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13 海の向こうの小さな漁村

 


「俺らはな、海の向こうの大陸の海辺の小さな漁村で生まれ育った。父ちゃんは海に潜って牡蠣とか取って市場に売りにいって、母ちゃんは料理が上手いから村で食堂やってた。俺らもいつか似たような仕事をするのかなってぼんやりと考えて海で遊んで育ったんだ。裕福ではないけど本当に普通の家庭だったよ。」


 夜明に少し情報を消化する暇を与えるかのように、フリッツは一度話を止めて、冷たい牛乳をおかわりした。丸みのある輪郭にいつも朗らかそうなその顔に、【海の向こうの大陸で生まれた漁村の息子】という痕跡を夜明は見出そうとした。口周りの牛乳の後を拭きながら、フリッツは再度話し出した。


「それが…3年ぐらい前か、俺が十三でカルノとカルグが十二の歳、こっちの大陸と俺らたちの故郷の大陸の間に大きい戦争が起こったんだ。」


 それほどの規模の戦争の話となると、誰でも知っているはずなんだが、夜明には初耳だった。3年前の夜明は十一歳ぐらいだった。貴族の使用人という仕事にやっと慣れてきて、怒られないように、殴られないように生きてきた日々だった。外の世界なんて気にする余裕もなかった。


 そのまま話してもいいかを確かめているように、フリッツは二人の弟たちの顔を少し眺めていた。双子は顔色ひとつ変わらずに、ただ風呂上りの身体をできるだけ氷の塊に近づけようとして涼しんでいた。


「…海の向こうから、大勢の軍隊を載せた艦隊がやってくると聞いた。ピカピカの鎧着て、立派な軍馬に乗っていたんだ。最初は、怖くもなかった。貴重品なんて何一つない俺らのような平凡な村に用なんぞないと思っていたんだ。抵抗する気がさらさらもなかった。国への忠誠よりも家族の命の方が大事だった。なのに、船が着岸した途端に俺の村が問答無用で焼き払われた。逃げ出そうと人は弓矢で撃たれて、父さんは母さんを守ろうと二人ども斬られた…一番下の妹、ウィルマは泣き止まなかったので海に放り込まれた。まだ歩くこともできない赤ちゃんだった…」


 思わず、フリッツの話を止めたくなった。話していることがそれほど重くて悲しいのに、フリッツもカルノもカルグも平然な顔をしていた。けれども、その顔の裏には涙を流すこともできなくなるほど、鉛のようなものが胸の奥底にずっしりと沈んでいる気がしてならない。


「…大丈夫か、夜明?聞いてられるか?」


 なぜか、気遣われるのは自分の方だった。


「…うん、大丈夫だけど…三人のほうは?」


「大丈夫さ。」フリッツは目を細めると、いつもの如才ない穏やかな笑顔を見せてくれた。双子も頷いてくれた。


「…じゃあ、続くな。俺らは、そのあと縄で縛られて船に乗せられて、こっちの大陸で()()として売られた…剣闘士(グラディアートル)って聞いたことがあるか?」


 夜明は首を横に振った。


「まあ、簡単に言うと見せ物だな。闘技場で観客の前に戦わせるんだけど、その時、こっちの大陸でちょっと変わった剣闘士(グラディアートル)が一部のお偉いさんの中で流行っていた。」


「まさか…」


 カルノとカルグの傷跡を見て、夜明ははっとした。


「そうだ、子供を剣闘士(グラディアートル)として戦わせるのね。大人ばかりの剣闘士(グラディアートル)を見飽きたのかな。小便ちびった子供の震えた手に剣とか弓とか槍とか握らせて、大人や野獣と戦わせて、葡萄酒を飲みながら楽しそうに見ているんだぜ。カルノとカルグは、顔立ちが明らかに異国の人で体も大きくて力強いから、特に人気が出た。俺は身体が小さいけど口が達者で、何とかこいつらの世話役みたいにしてもらった。人気が出て集客できるから、簡単に死なせなくなったから、ご飯も薬もある程度貰えていたけど、まあ、怪我ばかりだったな…」


