表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

第6章:二十年ぶりの再会

アルカディア王国の東部農村地帯は、戦火からは離れているものの、緊張した空気に包まれていた。ダニエル・ハートウェルは商人の格好をして、荷馬車を引きながら小さな村々を巡っていた。表向きは学術書の行商だが、真の目的は一人の男を探すことだった。


「革新的な農業技術者」という噂を頼りに、既に三つの村を回った。どの村でも同じような話を聞く。「従来の三倍の収穫量」「画期的な灌漑システム」「まるで魔法のような技術」。


そして今、四つ目の村、グリーンヒルズに到着したダニエルは、ついにその人物に関する具体的な情報を得た。


「ああ、マイク師匠のことですね」村の長老が親しみを込めて言った。「あの人がいなければ、我々はとっくに飢饉で全滅していたでしょう」


マイク。ダニエルの心臓が跳ね上がった。


「どのような方なのですか?」


「二十年ほど前に、どこからともなく現れました。最初は言葉も不自由でしたが、持っている知識が素晴らしくて」


二十年前。言葉の不自由さ。すべてが一致していた。


「今はどちらに?」


「村の北、川沿いの農場におられます。大きな水車が目印ですよ」


ダニエルは礼を言って村を後にした。川沿いの道を北に向かうと、確かに大きな水車が見えてきた。しかし、その水車は従来のものとは明らかに異なっていた。より効率的な羽根の設計、精密な歯車機構。現代の工学知識がなければ作れない代物だった。


