6 おばあちゃん
木製の階段と手すりは、埃ひとつなく綺麗に掃除が行き届いており、秘密基地のようでわくわくした。
「その先に、おばあちゃんがいるの?」
思わず聞きたくなったが、目の前に階段を登っているのは寡黙な双子の1人であるカルノだった。逞しい背中からは、ボソッと「いる」との短い返事だけが返ってきた。
数分登り続けると、太陽の光が徐々に増していき、目の前が開けたように感じた。
ひとつの部屋もないまま、鐘楼の最上階にたどり着いたようだ。下から見えたように、隠れ家の全体を見渡すために設計されたかのように四方に広く開けている。
夜明は思わず真っ先に窓際まで走っていった。樹海の方を眺めるのに高さは足りないが、隠れ家の全貌がはっきりと見える。見合わせるような二棟の白い建物や、先程見かけた小屋は玩具のように小さく見える。そして庭の方には、20匹近くいる黒い動物が追いかけっこを楽しんでいる様子が見える。
「あー【グー】が見える。」
隠れ家の全貌を一望できる景色に、夜明は思わず嬉しくなった。ふと気づくと、ほかの子誰一人自分と一緒にこの景色を眺めていなかった。
振り向いたら、フリッツをはじめとする四人は広間の真ん中に集まっていた。窓の外の景色に気を取られていたが、部屋の中央には何か巨大な白い枕のようなものがあった。少年たちはそのふかふかの上にもたれて身体を沈めていた。
枕と呼ぶには大きすぎて、寝台と呼ぶにはふかふか過ぎるその物体は、大人五、六人が寝転がっても余裕があるほどの大きさだ。
触ってみると、その表面は白い羽毛で覆われており、ふさふさとした感触が手に伝わってきた。羽毛の長さからして、かなり大きな鳥から取られたに違いない。
「うわ、すごく大きくてふかふか。これは羽毛の枕かお布団?」
フリッツたちの真似をして、顔をそれに埋めてみた。この日当たりが良くて湿気もない最上階にずっと置かれているためか、よく干されているようでほのかに温かい。そして、嗅いだことのない、穀物と牛酪を混ぜたような不思議な柔らかい匂いがした。
顔を埋めたまま、フリッツは唐突に喋りかけ始めた。
「おばあちゃん〜来たよ」
まるで、その枕のようなものをおばあちゃんと呼んでいるかのように聞こえた。
さらに驚いたことに、フリッツの声に反応したかのようにその巨大な白い枕がかすかに動き始め、枕の中央にあたる部分がもぞもぞと盛り上がる。
それは、見たこともないほど巨大な鳥の頭が表れてきた。
枕だと思っていたものは、その大鳥が丁寧に折りたたんだ巨大な体だったのだ。さっきまで夢の中にいたが、大鳥はうとうとしながらゆっくりと目を開けた。
「え?」
驚きのあまり、夜明の声がかすれた。
「おはよう、おばあちゃん」カルノとカルグが息ぴったりに挨拶をする。
枕がおばあちゃんであり、おばあちゃんが鳥であるという事実。ここ数日で色々なことを体験してきた夜明にとっても、あまりにも飛躍的すぎる展開だった。
しかし、なぜこの大鳥がおばあちゃんと呼ばれるのかは妙に納得できた。動きは一つ一つゆったりとしており、悠久の時間を生きてきたかのような穏やかな雰囲気を漂わせている。巨体のわりに全く恐怖を感じさせないのは、そのおっとりした雰囲気とふくよかな体のおかげかもしれない。
首から体に至るまで、すべてがまん丸くて飛び込みたくなるような柔らかさを持っている。黄金色の目は複雑な色彩を反射させ、暖かくて嬉しげに少年たちの姿を見つめていた。
「おはよう、おばあちゃん」イェルムが声をかけると、大鳥は返事をするかのように、繊細な楽器のような声で鳴いた。
今のように丸まっている姿だけでも想像を絶する大きさだ。翼を広げて飛ぶ時はどれほど神々しいのだろう。夜明が想像を膨らませると、大鳥の目が夜明と合った。
その目には、少しだけの困惑が浮かんだ後、すぐに慈しみ深い眼差しが現れた。
「初めまして、おばあちゃん。来たばかりの夜明と言います。よろしくお願いします。」
ラピス、オーヴィ、樹妖、グー。夜明は既に人間じゃないものでも人間の言葉がわかると当たり前のように感じるようになっていた。
