9 赤髪の少女
いい香りで柔らかい。花畑の中で寝ているときっとそんな気分なんだろう。
うとうと目を覚ますと、自分が樹妖の腕の中に収まったことに気づく。
「…おはようございます。」
樹妖は既に目を開いていた。もう起きたのか、そもそもあまり睡眠が要らなかったのか。目覚めるのを待っていたかのように、穏やかな表情をしている。
「腕枕、重かったでしょう。ごめんなさい…」というか、恥ずかしい。エリーとは一緒のベッドを分け合っていたこともあったが、美しい成人女性の姿をしている樹妖なので、思春期の夜明にとっては少しばかり刺激が強い。
「よく寝た。今何時だろう?」
身体を起こし、大きく欠伸をすると、夜明は背中の火傷が全く痛くないことに気づいた。昨日、風呂のあとにブナイルからもらった火傷薬を樹妖に塗ってもらったのだった。ひんやりしていていい香りの薬だと思っていたが、痛みを和らげる効果も抜群だったのかもしれない。
自分の背中が見えない夜明は、数日前にできたばかりの火傷が既に他の皮膚とほとんど変わらない薄茶色に治りかけていることには気づいていなかった。
「お湯、ありがとう。」
いつの間にか部屋を出ていた樹妖が、お湯を張った桶や身だしなみを整える道具を持って部屋に戻ってきた。夜明が顔を洗い、歯を磨いている間、樹妖はそのくるくるとした髪を丁寧に梳かしていた。
使用人として生きてきた夜明は、空の様子を見ればだいたいの時間がわかる能力を身につけている。ジュードの家では馬車旅の疲れで昼近くまで熟睡していたが、今日はそれほどでもないようだ。屋敷にいた時の感覚では、ちょうど雇い主が2階から降りて朝食を取る頃だと思う。
「おはよう、身体の調子はどうだ?」
外から扉を叩いてから入ってきたのは、食事を運んできたブナイルだった。昨日の野菜スープも絶品だったが、今日も匂いからして美味しい予感がする。
「おはようございます。朝早くからすみません…」
「明日の朝からはほかの子供と食事を取るが、初日なので心の準備も必要かと。」
「ありがとうございます。昨日のご飯、凄く美味しかったです。お礼を言えずにすみません。」
「その気持ちも大事だが、お礼を言われるほどのことではない。」ブナイルは目を細めると、鋼鉄のような顔つきが柔らかさを帯びた。「子供を慈しむのは、大人の責務だ。」
目の前に置かれた食事に、夜明は思わず感嘆した。馬車旅の宿で出された食事や、ジュードが用意してくれた名物料理と比べても、ここ数日の食事は贅沢なものであったが、ブナイルが持ってきてくれた食事はまた別格に美味しそうだった。
朝食の献立は、パン、焼いた野菜、燻製肉、炒り卵、チーズ、果物の盛り合わせ。パンの香りはふわっと広がり、燻製肉はカリカリと焼かれ、卵はとろとろの状態で調理され、野菜はみずみずしさを保っている。
一口食べてみると、実際にどれも想像以上の味だった。ブナイルは、夜明が幸せそうに頬張る様子を見て満足そうに頷き、樹妖も優しい目で夜明を見守っていた。
「ゆっくり食べてもう少し休みなさい。昼頃になったら、ここの案内をしよう」
「あの、オーヴィはまだいるのですか?」
「ああ。少しくつろいでから、昼過ぎには街に戻ると思う」
「あとでオーヴィにお別れの挨拶をしにいってもいいですか?昨日は、オーヴィが居て心強かったんです」
「もちろんだ、着替えたら樹妖に案内してもらうといい。その後、私がここのことを案内しよう」
「ありがとうございます!」
用事があるとブナイルが部屋を出た後、早くオーヴィに逢いたいという一心、夜明は朝食を平らげて、ブナイルが用意してくれた着心地のよい服に着替える。準備ができたと察した樹妖は、夜明の手を引いて、建物の裏口から庭へ出ると、すぐさま立派な黒牛の姿が見えた。
「あ、オーヴィ…」
名前を呼ぼうとする夜明は声を堪えた。
先客がいたのだ。
「元気にしていたか、オーヴィ。」
黒牛の太い首を嬉しそうに話しかけながら抱きしめているのは、1人の赤髪の少女の後ろ姿だった。
少女の隣りには、一人の樹妖が優しい目でそれを見守る。顔立ちも身長も夜明のそばにいる樹妖と瓜二つだが、全身にちらほら咲いているのは赤の鬱金香である。
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