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3 少年たち

 


 手間をかけた絶品料理をたらふく食べたあと、ネリーは何種類かの甘い物を取ってきた。その隣で、夜明の樹妖(ドライアド)が二人分の紅茶を淹れてくれた。薄切りしたレモンを添えて、蜂蜜の香りがふわりと漂っている。


 乾蒸餅(ビスケット)に、卵をたっぷり使った焼き菓子。どれもできてからさほど時間が経っていないのか、ほのかに温かくてほっとするおいしさ。あれほどいろんな料理を食べたというのに、甘いものがどんどん進む。


「僕…太るかもしれない。」


 これほど満腹になったことがあるか、と思えるほど、夜明はいよいよ一口も食べられなくなった。贅肉が全くない細い身体だが、小腹が少しぽこっと出ている。


「夜明はまだまだ細すぎるよ。私はそろそろ節制した方がいいけど、ここのご飯が美味しすぎて止まらない…」ネリーは自分の腕の肉を確かめるようにつねって、長いため息をついた。


「ここの料理は樹妖(ドライアド)たちが作ってくれているのね。みんな、料理上手だな…」


 盛り付けの美しさはもとより、種類が多くて、一品一品の味もいい。魔物である樹妖(ドライアド)はどうやってこの料理の腕前を身につけたのか、夜明は不思議に思う。


樹妖(ドライアド)って、食事が要らなくて太陽の光と水だけで生きるから、実は美味しいかどうかってのはあまり分からなかったみたい。味付けとか手順とか料理のことは全部院長が一から教えたみたいよ。」


「ブナイルさんか…!」夜明は昨夜のスープと今朝の朝食を思い出して納得した。「料理が凄く上手いんだよね…」


「卒業したら外のご飯食べられなくなるってよく聞くね…あ、うるさいのきた!」


 ネリーの視線を追って入口の方を見ると、夜明と年齢があまり変わらなさそうな数人の少年が食堂に入ってくる。少年たちは、夜明とネリーの姿を見るなり、「お」と驚いた。


「あー新しい子いる!」


「ネリー、まだいじめてるの?」


「いじめてない!」とネリーが不服そうに言い返した。


 夜明は思わず身体が強ばる。孤児院にいた頃は周りにいじめられたことが多かったし、使用人の頃は、誰もが必死すぎて良好な関係を築く余裕がなかった。しかし、目の前にいる少年たちはこれから一緒に暮らす人たちだ…仲良くなりたい、せめて平和な関係を築きたい。


「はじめまーして!」「まして!」


 真っ先に夜明の前へきたのは、銀髪と金髪の少年だった。髪の色さえ違わなければ、兄弟かと思ってしまうほど、同じ快活そうな笑顔を浮かべている。


「おれ、フリッツ!」金髪の少年は自分のことを指しながら朗らかに笑う。健康的に日焼けした肌に、温かみのある金髪は、秋の日差しに輝く稲穂を思わせる。丸みがある鼻と輪郭で親しみやすそうな雰囲気が漂う。


「おれ、イェルム!」銀髪の美少年は夜明に軍人のように大げさに敬礼した。高貴な服を着させたらどこかの貴族のご子息でも勘違いしてしまいそうで、驚くほど繊細で美しい顔立ちをしている。


