3 雑貨屋の相棒
目を覚ましたのは、太陽の位置から察するにもう昼近い時間だった。ふわっとした暖かいものに包まれているような寝心地で、朝までぐっすりと熟睡してしまった。
申し訳なく思い、急いで顔を洗って2階から降りると、すでに朝から色々と準備をしていたジュードが大きく手を広げ、ギュッと抱きしめてくれた。
「おはよう、よく寝た?」
「おはようございます」心地よいではあるが、子供というより赤ん坊扱いされているようで、くすぐったい気持ちになる。
「すみません、何も手伝えなくて…」
「寝られてよかったよ。何も謝ることはないさ。いっぱい寝てて偉い」ジュードは目を細めながら、夜明のくるっとした巻き毛を撫でた。「さあ、お昼ご飯にしよう!」
昼食は、ジュードが朝の用事を済ませた際に町から買ってきた料理だった。わざわざこの町の名物を選んでくれたようで、たとえ同じ腸詰めでも、知っているものとは大きさや色、香りなど何もかもが違っていた。
嗅いだことのない香辛料、初めての調理法に食材、夜明は舌鼓を打ちながらその美味しさを堪能した。
食事の後、後片付けを手伝おうとした夜明の申し出を、ジュードはやんわりとしたが、断れない態度で拒否した。
「君の仕事は、甘いものを食べてお昼寝でもすること!」
「でも…」
優しくされてばかりで、自分がひどくジュードに面倒をかけている気がしてきた。
「あ――そんな顔をしないで」
しょんぼりとした夜明の表情に、ジュードは慌てた。
「君にもっとくつろいでほしいだけなんだけどな…そうだ、じゃあ一つだけ手伝ってくれないか?」
「はい!僕にできることなら!」夜明は飛びついた。
「裏の庭に小屋があってね、今日町から買ってきた、その飼料が入っている袋を小屋にいる僕の相棒にあげてきてくれないか?」
相棒。またしてもルシアンとラピスを思い出す。小屋の庭に何か動物が飼われているのだろう。
「はい!やりたいです!」
羊かな、馬かな、子豚かな…!!床に置いてある大きな袋を持ち上げ、想像を膨らませながら裏口から出て、小屋へ向かった。袋を抱えながら小屋と呼ばれる割にはかなり広そうなその建物の扉を開け、小屋の中に入ると、夜明の顔はぱっと輝いた。
「凄い!!大きい!!」
そこにいるのは、1匹の立派な黒毛の牛だった。全身が漆黒で艶を放つ美しい毛並みで、よく見ると背中には紺色の毛が混じり合っている。ラピスのたてがみの色によく似た、やや黒みを帯びた綺麗な青色だ。
――似た、というより、同じである。
黒毛の牛は夜明を見るなり立ち上がって近づいてきた。巨体だが、穏やかでゆっくりした歩き方だ。
「あの、はじめまして。すみません、突然お家をお邪魔して…」
あまりの貫禄に、無意識に頭を下げたくなった。それを受けると、黒毛の牛も返事するように自分の頭を丁寧に下げた。堂々とした双角は、太陽の光を浴びて光沢を放っている。
「ジュードさんに言われて、お食事を持ってきました。えっと、どこに入れるのかな…」
小屋の中を見渡すと、黒毛の牛は何かを伝えようと低く喉を鳴らし、小屋の一角を見た。
その視線の先には飼料箱があった。
「ありがとうございます。」
人の言葉を理解するほかに、他にも色々と凄いことをしたラピスという利口な馬に先に出逢ったので、今回はすんなりと受け入れることができた。この辺の動物は、きっと格別に聡明なのだろう。そう解釈することにした。
麻袋の中身を出すと、穀物や大豆、とうもろこしを混ぜたものがぱらぱらと飼料箱に落ちていく。
「はい、どうぞお召し上がりください。」
黒毛の牛にそう話しかけると、まるで「ありがとう」と言わんばかりにゆっくりと会釈された。愛情表現が豊かなラピスと比べると、優雅で穏やかな所作だ。
「君は、きれいで賢いだけじゃなく、なんだか気品がありますね。」
牛という動物にほとんど近づく機会がなかったので、その習性をあまり知らない。ただ、目の前のこの牛は、習性というよりも、その子の性格だと感じさせる。
ジュードが言う相棒というのは、やはりこの子のことだろう。同じ場所で育ったためか、ルシアンもジュードも「相棒」という言葉を使っている。
――君もきっとそこで自分の相棒に巡り会えるだろう。
ルシアンの言葉を思い出しながら、優雅に食事を始めた黒毛の牛をぼんやりと眺めていると、夜明はつぶやいた。
「僕なんか、こんなに立派な相棒に出会えるはずはないか…」
その瞬間、黒毛の牛は食事を中断し、夜明に向かって「む――」と低く鳴いた。
「どうしたんですか、何が欲しいのですか。お水替えましょうか。」夜明は優しく問いかけた。
「そんなこと言わないで、って。」
その声に驚いて振り向くと、いつの間にかジュードが小屋に入ってきていた。静かに扉を閉めると、軽やかな足取りで夜明のそばに歩み寄った。
「ごはんをあげてくれてありがとう、助かったよ。」
「あ、いいえ。」
ジュードに向けて、牛は何度か鼻を鳴らした。ただ気持ちを表現しようとするだけでなく、人間のように言語を用いて何かを伝えようとしているみたいだった。
「たくさん褒めてくれてありがとうって、オーヴィからだよ。」
「オーヴィというのはこの子のことですか?」
「そうだよ。こちらの立派なお牛さんのことだ。」
ジュードは自慢げに黒毛の牛の頭を撫でた。
「本当に利口なんですね、僕の言っていることが全部理解しているみたい。ルシアンさんのラピスと同じ。」
「先にラピに会ったから、あまりびっくりしていないんだね。」
「はい、ラピスもとても利口でした。」
「いいな、僕も久しぶりにラピを撫でたいよ。」
「ふふ、僕もです。」
それを聞くと、オーヴィが少し高めな声で鳴いた。
「撫でたいなら、いくらでもどうぞって。」
「いいんですか?」
オーヴィは頷くように首を振った。
「子供が好きだから大喜びするよ。どうぞ、遠慮なく!」
手を伸ばしてみると、またラピスとは違う手触りの毛並みに、夜明は思わず歓声を上げた。
「暖かい…そしてすごい筋肉…!触り心地がいいですね…!」
「わかるわかる、さらさらふわふわ系もいいけど、これはこれでいいよね。」
二人から同時に褒められて、オーヴィは嬉しそうだった。
「仲良くしてやれよ。オーヴィは今から僕たちと一緒に行動するからね。」
「オーヴィも連れていくんですか?」
「そうだな、君を送るついでに実家に頼まれたものも持っていきたいから、オーヴィに荷物を運んでもらおうと思ってね!」
なるほど、森の中で暮らすと何かと不便そうではある。こうして今までもジュードに商品を頼んできたのかもしれない。
「分かりました、よろしくね、オーヴィ。」
「ではでは、昼食も食べたし、私の方の準備もだいたい終わったので、一度家に戻って今夜の計画を説明するね。」
「わかりました。」
「また後で、オーヴィ!」
振り向きながら前へ歩き出したジュードは、見事に顔面を扉に突撃した。昨日も転倒したばかりなのに…
「痛っ…!!」
顔を塞いで悶えるジュードに、オーヴィは顔をしかめて、大きくため息をついたように見える。