それを聞くと大鳥は首をあげてもう一度鳴き、翼を広げて、5人の少年を一気に包み込んだ。そのふさふさとした羽毛の下で、羽毛布団に包まれたような温かさと安らぎを感じた。
「包んでくれてる…!」
雛にでもなったような気分で、夜明は体験したことのない暖かさに感嘆した。しばらくその温もりを充分に味わうと今度は暑くなってきたので、少年たちは一斉に翼の下から顔を出した。
「おばあちゃんっていうのは、この鳥さんなんだ…」
身体は汗ばむほど温まったからか、最上階の風は涼しくて心地よい。
「そうだよ、みんなのおばあちゃん。」
「ちなみに、もう少し寒くなると特に最高なんだから、みんな昼寝をしに来る。登ってくるのは少し面倒だけどね。」
イェルムは軽やかに銀白に輝く大鳥の背中に登り、腕いっぱい広げてその首を抱きしめると、大鳥は「キュルン」と嬉しそうに弾むように鳴いた。
「こんなに大きい鳥、見たことないな…」
「そら、おばあちゃんは普通の鳥じゃなくて魔物だからね。話せないけど言葉も分かるから、おばあちゃんと呼んだらすごく喜ぶよ。」
「なんていう魔物なのだろう。」
おばあちゃんと親しそうなフリッツたちにとって簡単な質問かと思いきや、少年たちは首をかしげた。
「なんだっけ…ヌンティ…ヌンテウ…??」
カルノとカルグも互いを見合わせて肩をすくめた。
「ヌンテウス…とかなんかそんな感じの響きだよね、おれはいつもハッキリと覚えてない。」フリッツは開き直したように体重を委ねるように体を沈めた。
「『凄いよ、強いよ、伝説の生き物よ』ってシンが言ってたな。」イェルムは子供の甲高い声を面白おかしく真似た。もちろん、実物はもっと聡明で穏やかな口調だった。
「おばあちゃんも何か凄いことできたりするの?」
「できるんじゃない?おれは見たことないな。ただ、おばあちゃんはいつもここにいて、俺たちを待ってくれるんだよ。」
「それで、おばあちゃんって呼んで、一緒にお昼寝する。」
「おばあちゃん…」夜明は発音を練習するように繰り返すと、頭の上から何かがふわっと触れてくる。
大鳥は髪の毛を撫でるように、夜明の頭を嘴でそっと毛づくろいするように触れた。
「よろしくね、おばあちゃん。」
改めて言うと、大鳥も軽やかな音色で応えた。
夜明はフリッツの真似をして、身体を沈めてみた。日光の恵みをよく吸い込んだ上質な枕のような感触が心を落ち着かせてくれる。
素材として狩り尽くされたり、住処が奪われたり、何か大事なものを失ったからここに来たのだろうか。このやさしくて穏やかな大鳥が苦しい、辛い思いをしてきたと思うと、胸の奥底に何かがちぎれたような痛みを感じる。
その辛い思い出が少しでも忘れられることができれば、本当の名前も、どんな不思議な力を持っていたかも別に知らなくてもいい。ふとそう思った。
顔を見上げると、大鳥も我が子を見るように目の前にいる少年たちを見渡している。目を合わせると、宝石のように煌めく瞳の中に、自分の小さい投影がハッキリと映る。
子供たちと一緒に昼寝をする時間、ただのんびりと待ってくれている巨大な鳥の魔物。
大鳥の嘴をそっと触ってみる。
これはこれで、とてもいい暮らしのような気が夜明はしている。
「夜明、お昼に炒り卵食べたか?」
唐突にフリッツが夜明に問いかけた。
「え?あ、食べた。美味しかった!」味付けはもちろん、卵自体の濃厚でふわふわな美味しさを夜明は思い出す。
それを聞くと、フリッツはにやにやした。
「おばあちゃんに感謝だな。」
「え?」話の方向が掴めず、夜明は戸惑った。
「子供に食べさせたくて、おばあちゃんが毎朝産んでくれてたよ。もちろん無精卵だけどね。」
「キュルン」と大鳥が鳴いて首を伸ばす。どこか得意げな表情をしている。
「え?あ、ありがとう??」
【産んだ本人】が目の前にいて嬉しそうにしている上、食べてもいいはずなんだが、なんだか悪いことをしたような気もして、夜明は狼狽えてしまう。
そのような夜明を見て、イェルムが繊細な美貌に似合わない豪快な笑い声を上げた。よく晴れた空のように、一抹の悪意もなく、気持ちのいい笑い声が響き渡る。
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