「夜明です、よろしくお願いします。」


 そして、二人は互いの肩を組みながら、興味津々と緊張を隠せない夜明をじっくりと見つめた。


「うーん、可愛いね。」


「めちゃくちゃ可愛い。」


「ネリー様とは違うタイプ…何というの…」


「守りたくなる感じ。」


「そうそう、俺たちで守らなきゃね。」


 フリッツとイェルムは交互にテンポよく話し、他の人に話す隙を与えない。


「…勘違いしてるな、このアホたち。」ネリーはボソッと独り言を言って、くすっと笑った。


「何を勘違いしたの?」夜明もつられて小声でネリーに耳打ちをする。


「ううん、この方が面白そうだからもうちょっとだけ放置する。」ネリーは珍しくちょっと意地悪そうな笑顔をしているが、夜明はその意図を理解できなかった。


 フリッツとイェルムの後ろから、背丈も体格も一回り大きい二人の金髪の少年が夜明の前に来た。


「カルノだ。」


「カルグだ。」


「よろしく。」


 双子であることを疑う余地のない瓜二つの外見だ。声と顔からすると、夜明と年齢が1、2歳しか変わらないように思うが、どこか植物のような物静かさで、成人男性とほぼ変わらないがっしりとした体格で年齢以上の落ち着きを感じる。半袖から伸びた筋肉隆々とした腕には、刃物などで切り付けられたようなおびただしい傷跡が見える。


 なかなか劣悪な環境で生きてきた夜明でさえ、それほどの怪我をしたことがない。何があったか、その時どれほど痛かったか、想像するだけでゾッとし、心が痛む。


「夜明です。よろしくお願いします。」夜明はぺこっと頭を下げた。「兄弟()()でここに来たんですね。」


 カルノとカルグ、そしてフリッツが同時に目を大きく見開いた。


「すごい、よく見分けたね!」イェルムが怪訝そうに目を見開いた。


「おれ、弟たちと名前も見た目も全然似てないから、よくわかったな。」フリッツは感心したように拍手をした。


「イェルムも最初分からなかったのに!ネリー様なんて1ヶ月ぐらい気づかないままだったよ…あ、ちなみにおれ一番背がちっちゃいけど長男だよ!」


「様呼びやめて!」ネリーは抗議した。「バカ長男とまともな双子のハイン三兄弟よ。」


「何とか似ている気がして、何も考えずに口から出ちゃった…間違わなくて良かったです。」夜明は胸を撫でおろして、四人に向けて改めて頭を下げた。「これからよろしくお願いします。」


「礼儀正しいな、楽に話せよ。」イェルムは笑った。上品な顔立ちに似合わず、豪快な口調だ。


 カルノとカルグは丁重に一人ずつ夜明と握手をした。無口ではあるが、冷たさを感じさせない優しい握手だった。


「新入りが初日の朝、早速ネリーに突き飛ばされたみたいだね。」フリッツは夜明の隣に腰をかけた。「でも、さっきは仲良さそうに話してたから、もう大丈夫ってことか?」


「うん、ネリーは色々親切に教えてくれた。」


「本当?脅迫されてない?」フリッツは眉をしかめて疑うような目でネリーを睨んだ。「もしそうであればお兄ちゃんの手をこっそり握って。」


「してないって!」ネリーは呆れた。


 ――僕もいつか、ここまで仲良くなれたらいいな。エリー以外に同年代の友人ができたことがなかった夜明は、冗談を含めてなんでも言い合える心を許した関係に、羨ましく思った。


「昨日から来たってことは、もう案内終わっている?」


「ううん、お昼からなのかな?」ブナイルに案内される予定だったが、ネリーと色々あったので、夜明も今どうなっているかあまり分かっていない。


「さっきシンに会ったよ!あと、グーたちもね!ていうか、会いに来られた。」ネリーが夜明の代わりに説明した。


「あー今回はなんだった?犬?猫?兎?」


「子犬からの子猫。」


「鉄板だな。」


「俺らの時はバラバラだったよな。」フリッツは弟の二人に向けて話す。「犬派の俺に、猫派のカルノ、爬虫類好きなカルグ。」


 どうやら、好きな動物に変身してくれるらしい。グーたちの熱烈な来訪も慣例なのかもしれない。


「授業受ける年齢の子は、十人ぐらいいるんだよね?」夜明はネリーに気になることを聞く。「ほかのみんなはまだ授業中かな?」


「十八歳の二人は職業体験、十六歳の二人は海外遊学中だよ。夏までだから、あと三,四か月で帰ってくると思う。」フリッツが説明した。


「職業体験と遊学…」夜明は聞きなれない言葉を復唱した。どうやら年齢が条件のようだ。


「いつかの巣立ちに備えてね。やりたい仕事を体験するのに実際にしばらく住み込みで学ばせてもらったり、外国にいる卒業生のところで手伝いをしながら外国語を学ばせてもらったりするよ。俺ももうすぐ十六になるから来年から遊学に行けるんだけど、行き先が決まらなくて!」


