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圧倒的才能

作者: 藤井瑠堪

「よし、じゃあリハーサル始めるぞ。」

座長の一声で、雫を落とされたアリ達のようにワサワサと人が動く。俺は大きく息を吸い込むと、照明のアームに手を掛けた。

「ごめん、ごめん。もう始まるって?」

中川はズボンのベルトを締めなおしながら走ってやってくる。

「いや、まだです。これからリハみたいです。」

「いやー、最近尿のキレが悪くってよ。普通にしょんべんに行っても長い時間かかるからよ、女房に『ちゃんとスプレーした?』って毎回聞かれんのよ。お前も40代になればわかるよ。」

「はは、そうなんすね。」

俺は、既に10回は聞いている話に愛想笑いを浮かべる。

「まぁつっても、ここからのシーンは俺達照明の出番は無さそうだし、ホントに()()()()出してきてもよかったな。」

「全然、行ってきてもらっても大丈夫ですよ?」

「馬鹿野郎。まだここに入って1週間のお前を一人に出来るかっての。」

中川は俺の背中をバシバシと叩くと大げさに笑い始める。俺はまた愛想笑いを浮かべた。

「よーし、じゃあシーン2、4カット目の頭から始めるぞ。」

座長はホール全体に響き渡る大声で辺りを見渡す。リハーサルは始まった。


「そういえば、お前なんでここの劇団に来たんだ?」

中川はもう飽きてしまったのか、アームを掴んだ俺に声をかける。

「いや…、まぁ俺は他で仕事してるんで、その傍らで裏方みたいのをちょこちょこ続けれればなーって…。」

「ふーん、じゃあ趣味程度って訳か。」

俺は中川の声色が少し低くなったのを感じて、急いで後ろを振り向いた。が、中川はいつものにやけ面を浮かべている。俺はため息をついた。

「あーお前、俺が怒ってると思っただろ。はは、まだまだ俺も現役だな。」

中川はまた大笑いして俺の背中をバシバシと叩く。

「まぁ、でもそういう奴は多いよ。むしろ本気でやってる奴のほうが少ないな。」

「本気でやってる人…。座長とかですか?」

「いやー、座長はむしろ…。逆にそういう奴を集めたいんじゃないか。俺とかお前みたいに適当にやる奴。」

俺は冗談かと思って笑顔を作る準備をしていたが、中川の表情が割と真剣だったため、俺は急いで顔を固くした。

「座長自身はこの劇団を大きくしたいとか、世に出したいとか、そういうことは考えてねぇと思うな。考えてみろ。もしこの劇団に本気出してるなら、そこそこ世間に知名度のある座長自身が出演するだろ?」

確かに、映画やドラマに詳しくない俺でも座長の名前は聞いたことがあった。

「座長はこの世のアレコレに揉まれて嫌になったんだよ。だから、こんな小せぇ劇団作って、そこそこの熱意で思い通りになる世界で満足してるんじゃないか?」

俺はチラッと椅子に座る座長に目をやった。初めて座長を見たときはもっと偉大に感じたいたが、大きな欠伸をして椅子に深く座るその姿は、プールが終わった後の国語の授業を受ける学生を彷彿とさせた。

「じゃあ、お前と一緒に来たアイツも、お前と同じような感じか?」

中川は舞台の方を指さした。

「矢野のことですか?あいつは結構ガチですよ。というか、もともとここに来たのも矢野が勧めてきたからなんですよ。」

「へーそうなのか。でもそんなに上手くはねぇな。」

ちょうどその瞬間も矢野は本日4度目のNGを出して、流れを止めていたところであった。

「そうなんすよ。大学の演劇サークルで一緒だったんすけど、あいつ顔だけはいいじゃないですか。だから、あいつ目的で集まる客も多くって。でもあいつそんなに上手くないからサークル内でもよく思ってない奴は多くて、俺も本当は…。」

俺は少しずつ大きくなっていく自分の声に気づいて、出かかった言葉を奥に押し込んだ。

「勘違いしちゃったワケだな矢野君は。俺と一緒だ。」

「え?中川さんも演者志望だったんすか?」

「もう10年も前に諦めたがな。っていうのも…。」

俺が、何故ですかと聞く前に中川は饒舌に話始める。

「今、[浮気された男役]でリハやってるやついるだろ、あの左側の方の。」

中川は舞台の方を指さす。

「山崎ってやつなんだけよ、あいつの演技がまぁ上手い訳よ。あいつが10年前にこの劇団に来てから、正直アイツより演技の上手い奴は居なかったね。」

中川は力なく笑ってみせる。確かに、山崎の演技は他と比べても異色の雰囲気を纏っていた。

「その時に感じたわけよ。きっと、これからこの劇団にスカウトが来ても声がかかるのは俺じゃなくてアイツなんだろうなって。」

「え、ここってスカウトとか来るんすか?」

「まぁ一応、[俳優、小此木知也]が座長を務める劇団だからな。実際2年前、テレビ局のプロデューサーがここに来て、山崎はドラマ出演してるしな。ほら、あのアイドルが主演してたやつだよ。」

中川は、首に手を当てて「ここまで出てる」と悔しそうな表情をする。

「まぁ、だからお前のお友達も可哀そうだよな。圧倒的な才能の前では、あのルックスがあっても厳しいってことだな。」


矢野の5度目のNGでリハーサルは一度休憩となった。

「ちょっくらトイレに行ってこようかな。次は大きい方も出そうだし。」

中川は立ち上がると、体を捩りながらホールを出て行った。その中川と入れ替わるように、ホールには一人のスーツの男が入って来た。座長はその男を見るや否や深く腰掛けていた椅子から立ち上がると、駆け寄って行った。座長の慌てように、俺含め多くの者が察した。

「よし、じゃあ続きから始めよう。」

座長はスーツの男にペコペコとすると、休憩を10分以上早めて周囲に声を掛けた。演者たちの間にはリハーサルとは思えない程の緊張感が漂っていた。


演者達が熱のこもった演技をする中、俺は後ろから肩を叩かれた。

「中川さん遅いっすよ、もうリハ始まってますよ。」

俺は後ろを振り返ったが、そこに居たのは中川ではなく、スーツの男であった。俺は慌てて立ち上がった。

「あ、座ったままでいいよ。ごめんね仕事中に。」

「いえ…。なんでしょうか?」

「実は私、次撮るドラマの俳優を探しててね。主役の友達役なんだけど。」

絶対にあり得ない妄想が俺の鼓動を早くさせる。

「今、舞台に立っている彼、名前は何ていうの?」

俺は少しがっかりしている自分に驚きつつも、中川の言った[圧倒的才能]という単語が自分を冷静にさせた。

「えーっと、山崎さんですかね?ちょっと下の名前はわかんないんですけど…。」

「あーはは、山崎君じゃなくて、あの右の方に居る若い彼だよ。」

俺は初めの数秒は困惑したが、サークル時代にも味わった諦めのような嫉妬のような薄暗い感情が腹の底からポツポツと湧き出た。

「ふーん。矢野悟君ね。このリハーサルが終わったら、裏に居る私のもとに来てくれるよう伝えてくれるかな?」

俺は黙って頷いた。


「あれ、もうリハ始まってんじゃん。ん?お前泣いてんのか?」

中川はベルトを締めながら俺の顔を覗きこんだ。

「違いますよ。ちょっと退屈で欠伸が出ただけです。」

俺は、フワフワとした気持ちのままわざとらしく大きな欠伸をした。


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