5 昼食
――ご飯を食べたら色々見て回ろう。
午前中の授業ですっかり空腹になった少年たちにそう言われたので、夜明は食堂でお茶を飲みながら待つことにした。段取りが決まると、ネリーは席から立ち上がった。
「私、部屋に戻って昼寝するわ。夜明の案内よろしくね。」
思えば朝から本当に色々あった。ネリーはあれほど泣いたものだから、きっと疲れたのだろう。そして、笑顔を見せてくれたものの、やはり唯一の肉親がもうこの世にいないという事実を知ったばかりなので、一人になりたくもなるだろう。
あくびをしながら、赤い鬱金香の樹妖と共に食堂を出ていくネリーの後ろ姿を見送りながら、夜明はしばらく考えていた。
そして、フリッツ、イェルム、カルノ、カルグの食事風景は見ていてなかなか面白いものだった。
長男で夜明よりもわずかに背が小さいフリッツは好き嫌いなく、そしてかなりの大食いである。野菜からお肉、パン、甘いもの…卓上に並んでいるすべての料理を一通り取って、美味しそうに頬張る。お世辞にもあまり上品な食べ方とは言えないが、栗鼠のように両方の頬をぷっくりと膨らませながら食べているのはなんだか見ていて気持ちがいい。
瓜を二つに割ったような外見のカルノとカルグは意外にも食べ物の好みが全く異なっている。カルノのお皿には、焼いたものや煮たものなど、さまざまな肉料理がたっぷりと載せてあり、気休め程度にほんの2、3口分の生野菜だけが添えてある。
カルグは、パンや米料理、焼いた芋、蒸かした芋など、一見バランスが良さそうな組み合わせだが、実際にはほとんどが主食類だ。双子はいい体格である割に偏食家のようだ。それぞれ好んだ料理を皿に山のように積み上げては、驚異的なスピードで口の中に放り込んでいく。
どこか俗世離れした美貌を持つイェルムはあっという間にお皿を平らげた。ただ、食べるのが早いのではなく、驚くほどの少食だからだ。お皿に載せてある食べ物の量はネリーの半分もなかったような気がする。その上、果物と木の実が大半を占めており、自分と同じ育ち盛りのはずなのに夜明にはどう見ても足りる気がしない。
もしかして、体調でも悪いのか。心配になってきた夜明の眼差しに気付いて、イェルムはふわっと妖精のような儚い笑みを浮かべた。
「おれ、どこも悪くないよ。ただ、食にあまり興味がなくてさ。」
「そうなんだ…食欲がないの?」
お腹を空かせた経験が長く、ご飯の時間が何よりも幸福感を覚える夜明にとって、体調が悪くないのに食欲が湧かないのはにわかに想像しがたいことだった。特にこれだけ種類豊富で美味しそうな料理が目の前にあるのに。
「そうだな…お腹いっぱいになると嫌なことを思い出してしまう。」
そう言うイェルムの瞳には、時折黒曜石のような暗闇がちらついていた。不気味で邪悪なものではなく、葬り去りたくてもできなかった記憶を深い深いところに隠したいかのような暗さだ。
しかし次の瞬間、その暗さが錯覚だったかのように、イェルムは屈託なく顔を綻ばせた。
「そのおかげで、この繊細で美しい体型が維持できるな。」
「また始まった、イェルムの自分大好き!」フリッツは口の中にいっぱい食べ物を詰め込みながらも、もちゃもちゃと話した。
「事実だけどね。」
誰もそれ以上反論ができないほど、笑っているイェルムは本当にきれいだった。
夜明がお茶を一杯飲み干した頃、少年たちの皿からも次々と料理が胃袋へと消えていった。
「ご馳走様、お姉ちゃんー」
「美味しかったよ」
口の中で何かの果実を咀嚼しながら、フリッツとイェルムは調理場にいる樹妖たちに手を振りながらお礼を言い、夜明を挟むように両側に立った。
「お待たせ!行こう!」「まずは、環境だな」
肩に置かれた手は少しだけ強引に感じるが、他人を頼らずに生きてきた夜明にとって、誰かが自分を引っ張ってくれるのは新鮮で、悪くない気分だった。
あえて、「どこを案内してくれるの?」と聞かないことにした夜明。すると、フリッツがすぐに答えてくれた。
「まずは、【おばあちゃん】に挨拶だな。」
おばあちゃん…夜明の頭には絵本で見たような、暖炉の前で編み物をする慈愛に満ちた老婦人の姿が浮かんだ。まだブナイル以外の成人には会ったことがない夜明だ。
「ブナイルさんのお母さんとか?」
「ううん、違う。」フリッツはこれ以上答えずににやっと笑った。
食堂の入口で夜明の樹妖は立ち止まり、これ以上は一緒に行かないという態度を示しながら、微笑みながら見送ってくれた。
「また、あとでね!」夜明が声をかけると、樹妖はいっそう柔らかい表情になった。
思えば、建物の中をゆっくりと見るのは初めてだった。外はいい天気のようで、丸みのある窓から日光が差し込み、建物の造りが隅々までよく見える。
壁、床、天井を構成する建物の主要材料は同じ白くてツヤのある石材だ。ただ、冷たさを感じる純白ではなく、温かみのある色合いだ。ところどころ、動物の模様が彫られていたり、壁に子供の落書きの跡が残っていたりする。
風通しの良い廊下には、澄んだ秋風が吹き抜けていた。
居住部のどこかに【おばあちゃん】の自室でもあるのかと思った夜明だが、フリッツたちが案内したのは建物の外だった。
廊下のアーチをくぐって裏庭に出ると、芝生が濃い緑の絨毯のように広がっていた。居住部と学校の部分の他に、さまざまな大きさや形の異なる小屋や畑が見える。昨日入ってきた時に思った以上に広い敷地なのかもしれない。
その奥には、大木に寄り添うようにそびえる、鐘のない鐘楼のような建物があった。空に向かって真っすぐ伸びており、最上階は四方に開けた巨大なアーチ状の窓が並んでいる。頂上部分には小さな尖塔があるようだ。
「着いたのは夜だからか、こんなに高い建物があるのに全く気づかなかった。」
夜明は下から見上げた。鐘楼に似た建築様式で、簡素だが品のある設計だ。人が暮らせる部屋があるというより、階段しかないような広さだ。
――ここに住んでいるの?住居にはどうしても見えないが、フリッツたちは芝生を踏みしめて進み、扉を開けて中に入った。
「入れよ」と中から呼ばれたので、夜明も足を踏み入れた。
壁にはいくつもの小窓があり、日差しを取り込んで楼の中は明るかった。夜明の予想通り、人が住んでいる気配はなく、ただ上へと続く螺旋階段があるだけだった。
ということは、最上階に部屋があるのか?それにしても出入りが不便そうだし、鐘楼のような作りからして快適に暮らせるほどの広い部屋があるとは到底思えない。
それとも、自室ではなく、仕事や趣味の部屋なのか。夜明は想像しながら、フリッツたちの後に続いて、螺旋階段を登っていった。
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