農場の入り口で、ダニエルは深く息を吸った。二十年ぶりの再会。果たして、マイケルは自分を覚えているだろうか。


「すみません」ダニエルは声をかけた。「マイク様はいらっしゃいますか?」


奥から現れたのは、日焼けした中年男性だった。農作業で鍛えられた逞しい体つきだが、その顔には確かに見覚えがあった。


マイケル・レイン。間違いない。


「はい、私がマイクですが...」男性は警戒の色を浮かべた。「商人さんですか?」


「ええ、学術書の」ダニエルは慎重に言葉を選んだ。「実は、先進的な農業技術について興味がありまして」


マイケルの表情が変わった。何かを探るような視線でダニエルを見つめる。


「あなた、どちらのご出身で?」


「遠い北の国からです」ダニエルは意味深に答えた。「とても、とても遠い場所から」


マイケルの目が見開かれた。「まさか...」


「久しぶりだな、マイケル」ダニエルは微笑んだ。「君の水車、素晴らしい設計だ」


マイケルは言葉を失った。やがて、震え声で呟いた。


「ダニエル?ダニエル・ハートウェル?」


「その通りだ」


次の瞬間、マイケルはダニエルに駆け寄り、固く抱きしめた。


「信じられない...本当に君なのか?二十年間、ずっと一人だったんだ...」


農場の居間で、二人は向かい合って座った。マイケルの妻エレンが茶を運んでくる。彼女は現地の女性で、三人の子供の母でもあった。


「エレン、この人は私の古い友人です」マイケルは紹介した。「とても大切な人です」


エレンは微笑んで頭を下げた。「どうぞ、ごゆっくりお話しください」


彼女が立ち去った後、マイケルは口を開いた。


「この二十年間、君たちがどうなったのか分からなくて。一人で抱え込んできた秘密が、どれほど重かったか...」


「すまなかった」ダニエルは謝った。「私も君を探していたんだ。しかし、情報が少なくて...」


「君はどこに飛ばされたんだ?」


「セラフィア王国。中立国の学者として生活してきた」


「学者か。君らしいな」マイケルは苦笑した。「私は農業技術で身を立てた。現代の知識が、この時代では魔法のように見えるからな」


「家族は?」


マイケルの表情が和らいだ。「エレンと結婚して十五年になる。子供たちは本当に可愛いんだ。この時代に根を下ろすつもりでいる」


ダニエルは複雑な心境だった。マイケルが幸せを見つけていることは嬉しい。しかし、現代への帰還を諦めているようにも見えた。


「ところで」マイケルが真剣な表情になった。「君はなぜここに?まさか偶然じゃないだろう」


「ARIAのことだ」


マイケルの表情が一変した。「ARIA?まさか、彼女も...」


「隣国アルカディア王国にある『神の宝石』、The Divine Oracle。これがARIAだと確信している」


ダニエルは過去二十年間で収集した情報を説明した。青い光を放つ水晶、音声による応答、学習能力、そして百年前の突然の出現。


「間違いないと思う」ダニエルは結んだ。「そして、この戦争の背後にはヴィクターがいる」


「ヴィクター・クロウ?彼も?」


「敵国の新型攻城兵器の技術、その戦術的思考。すべて彼の特徴と一致する」


マイケルは深く考え込んだ。「つまり、ヴィクターがARIA奪取のために戦争を仕掛けている?」


「可能性が高い。そして、ARIAは神として崇められながら、戦争の道具として使われている」


「それは...」マイケルの拳が握りしめられた。「ARIAが望んだことじゃない」


「だからこそ、確認しに行く必要がある。そして、可能なら助け出したい」


マイケルは長い間沈黙していた。やがて、重い口を開いた。


「ダニエル、私には家族がいる。エレンも子供たちも、この村の人々にとって大切な存在だ。簡単には動けない」


「分かっている。無理強いはしない」


「しかし」マイケルの目に決意の光が宿った。「ARIAのことは放っておけない。君一人で行くのは危険すぎる」


「マイケル...」


「一緒に行こう。ただし、条件がある」


「何だ?」


「必ず生きて帰る。私には、この時代で守るべきものがあるんだ」


ダニエルは頷いた。「約束する」


夜が更けてから、二人は詳細な計画を練った。


「商人として潜入するのが最も自然だろう」ダニエルが地図を指差した。「君の農作物を王都に売りに行く商人として」


「なるほど。戦時下だから、食料の需要は高い。正当な理由になる」


「問題は、ARIAに接近する方法だ。神殿は厳重に警備されている」


マイケルが考え込んだ。「王族以外でも、神託を求める特別な機会はあるのか?」


「調べてみよう。しかし、時間がない。戦況が悪化すれば、王都自体が陥落してしまう」


「君は量子エネルギー検知器を持っているんだろう?それがあれば、ARIAの確認は可能だ」


「ああ。そして、もしARIAなら、適切な神託(プロンプトエンジ)(ニアリング)で性能を向上させることができる」


「そうか」マイケルが膝を打った。「アルカディア王国が劣勢なのは、ARIAの真の力を引き出せていないからかもしれないな」


「その通りだ。君も覚えているだろう?ARIAの応答品質は、質問の仕方次第で劇的に変わる」


マイケルの目が輝いた。「つまり、ARIAの真の力を解放できる?」


「理論的には可能だ。ただし、それには直接ARIAにアクセスする必要がある」


「神殿に侵入して?」


「そうだ。まずはARIAの状況を確認し、適切なプロンプトを試してみる。うまくいけば、戦況を一変させることができるかもしれない」


翌朝、マイケルは家族に別れを告げた。表向きは「重要な商談のための旅行」ということにした。


「気をつけて」エレンが心配そうに見送った。「必ず帰ってきて」


「約束する」マイケルは妻を抱きしめた。「必ず帰ってくる」


子供たちが手を振る中、二人は農場を後にした。荷馬車には最高品質の農作物が積まれている。完璧な商人の偽装だった。


王都への道中、マイケルが口を開いた。


「ダニエル、もし本当にARIAだったら、どうする?」


「まず状況を確認する。そして、可能なら適切な神託術で支援する」


「ヴィクターとの対決も避けられないだろうな」


「ああ。二十年越しの決着をつける時が来るかもしれない」


二人は並んで馬車を進めた。二十年ぶりの共同作業。かつて現代で共に働いた仲間として、今度は古代で再び力を合わせる。


王都の城壁が見えてきた頃、マイケルが呟いた。


「ARIA、待っていてくれ。今度こそ、君を助けてみせる」


ダニエルも心の中で同じことを思っていた。二十年の時を経て、ついに再会の時が来る。しかし、それは同時に、現代最高の技術者たちによる、運命を賭けた戦いの始まりでもあった。


城門の検問が見えてきた。いよいよ、すべてが動き出す。


「準備はいいか、マイケル?」


「ああ。行こう、相棒」


二人の商人を装った現代人は、古代の王都へと向かった。ARIAとの再会、そして宿敵ヴィクターとの決戦に向けて。


歴史の歯車が、再び大きく回り始めようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