4 陰湿のイグナシオ
少年は。イグナシオという魔法使いを何度か見たことがある。
年齢はまだ20代だろうが、不気味な老成が漂っていた。いつも着ている漆黒のローブが細い身体を包み、肌は病的なほどに青白かった。髪は煤のように黒く、艶がなく乱雑に伸びる。髪と同色な黒い瞳は異常なほどに鋭く、細かい光すらも逃さないかのように収縮していた。
魔法使いにも色々いると聞いた事がある。出世したいのであれば、王宮や貴族の屋敷で貴人の安全を守る護衛や警備の職か、軍隊に入って魔法部隊に所属する選択肢もある。安定な収入で平穏な日々を送りたければ、どこか平和な街に移住し、簡単な魔法でゴミを燃やすなど住民の日常的な悩みを解決して生計を立てる。
イグナシオは、そのいずれにも属していないと、少年は気がしてならない。
旦那様とはどのような経緯で知り合ったかは分からないが、イグナシオは明らかに貴族に仕えるほどの教養を習得していない。
なんとも言えぬ陰湿さを、持っている無口な男だ。
イグナシオが屋敷に出入りするようになってから、使用人の入れ替わりが激しくなった。今まで以上のベースて孤児院から子供を引き取ったり、身寄りのない異民族の人まで雇うようになった。そして、馬車に乗せられる。もう何人が連れていかれたのか。
イグナシオの事を考えるだけで、少年は動悸が止まらない。あの気怠そうな声が脳内に浮かぶ。
イグナシオと旦那様の会話を意図せずに盗み聞きしてしまったことがある。それは1年ほど前、イグナシオが旦那様を会いに来たある日のことだ。
ここ数年、イグナジオは少なくとも週に一度旦那様を訪れる。書斎で数時間、2人きりで密会するのが慣例。その日は、普段滅多に使われていない客室にネズミが出たと、執事にネズミを捕まえに行かされた。客室は旦那様の書斎と、お嬢様の遊戯室の間にある。お嬢様の強い要望から、すぐにでもネズミを捕まえなければならなくなった。
「旦那様の面会を邪魔なんてしたら承知しないぞ」
客室に入る前に、執事に念押しをされた。明かりとして与えられたのは、頼りないロウソク一本のみ。暗い部屋の中で、出来るだけ音を立たずにネズミを探そうと頑張ってはみたものの、ネズミを探すにも客室があまりにも暗い。
(気づかれないように、気づかれないように)
少年は静かに客室の窓を開け、月の光を取り入れようとした。明るい満月の光、外の空気だけでなく別の何かが部屋の中に入ってきた。
人の声だ。
「…ということで、稼ぎは順調…」
客室のすぐ隣りにある旦那様の書斎から、人の話し声が夜風に乗って少年の耳に入ってくる。書斎の窓を閉め忘れたか、まさか隣りの客室に人がいるとは思わないためだったか、確かめようがない。
声は小さいけどはっきりと内容が聞こえる。
「…それで、今度は、18歳前後の女の子が…良いでしょうね」
盗み聞きなんてバレたらただ事じゃ済まないが、人の好奇心はそう簡単に抑えられるものでは無い。
少年は息を潜めて、思わず聞き取るのに集中する。声の主はもちろんイグナシオか旦那様かの二択。
しかし、今話している男性の声はなにか独特なねっとりとしたものがあって、暗そうで、品格の欠片もなく、生粋の貴族である旦那様のはずがない。
ということは、イグナシオの声だろう。
「一人?」
もう1人の男性の声がした。ひとつの言葉しか発していないが、低く、優美な声。もう随分間近で聞いていないが、記憶の中の旦那様の声に似ていた。
その次の言葉が少年の推測を立証してくれた。陰湿な声が返答をした。
「そうですね、旦那様…わたしの方は一人を所望しておりますが、もう1人が居ても…何かと便利でしょう」
「分かった、できるだけ早く用意しよう」
その直後、大雨が降り出して、なにも聞こえなくなった。
(私の方は1人を所望しております…)
頭の中で、内容を咀嚼しようとした。
1人とは、馬車で連れていく使用人の人数か。そこまでは何とか推測できる。ただ、その目的を想像するのには、あまりにも恐ろし過ぎた。
悪い予感はすぐ現実になった。その2日後に、イグナシオの漆黒な馬車が再び屋敷の門をくぐった。
溺愛と言いながらなかなか暗い序盤が終わらないが、もう少しだけで明るくなる予定!!
先のことはざっくりとしか決めていないが、主人公をめちゃくちゃに甘やかす予定!
ファンタジーものなので、ありがちな設定で遅いかもですが、よければいいねやブクマお願いします!