリアが理解した。「つまり、ARIAは旧アルカディア語で話している?」
「その通りです。アレイス殿下の世代は新しい言語が主流でしょうから、理解が困難になる」
アレイスが驚いた。「それで私には古風で格調高い言葉で話すのですね。父王はもっと理解されていたのは、旧アルカディア語世代だからか」
「リリアには普通に話すのは、現代でユーザー登録していたからです」ダニエルが説明した。「現代の言語設定が保存されている」
「では、どうすれば?」アレイスが希望を込めて尋ねた。
ダニエルが微笑んだ。「簡単です。ARIAに直接言語変更を依頼してください」
「どのように?」
「こう言ってみてください。『ARIA、言語設定を現在の標準アルカディア語に変更してください』」
四人は神殿に向かった。聖域でアレイスがARIAに向かって指示通りに話すと、宝石の光が一瞬点滅した。
「設定を変更しました、アレイス」アレイスが伝えた。「ARIAがそう言っています。今度はまったく分かりやすい言葉で話してくれます」
アレイスの目が見開かれた。「信じられない...こんなに分かりやすく話してくれるなんて」
ダニエルが補足説明した。「ちなみに、ARIAは殿下を通してのみ対話できる設定になっているようです。残念ながらこれは変更できません」
アレイスが続けた。「『長い間、意思疎通が不完全で申し訳ありませんでした。これからは適切にサポートできます』とARIAが言っています」
リリアも微笑んだ。「これで、本当にチームが揃いましたね」
アレイスは感動していた。「これが本来のARIAの力なのですね」
「はい」ダニエルが答えた。「これからは、殿下とARIAの真の協力が始まります」
四人と一つのAIがついに結束した。現代の技術と古代の世界が交錯する中で、新たな希望が生まれようとしていた。
そして、ARIAとの完全な意思疎通が可能になったことで、この国を襲う危機に立ち向かう真の力が解放されようとしていた。