1 グー
「泣きすぎてお腹が空いたー」
ネリーは大きく伸びをし、身体をほぐすように腕を振った。朝ご飯をしっかり食べたものの、感情が爆発したり悩んだりしていた夜明も、急にホッとしてから胃がギューっと収縮している気がする。
「そうだね、喉も渇いた。僕が何か取ってこようか。」
「君、場所が分からないじゃん。一緒に食堂行こう。ついでに案内するわ。」
ネリーは身体を起き上がり、夜明に顔を近づけてきた。
「ね、涙のあと残ってない?泣いたってバレる?」
夜明は真剣にネリーの可愛らしい顔をじっくり確かめ、正直に答えた。
「目、結構赤いかもしれない。」
「えー、いやだ。でもご飯食べたいし、みんなまだ授業中だし、いいや!」
「みんなっていうのは、ほかの子供?」
「そうよ。一緒に授業を受けるのは10人ぐらい、まだ授業を受ける年齢じゃない子も10人ぐらいいるかな。会ったら紹介するね。」
赤い鬱金香の樹妖に髪を整えてもらいながら、ネリーは夜明に説明した。
「ありがとう、ネリー。」
本当に面倒見がいいなと、夜明は心から感謝した。
「お待たせ、行こう!」
ネリーが扉を開けようとした瞬間、夜明は扉の向こうからかすかに聞こえる小さな鳴き声と、軽い爪音に気づく。なにか動物でもいるの?
「ネリー、外になにか…」
「え?」夜明の声が1秒遅くて、ネリーは既に扉の取っ手を引っ張った。
扉が開くや否や、大量の黒い子犬たちがまるで黒い毛玉の波のようになだれ込んできた。小さな体が次々とネリーと夜明の足元をすり抜け、一斉に部屋の中に飛び込んでくる。
「うわ、全員来てる」
呆れたネリーと反対に、夜明は舞い上がった。
「子犬!!!!」
20匹程いるのか、子犬たちは部屋の中を駆け回り、小さな足でカチャカチャと床を叩きながら、あちこちに散らばっていく。
子犬たちは全員、つややかな黒い毛並みを持ち、ふわふわとした柔らかい毛が光を反射して輝いていた。そして、背中の部分だけ星のように煌めく紺色の毛が生えている。
短い脚でぴょんぴょんと跳ね回り、ぽってりとした体が愛らしい。耳はピンと立ち、尾は嬉しそうに小刻みに揺れていた。
その中の一匹が、転びそうになりながらも一生懸命に真っ先に駆け寄ってきて、夜明の足元で立ち止まった。ほかの子と違い、片方の耳の先端が少し折れている。小さな鼻をクンクンと鳴らしながら、前足を靴にちょこんと乗せ、見上げてくるその表情は、まるで「抱っこして」と言わんばかりだった。
恐る恐るその子を膝の上に載せると、ずっしりとした温かみが心を和ませた。黒い毛皮に手を伸ばして撫でると、温かくて柔らかく、まるで小さなぬいぐるみのようだった。
「ここ…天国なのか」
「残念ながら私の部屋よ」
ネリーは冷静に突っ込んだ。数匹がネリーの足元に転がってじゃれ合っているが、ほとんどの子犬は夜明の前に集まって、「次は私だ」と言わんばかりに飛び跳ねていた。
「もう知っているかどうか分からないが、この子たちはここに暮らしている【グー】という種族ね。新入りの夜明に挨拶したくて仕方がないんだろう」
ネリーは足元にいる気が弱そうにプルプルと震えている子犬を慣れた手つきで抱き上げる。
「ここ、こんなに子犬がいるんだね…成犬になると結構大きいのかな?」
「この子たちはもう大人よ。」
「え!?この愛らしさで!?小型犬なんだ…」
夜明は驚いて膝に載せた子をよく観察する。小型犬というより、子犬特有の丸みと無邪気さしか見えないのに。
「【グー】と言うんだ…初めて見たけど、可愛らしくて人懐っこいんだね」
褒められたと分かったように、膝の上の子犬は夜明の顔を嬉しそうにぺろぺろする。
「キミ、【グー】に会ったのは初めてじゃないよ」
「え、そうなの?こんなに可愛い子、会ったら覚えていそうなのに…」
「ラピスもオーヴィも【グー】だよ」ネリーは目を細めて笑った。
「え?」夜明は耳を疑う。
確かに、黒の毛並みに紺色の部分が輝くように見える部分は似ているが...