「決まらないっていうか、どこに行くにしても語学力が足りないでしょ。」イェルムはフリッツをからかった。


「あー夜明の前に言わないでよ!もう少しだけ格好いいお兄さんでいたかったのに!」


「そんなの最初から無理よ!」


「色んなことができるんだ…」夜明は驚いた。迷いの樹海を渡るのが大変そうなので、あまりここから出ることはないと思っていた。


「うん!子供のために、色々考えてくれているんだな、【親父】は。」そう話したフリッツは、ジュードと同じ呼び方でブナイルのことを呼んだ。


「まあ、その辺はゆくゆく教えてくれるから。」イェルムは頷くと、銀色の髪が美しく流れた。


「もうさ、俺たちで案内しよう!親父忙しいだろうし!」


「フリッツ、勝手なことしないでよ。」


「いいじゃん!その方が子供同士仲良くなるでしょ?」


「賛成!」


「どこから案内する?【おばあちゃんの家】?【道場】?」


「うーん、【図書館】で【教授】に会わせたら?これから毎日会うし。」


「え、【教授】話長いから、他の場所行けなくなるよ。」


「【海】で【指揮者(マエストロ)】に会うのはどう?きっとびっくりするよ、夜明。」


 おばあちゃん、道場、図書館、海…。どんな人か、どんな場所なのか全く想像もつかない。そもそも、樹海の中の孤児院に結びつきにくい言葉ばかりだ。


 フリッツとイェルムが再び喋り出すと、カルノとカルグはこのいつものやり取りを気にする素振りを見せず、揃って食事を取りに向かった。


 ネリーはため息をついて、夜明に謝った。


「このうるさい2人組、いつもこんな感じだから気にしなくていいよ。後で私がちゃんと案内するから心配しないで。」


「ちょっとネリー、聞こえてるよ。」


「そういえば、樹妖(ドライアド)たちがいない…」夜明は少年たちの後ろを確かめた。


「昼間は一緒に居ないよ。やさしくしてもらってるのはありがたいけどさ、やはりいると気遣うっていうか、見られているから思いっきり遊べないていうか。」


「ふーん、部屋に帰るとめちゃくちゃ樹妖(ドライアド)に甘えたり、毎日膝枕してもらったりするのはどこの長男だろうね。」ネリーはくすくすと笑った。


「ネリーに言われたくないな。食堂まで【お母さん】連れてくる甘え坊さん。」


「今日はたまたまだもの。」


 ――なるほど、授業の時とかは樹妖(ドライアド)を連れて行けないんだ。夜明は思わず、隣りにいる樹妖(ドライアド)を見る。


 せっかく子供に会えた、というのに、部屋に留守させておくことに、なんだか凄く寂しい思いをさせたような気がする。


 夜明の戸惑いを察したか、イェルムが声をかけた。


樹妖(ドライアド)たちはそんな打たれ弱くないから気にしなくていい。むしろ、樹妖(ドライアド)たちのほうから、もっと子供たちだけで遊ぶように背中を押されるよ。」


「いつかここから出て外の世界に戻らないといけないので、子供同士で仲良くして人間同士の付き合い方を身につけてほしい、という親心なのかもしれない。」ネリーも頷いた。


「まさに、親の鑑のような、完璧な()()。」


 そう話したイェルムの声にどこか寂しげな響きがあった。特に最後の二文字に妙な力を込めたように感じられる。



読んでいただきありがとうございます!

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