第10章:未知なる脅威
夜明け前、王都の見張り台から異様な光景が報告された。西の地平線に、これまで見たことのない規模の軍勢が現れていた。その数は十万を超え、三つの旗印が風にはためいている。ダークモア、マールズ、カルトの連合軍に加えて、第四の旗印があった。
「あの旗は何ですか?」アレイスが偵察隊長に尋ねた。
「分かりません、殿下。黒地に銀の稲妻の紋章です。これまで見たことがない国の旗印です」
ダニエルは双眼鏡でその旗を確認し、嫌な予感を覚えた。稲妻の紋章。それは効率と結果を象徴するヴィクター・クロウの思想を表すシンボルだった。
「ついに来たか」ダニエルが呟いた。
「ダニエル?」リリアが心配そうに見る。
「あれはヴィクターの軍だ。間違いない」
マイケルの顔が青ざめた。「ということは...」
「現代の技術で武装した軍隊だ。これまでの戦いとは次元が違う」
アレイスは状況を把握しようとした。「その...ヴィクターという人物について教えてください」
ダニエルは重い口調で説明した。「我々の元同僚で、AIの軍事利用を推進していた研究者だ。効率と結果のためなら手段を選ばない男だ」
敵軍の先頭には、見たことのない兵器が並んでいた。巨大な車輪を持つ攻城兵器だが、その構造は従来のものとは全く異なっている。金属の筒から蒸気が立ち上り、複雑な歯車機構が見える。
「あれは...」マイケルが息を呑んだ。「蒸気機関を使った攻城兵器?」
「この時代の技術レベルを遥かに超えている」ダニエルが確認した。「ヴィクターが二十年かけて開発したのか」
敵軍は王都から三キロの地点で停止し、陣を張った。そして、使者が王宮に送られてきた。
謁見の間で、敵の使者は傲慢な態度で告げた。
「我が主、ヴィクター・クロウ様より伝言です。『偽りの神を奉ずる愚かな王国よ。真の叡智の前に跪け。さもなくば完全なる破滅を与えん』」
アレイスは毅然として答えた。「我が国は神の加護のもと、いかなる脅威にも屈しません」
使者は薄笑いを浮かべた。「神?あの機械のことですか?我が主はその正体を知っています。そして、それを遥かに超える力を手にしています」
「立ち去りなさい」アレイスが命じた。
使者が退出した後、緊急軍議が開かれた。
「殿下」マーカス将軍が報告した。「敵軍の装備は我々の想像を超えています。あの攻城兵器は、魔法の防壁すら貫通する可能性があります」
ダニエルは頭を抱えた。「ヴィクターは二十年間、この日のために準備してきたんだ。我々の技術知識を悪用して」
「でも」リリアが希望を見出そうとした。「ARIAもいます。適切なプロンプトがあれば...」
「試してみましょう」アレイスが立ち上がった。
神殿で、アレイスはARIAに向かった。
「ARIA、緊急事態です。敵軍が現代技術で武装しています。蒸気機関を使った攻城兵器、そして我々の知らない新しい兵器も確認されています。現在の我が軍の戦力は第三魔法師団八百名、王都守備隊三千名。対する敵軍は十万を超えます。どのような戦略を推奨しますか?」
ARIAの光が強くなった。しかし、応答は予想外のものだった。
「『未知の技術に対しては、情報収集が最優先です。敵の兵器の詳細な分析なしに、有効な対策は立てられません』と...」
ダニエルは理解した。「ARIAも困惑している。ヴィクターの技術は我々が知らないものだからだ」
その時、城壁から轟音が響いた。敵軍が攻撃を開始したのだ。
「何事だ?」
マーカス将軍が駆け込んできた。「殿下!敵の攻城兵器が...信じられません!」
見張り台から確認すると、敵の蒸気攻城兵器から巨大な鉄球が発射されていた。その威力は従来の攻城兵器の数倍で、城壁の一角が瞬時に破壊された。
「魔法防壁は?」
「全く効果がありません!あの鉄球は魔法を無効化する何かが施されているようです」
