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6 樹妖

 


 おそるおそると、古木の樹洞(ウロ)の中に足を踏み入れた。


 鍵の光を中心に周囲を照らすと、洞窟のような空間が広がっているのがわかった。木の内部に入ったはずなのに、どういう理屈なのか、一本道が前へとずっと続いている。


 オーヴィがすぐ後ろにいることで、背中を守られたような安心感を覚える。何かあれば、オーヴィが率先して気づいてくれるに違いない。


 どれほど大きな木でも数歩も歩けばその反対側に突き当たるはずだが、この道は明らかにその合理的な大きさを超えている。空間が歪んでいるのだろうか?


 森の中のどこか淀んだ空気とは違って、樹洞の中は暖かく、進む方向からは綺麗な空気が流れてくるのを感じた。


 ――子供を守るための親父のおまじない、とジュードが話したのを思い出した。ルシアンからの鍵がなければ開けられないこの古木の扉も、そのおまじないの一部なのだろう。


 だとすると、向かう先はきっと自分が目指していた場所に違いない。どんな場所なのだろう。もう深夜に近いはずだが、誰かを起こさなければならないのか。


 ――サッ、サッ。


 反対側から音がした。何かが土を踏みしめてこちらに近づく音。


 後ろを振り向くと、オーヴィは穏やかな表情で目を合わせてくる。その視線が心を落ち着かせる。


「こんばんは、遅い時間にすみません…」


 声をかけてみると、その音は小走りに変わり、さらに速度を上げて夜明に近づいてきた。


 そして、暗闇の中から浮かび上がったのは、美しい女性の姿だった。しかし、人間ではないことは一目でわかる。


 彼女は二十代ほどに見え、美人と言っても過言ではない端麗な顔立ちをしていた。ただ、髪の毛の代わりに、濃い緑色の細い蔦が地肌から生えており、小さな葉や蕾がついている。顔の横には、髪飾りのように大きな白い花が一輪咲いていた。肌は白みを帯びた薄い緑色で、女性らしいしなやかな体つきをしている。服の代わりに、大きな葉っぱがワンピースのように体を包んでいた。


 その人間離れした特徴から、彼女が魔物であることは明らかだった。


 魔物――それは家畜や野生動物とは異なる、闇の世界の生き物。人肉を好み、凶暴で攻撃的であり、中には魔法を使う者もいる。近年では人里に現れることが減っているが、山奥や遺跡には今も潜んでおり、被害が出れば冒険者が退治しに行くという。


 夜明にもある、一般的な魔物の知識だ。


 ――樹妖(ドライアド)と呼ぶべきか。木と人間の間のような魔物のことを、昔いた孤児院にあった童話の本で読んだことがある気がする。


 オーヴィをもう一度見たが、彼の表情は先ほどと変わらなかった。何よりも、目の前の女性が魔物だとわかっても、夜明自身はまったく怖くなかった。


 まるで、この世で一番大事な宝物を見ているかのような眼差しで自分を見ているから。


「…!!!」


 言葉を発していないが、樹妖(ドライアド)は夜明の姿を見るなり、目を大きく見開いて息をのんだ。


「あの、初めまして。ぼく、夜明と言います。ルシアンさんの紹介で来ました。」


 その間、樹妖(ドライアド)は泣きそうな表情で夜明の顔をじっと見つめていた。


 話し終わると、樹妖(ドライアド)は大きく頷き、手を差し伸べた。


 夜明も自然にその手をそっと握ってみると、明らかに人間とは違う肌の感触があった。瑞々しさすら感じる、柔らかい葉っぱのような質感だった。


 樹妖(ドライアド)はそっと夜明の手を握り返し、喜びに満ちた笑顔を浮かべた。そして、先ほど来た方向へと手を引いていく。


 樹妖(ドライアド)がどのような魔物かはわからないが、ここまで壊れ物を扱うように大事に触れられたことは、夜明にはこれまで一度もなかった。ルシアンやジュードの優しさとはまた違った、何か特別なものを感じる。


「案内してくれているんですね、ありがとうございます。」


 樹妖(ドライアド)は言葉を発せないようだが、おそらく意味は理解している。お礼を言うと、樹妖(ドライアド)は振り向いて夜明に優しく微笑み、応えるように手を少し強く握り返した。


 手を引かれてしばらく進むと、樹妖(ドライアド)が立ち止まり、目の前の扉をゆっくりと開いた。




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