 当時の光景がまた目の前に浮かんだのか、フリッツの手は少しの間止まっていた。


「…弟たちを毎日のように送り出されては、血まみれ傷だらけに戻ってくる。俺が兄ちゃんなのに、代わりになれないし守ってやれないし、死なせないように簡単な手当てしかしてあげられなくて…今日はどんな怪我をするのか、目ん玉か腕を無くして戻ってくるのか、無事に生きて戻ってくるのかって…自分も分からないけど、そんなん見続けてたら、ある日、一言も話せなくなったんだよな…」


 カルノが、静かに言葉を継いだ。


「俺たちが死んだら、兄ちゃんがひとりぼっちになると思って、死に物狂いで戦ってた」


「…夢か現実なのか、あまり分からない1年間だった。」


 カルグも、遠くを見つめながら言った。


 からんと、牛乳のなかに氷が溶けた透明な音だけが聞こえる。


「そしたら、ある日、助けてもらったんだ。」フリッツは懐かしむように語り始めた。


草原狼(コヨーテ)という冒険者の徒党が来て、俺らを捕らえた奴らをやっつけてくれて解放してくれた。大人同士の剣闘士自体は合法だけど、沢山の子供が死んじまったから、さすがに誰かに密告でもされたんかもしれない。その徒党は、ここから出た卒業生だけで組んでいて、リーダーはカイザーっていう気のいいおっさんだったな。帰る場所がある子供は家族の元に送って、俺らはここへ。まぁ、だいたいそんなところだった。」


「冒険者か…ルシアンさんみたい」


「そうだな。」フリッツは微笑んだ。「ここではありがたいことに魔法と剣が学べるから、卒業したら冒険者になって、自分たちと似たような境遇の子供を助けたいって思う人が特に多いみたい。な、ルノ、ルグ。」


 親しみを込めるその呼び方を夜明は初めて聞いた。フリッツにもそのように、両親に呼ばれていたのかもしれないと想像する。


「おれ、卒業したら冒険者になる」カルノは静かに頷く。


「おれも。」カルグも同意した。


「いいな、俺らも早く進路決まったらいいな。な、イェルム。」フリッツが視線を向けると、イェルムはかすかに笑みを浮かべた。


「俺は決まってるよ」


「え、いつの間にか?こないだまでわからないって言ってたじゃん」


 フリッツは裏切られたかのように怪訝な顔をした。


「最近決めたばかりだからな」


「なになに?」


「それは、内緒」


「一番の親友の俺にも教えないのか」


「そう、フリッツにも」


 イェルムは笑顔のまま口を閉ざして、これ以上話したくないように振り向いて服を着替え始めた。出会ってまもないではあるが、時折イェルムは透明の殻の中に自分だけを閉じ込めたように感じてしまう。


 目が合うとよく笑って明るい表情だが、ときおりひどく脆く見える瞬間がある。その繊細な美貌と相まって、硝子の人形のように見えてしまう。


 イェルムが銀色の髪を紐で括ろうとした時、夜明の目に見覚えのあるものが入った。自分のうなじにあるのと似ている、家紋の入れ墨だった。主の命令を背いて結界から出た使用人に死という(ペナルティー)を与えるために彫られているものである。


 無論、夜明のは雇い主が炎に飲み込まれていたため、効力が永久に失われたとルシアンに教えられた。


 夜明のうなじには今でも当時仕えていた主人の家紋が描かれているものである。由緒正しい家だったので気品のある雄鹿の模様だった。


 一方、イェルムのは(さそり)の入れ墨だった。数匹の小さい蠍が親蠍の背に乗っている、見るだけで鳥肌が立つような何とも奇妙な模様だった。家紋であることは強いてわかる模様だが、名家が好んで使うものとは思えない。


 柔らかい初雪に泥水がかかったように、白く透き通った肌に彫られている今でも蠢きそうな蠍の入れ墨は、ひときわ薄気味悪く感じる。






読んでいただきありがとうございます!

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