「犬と牛と馬が同じ種族って……あ、【グー】というのはこの地域の特有の動物の呼び方かなんか」
「ううん、同じ種族よ。全員兄弟姉妹だし、ラピスもオーヴィもこの子たちも。」言葉を失った夜明を気にせず、ネリーは子犬たちに語りかける。
「とぼけないで、私が嘘ついていないって証明してよ」
子犬たちは、一瞬互いを見合わせて、すぐに知らんぷりしてお腹を出しながら転がる。
「ちょっと、新しい子の前で、私が妄想しているみたいになるじゃん。こんなことしたら、もう私の部屋に遊びに来るのを禁止するよ!」
それを聞くと、子犬たちはいっせいにピクっとなった。そして、残念そうな顔をしていると、紺色の毛が輝き始めた。
「あー!ラピスとオーヴィと同じ!」
「同じ種族って何度も言ったじゃん。見てて。」
子犬たちの輪郭に光が包まれ始め、そして、粘土のような曖昧な形になり、やがて光が止まった時には、夜明の膝の上の子を除き、20匹近くの黒の子猫になった。
「今度は全員猫じゃん!」とネリーは吹き出した。
「子猫!!!!!!」夜明は全員をまとめて抱きしめたい衝動を抑える。「ええ、すごい!本当に変身できるんだ」
「ラピスとオーヴィは他にもすごいことしたでしょ。森にいる時とか、オーヴィ守ってくれたでしょ。」
「確かに…へぇ…すごい子なんだね、君は」
夜明は膝の上の子犬と目を合わせて、優しい声で問いかけた。
「君は変身したくないの?疲れたの?」
「夜明がその姿の方が好きって思っているからじゃない?」
夜明は驚いた。どんな動物でも好きな夜明だが、中でも一番犬が好きというのを誰にも話したことがないのに。
ラピスもオーヴィも変身するってことか、と夜明は想像する。
「すごいね、よくわかったね」と子犬の顎を優しく撫でると、嬉しそうに尻尾が振る。
「また今度じっくり遊んであげるから、今は腹ごしらえ優先よ!ちょっとみんな、移動するね!」
ネリーの号令で、20匹ほどの子猫たちはまたいっせいに素早く部屋から飛び出た。夜明も名残惜しいと思いながら、耳の先端が折れている子を下ろした。その子は、何度か振り向いて夜明をみながら、部屋を出ていく。
「ごめん、またね。」
「またすぐ会えるわ。」ネリーは服についてる大量な黒毛を払う。
「今度こそ食堂に行こう!」
ネリーの横に歩きながら、夜明はこっそり廊下を観察する。ネリーの話によると、授業を受けるのは10人ということで、みんな自室があるのかな。ネリーの部屋が二人部屋だったのであまり気にしなかったが、廊下の部屋数と扉の間隔から見ても、一人部屋でも相当広そうな気がする。
10人もいるのか…建物の広さからして、想像より人数は少ないが、新しい人と出会うことは夜明にとって不安なものである。
「大丈夫」
夜明の不安に察したかのように、ネリーは口を開いた。
「ちょっと癖あるけど、みんないい人よ」
「初対面でいきなり私に突き飛ばされたから、不安かもしれないけど、私が保証するわ」
突き飛ばしたことに今でも申し訳なさそうに話すネリー、ブナイルの言う通りに本当に素直で優しいと、夜明は改めて思った。
ネリーに案内されたのは、居住部の一階にある広い食堂だった。4人用の四角いもの、大人数で囲める丸いもの、1人用の小さめのもの、色々な大きさの食卓が並んでいる。
そのひとつである、高さが低めの食卓の横に、大きい枕のような座椅子の上に1人の小柄の少年が背中を向けて既に着席しているようだ。
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