6 新入り
少年は昔から人の名前と顔を覚えるのが得意ではなかった。
そのせいで、人知れずあだ名をつける癖がある。
赤髪のエリー、臆病のジュリア、りんごのほっぺのローリ。
見た目や特徴から安易につけてしまう、手抜きのあだ名だった。
この子をなんと呼ぼう。一気に色んなことが起こりすぎて、逆に思考が停止しそうになった少年は、あだ名を考え始めた。目の前の男の子は、自分が当初屋敷に入った頃と同じくらいの年齢だろう。だとすれば、6歳か7歳。
沈黙が気まずくなってきた。男の子はかなり怯えているようだ。澄んでいる青い目はうるっとしている。
「名前は?」
久しぶりに聞いた自分の声は乾いていて、酷いものだった。返事の「はい」以外の言葉をあまり発することがないので、少年は雑談どころか、話すこと自体がぎこちない。
エリーと一緒にいた時は、お喋りなエリーが楽しそうに話すのを黙って聞くだけだった。
男の子は緊張からか不安からか、それともその両方か、丸い頬が赤く染まっていた。口がもごもごしているが、言葉にならない。きっと屋敷に入ってから、あの乱暴な執事から何やら洗礼を受けたに違いない。
貴族のお屋敷で働くことへの憧れが、早速消え去ったのだろう。
茶髪に青い瞳、エリーによく似た柔らかそうな髪だ。少年の髪は生まれつきくるくるとした巻き毛なので、そのさらさらな髪質が羨ましい。
「名前、教えてほしい。」
優しい話し方の正解は分からないが、できるだけ、ゆっくりと穏やかに再び訊ねた。
「…ん…り…」
男の子が緊張しながらも小声で答えた。
「んり?」
「…ん…エドリック」
「エドリックというのか。」
男の子は小さく頷いた。
なら、茶髪のエドリックでいいか。我ながら、相変わらずいい加減のあだ名の付け方だ。でも、その前に。
「はい、って」
「え?」エドリックが聞き返した。
「頷くのではなく、はいって答える習慣を身につけたほうがいい」
エドリックは困惑した表情で少年を見た。
「特にさっきの執事の前。3秒以内に言わないと、腹を蹴られるよ。」
エドリックの大きな茶色の目が驚きでさらに見開いた。
「残念ながら、嘘でも脅しでもない。あの人、身長が自分より低い人の腹を蹴るのが好きなんだよ。腹を蹴られたことある?せっかくの飯が入らなくなるよ。」
ペラペラと喋る自分に、少年は少し驚いた。久しぶりに子供と話すからなのか、警戒しなくてもいいという謎の安心感があった。
エドリックは真剣な表情で聞きながらうんうんと頷く。「あ、はい!」
素直な子だ。すぐに急いで自分の行動を訂正したエドリックの姿に、ほんの少し心を和らげた。
「それでいい。飯は1日1回。風呂は運がよければ入れる。夜は、僕の隣に寝ることになるだろう。布団がなくて寒いから覚悟してな。」
「はい!ありがとうございます!」
ありがとうございます?。自分が何か感謝されるようなことを言ったか、全く理解できなかったが、エドリックは少し表情の強ばりがなくなったように見えた。
「ここが、部屋だ。」上級貴族の屋敷の一部屋とは思えないほど汚れた使用人の部屋。その光景を目にしたときのエドリックの驚きは言うまでもなかった。
エリーと似ていて、表情が豊かな子だな。エリーも初日、口がぽかんと開いて、言葉を失ったような顔をしていた。
その面影を重ねて、少し懐かしい気持ちになった。
先のことはざっくりとしか決めていないが、主人公をめちゃくちゃに甘やかす予定!
ファンタジーものなので、ありがちな設定で遅いかもですが、よければいいねやブクマお願いします!