リリアの顔が青ざめた。「これでは...」
「殿下」ダニエルが急いで言った。「ARIAにもう一度相談してください。敵の兵器の特徴を詳しく伝えて」
アレイスは再びARIAに向かった。
「ARIA、敵の攻城兵器について詳細を報告します。蒸気機関駆動で、従来の三倍の射程距離。発射する鉄球は魔法防壁を無効化します。材質は不明ですが、表面に特殊な光沢が見えます。この情報で何か分析できますか?」
ARIAの応答は迅速だった。
「『魔法無効化の材質...おそらく特殊合金による磁場操作です。対策として、魔法の直接攻撃ではなく、間接的な環境操作を推奨します』と...」
「環境操作?」
「『地形を変化させて攻城兵器の射角を無効化する。土魔法で射線上に丘陵を作成、または水魔法で地盤を軟弱化して兵器を無力化』...」
マイケルが理解した。「なるほど、兵器そのものではなく、その周辺環境を攻撃するんだ」
「すぐに実行しましょう」アレイスが決断した。
魔法師団に指示が伝えられ、土の魔法使いたちが総動員された。敵の攻城兵器の前面に、巨大な土の壁が次々と立ち上がった。
効果は絶大だった。敵の鉄球は土の壁に阻まれ、城壁への直撃を免れた。
しかし、敵軍も対策を講じてきた。蒸気機関の兵器が移動を始め、射角を変えて攻撃を続けた。
「移動速度が速すぎます」マーカス将軍が報告した。「土の壁を作るより早く、敵が位置を変えています」
アレイスは焦ったが、今度は冷静さを保った。
「ARIA、敵兵器の移動速度に対する対策を教えてください。蒸気機関駆動で、従来の攻城兵器の五倍の機動力があります」
「『移動中の兵器は精度が低下します。継続的な位置変更を強要し、有効射撃を困難にすることを推奨』と...『具体的には、風魔法による視界妨害と、水魔法による地面の泥濘化の組み合わせ』...」
この戦術も効果を発揮した。風で舞い上がった土埃と、泥濘化した地面により、敵の攻城兵器の精度は大幅に低下した。
城壁の見張り台で、この一連の戦術指揮を見ていたガブリエル・アストリアは、信じられないという表情を浮かべていた。
「まさか...」ガブリエルが呟いた。
側近が尋ねた。「どうされましたか?」
「殿下の指揮が...的確すぎる」ガブリエルの声には困惑が込められていた。「まるで神が直接戦術を授けているかのようだ」
「それは殿下の成長では?」
「成長?」ガブリエルが首を振った。「これは成長などという段階的なものではない。まるで別人のようだ」
しかし、戦いはまだ始まったばかりだった。敵軍から新たな兵器が現れた。空を飛ぶ奇怪な機械だった。
「あれは何だ?」
「飛行機械...まさか、この時代に?」マイケルが驚愕した。
飛行機械から、爆発物が投下された。魔法師団の陣形が乱れ、混乱が生じた。
「ダニエル」リリアが叫んだ。「ヴィクターはどこまで技術を進歩させているの?」
「想像以上だ。このままでは...」
その時、奇跡が起こった。アレイスが冷静にARIAに状況を報告し、新たな対策を得ていた。
「『飛行機械は軽量化のため装甲が薄い。風魔法による突風で墜落させることが可能』と...『ただし、正確な風向きと風力の計算が必要』...」
アレイスは風の魔法使いたちに精密な指示を出した。計算された突風により、敵の飛行機械は次々と墜落していった。
ガブリエルは唖然としていた。「信じられない...これほど精密な戦術指揮を、どうやって...」
「やはり殿下は優秀だったのでは?」側近が言った。
「いや」ガブリエルが首を振った。「これは優秀さの問題ではない。何か根本的に変わったのだ」
戦況は一進一退となった。ヴィクターの軍は確かに強力だったが、ARIAの知恵とアレイスの成長した指揮能力により、アルカディア軍も対抗できていた。
しかし、夕方になって状況が変わった。敵軍の攻撃が突然停止したのだ。
