5 居なくなった人
呼び出されたのは、19歳のローリと、1週間前に17歳になったばかりのジュリアだった。2人が馬車に乗り込むのを、少年は中庭の木陰から見つめていた。
生きるのに必死な毎日で、使用人たちには他人に優しさや親切を示す余裕はほとんど残っていなかった。
ただ、背が高いローリだけは、毎日「おはよう、坊や」と笑顔で声をかけてくれていた。ジュリアはいつも泣きそうな顔をしていて、子鹿のように震えていた。それでも、「男の子はもっと食べなきゃ」と、食事を分けてくれたことがあった。思いやりのある人たちだった。
ローリとジュリアは、不安そうな顔でお互いの手を強く握りしめていた。二人が屋敷に戻ることは二度となかった。
使用人の部屋では、「私じゃなかった」と安堵する者もいた。それも無理はない。
イグナシオがどのような基準で人を連れて行くのか、誰にも分からないからだ。ローリとジュリアのような若い女性が連れて行かれること最も多いが、時には年齢や性別に関係なく、無造作に数人が選ばれることもある。
使用人たちの間では、イグナシオの名前を口にすれば、次は自分の番になるという迷信に近いものがすら広まっていたのだ。
屋敷の前に馬車が止まり、御者が降りて馬車の扉を開けた。見覚えのある痩せた魔法使いが降りてきた。
今日も、ひどく陰湿だな。
少年は漠然と考えていたが、次の瞬間、魔法使いが何かを察知したかのように、中庭にいる少年の方へ振り向いた。爬虫類のような細い目と目が合ってしまい、少年は呼吸を忘れた。
実際、目が合ったのはほんの1秒だったかもしれないが、1時間のように感じた。
イグナシオが屋敷に入っていくのを見届けた少年は、大きく息を吐いた。
きっと、たまたま旦那様の庭をちらっと見ただけだ。
少年は落ち葉の掃除を再開した。自分のような、ガリガリに痩せたガキには、さすがに興味を持たないだろう。自分に言い聞かせた。しかし心のどこかでそわそわする。
夕焼けが空一面を赤く染める頃、少年は一日の仕事を終えた。
イグナシオの馬車はすでに屋敷を離れており、その事実が心を少し軽くした。集めた落ち葉を袋に詰め、屋敷のゴミ置き場に運べば、今日の仕事は終わるだろう。
晩御飯に、腐ったものだけは入れないでほしい。1日1回の食事。質も量も満足のいくものではない。せめて食べられるものでありますように。
水場で顔を洗いながら、心の中で祈った。
「おい」背後から執事の声がした。少年は驚いて立ち上がった。
「はい」
水を使うな、サボるな、間抜けな顔をするな…執事に怒られる理由はいくらでもある。
理不尽に怒られることには慣れているが、イグナシオの馬車のことを思うと、不安が募った。あの馬車だけは絶対に乗りたくない。
「新人だ」
予想外の言葉に、少年は我に返った。背の高い執事の影から、小柄で不安そうな幼い男の子が現れた。
「まだ子供だが、この屋敷の使用人になった以上、タダ飯を食わせるわけにはいかない。お前が責任を持って面倒を見て、仕事を教えろ。返事は?」
「あ、はい」
「全く、鈍臭いったらありゃしない」
執事は少年を睨みつけ、屋敷の中に入っていった。
残された男の子は、さらに心細げな表情で見上げる。
※読みやすさを考慮したうえ、話数を振り直しました。
ゆっくり目ですが頑張って書いていきます!
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