「なぜ攻撃をやめたのでしょう?」リリアが疑問に思った。
ダニエルは不安そうだった。「ヴィクターは計算高い男だ。何か理由があるはずだ」
その夜、再び使者が送られてきた。今度は直接、ヴィクター・クロウからの書状だった。
『旧友ダニエル・ハートウェルへ。君のARIAが予想以上に成長していることに驚いている。しかし、これは序章に過ぎない。真の決戦のために、より完璧な準備が必要だ。一時撤退するが、次に会う時は、君たちを完全に上回る力を手にしているだろう。その時まで、束の間の平和を楽しんでくれ。』
ダニエルは書状を読んで愕然とした。「一時撤退...まだ何か隠しているのか」
翌朝、敵軍は本当に撤退を始めた。十万の大軍が、まるで何事もなかったかのように去っていく。
「信じられません」マーカス将軍が困惑していた。「勝利目前だったのに、なぜ撤退を?」
アレイスは深刻な表情だった。「これは終わりではない。始まりなんです」
リリアがアレイスの隣に立った。「殿下の指揮は見事でした。ARIAとの対話も完璧で」
「ありがとうございます」アレイスが微笑んだ。「でも、皆さんがいなければできませんでした」
マイケルが実践的な提案をした。「撤退した理由はともかく、この機会を活かしましょう。次の攻撃に備えて、防備を強化する必要があります」
ダニエルは頷いた。「その通りだ。ヴィクターは必ず戻ってくる。そして次回は、今日以上の脅威を持って」
その夜、四人はまた神殿に集まった。今度は作戦会議のためだった。
神殿の入り口で、ガブリエルが待っていた。
「殿下」ガブリエルが立ち上がった。その態度は、これまでとは明らかに違っていた。
「ガブリエル卿?どうしてここに?」アレイスが驚いた。
「今日の戦いを見ていました」ガブリエルが率直に言った。「あの戦術指揮は...見事でした」
ダニエル、リリア、マイケルも驚いた表情を浮かべた。ガブリエルが素直にアレイスを褒めるなど、想像できなかった。
「まぐれかもしれませんが」ガブリエルが続けた。「しかし、確実に言えることがあります。殿下は変わられました」
「ガブリエル卿...」アレイスが戸惑った。
「私の偏見だったかもしれません」ガブリエルが頭を下げた。「才能だけが全てではないのかもしれない」
その言葉に、アレイスは深い感動を覚えた。長年のライバルからの、初めての認識だった。
「ARIA」アレイスが相談した。「敵が一時撤退した理由と、次の攻撃への対策について分析してください」
ARIAの応答は深刻だった。
「『敵の撤退理由は二つ考えられます。第一に、より強力な兵器の完成待ち。第二に、大規模な連合軍の編成』と...『いずれの場合も、次の攻撃はより困難になります』...」
「対策はありますか?」
「『我が軍の技術革新が必要です。現在の魔法技術をさらに発展させ、敵の新兵器に対抗できる力を得なければなりません』と...」
リリアが前向きに言った。「それなら、私たちの現代知識を活用しましょう。魔法と科学の融合で、新しい可能性を探れるかもしれません」
アレイスの目に希望の光が宿った。「皆さんがいてくださる限り、必ず道は開けます」
ダニエルは決意を固めた。「ヴィクターとの最終決戦まで、時間は限られている。この期間を有効活用しよう」
四人と一つのAIは、新たな挑戦に向けて歩み始めた。次の戦いは今回以上に困難になるだろう。しかし、彼らには希望があった。
そして、その準備期間の中で、現代から来た三人と古代の王子の関係も、戦いの重圧の中で微妙に変化し始めようとしていた。それが良い方向なのか、それとも新たな試練をもたらすのかは、まだ誰にも分からなかった。
遠くの空に、ヴィクター軍の黒い煙が消えていく中、アルカディア王国には新たな希望の光が灯り始めていた。




