2 おもてなし
大きさや形がそれぞれ異なる、卵とたっぷりの牛酪で作ったふわふわの焼き菓子と、泡立たせた乳脂を載せた細長い餡餅が山のように積み上がっている。
その横にある大きい木の皿の上には、砂糖がかかった乾燥果実と香ばしく焙煎した木の実が何種類も載せてある。
飲み物は、温かい紅茶と搾りたての柑橘の果実水が用意されている。
その他にも、見たことがない美味しそうなものが食卓に所狭しと並んでいる。
「さあ、なんでも好きに食べていいよ!なにか苦手なものとか食べられないものない?それとも甘くないものがいい?僕、軽食作ってくるよ」
ジュードが開いてくれた宴会には、美味しそうで見たことがないものがいっぱい。井戸の水と腐りかけた食料で生きぬいてきた夜明にとって、ひどく不思議なのだ。
釜から出したばかりのような焼き菓子は、ほのかに湯気が立てて、甘い香りがふわっと広がる。
元雇い主である貴族の食卓も豪華そのものだったが、使用人であった夜明がそのおこぼれにありつく機会はほとんどなかった。孤児院にいた頃にはそれなりの食事もあったかもしれないが、今では記憶の彼方で味すら思い出せない。紅茶なんて、貴族様御用達の高級品という印象しかない。
僕なんか口にしていいものか?そもそも、食べ方も飲み方もわからない。
あまりにも立派なおもてなしに、固まってしまった。そんな夜明をしばらく観察していたジュードは、頭を傾げて少し考え込んだ。
「はい、唐突ですが、質問大会はじめまーす!そこのきみ、さっぱりと濃厚なら、どっちが好き?直感でお答えください!」
「え、わかりませんが…さっぱりかな」
「ふむふむ。次の質問!すっぱーいと、あっまーいなら、どっち?」
「たぶん…どっちも好きだと思います。」
「ふむふむ!最終問題、さっくさくと、ふっわふわなら?」
「さくさく、ですかね」
「ご回答ありがとうございまーす!!という事で〜これと、これと…」
ジュードは鼻唄まじりに、小さい取り皿にちょこちょこと何種類かを載せて、硝子の入れ物にたっぷりと果実水を注いだ。
「はい、ジュードの特選の一皿だ!どうぞお召し上がり!」
「あ、ありがとうございます。」
「種類がいっぱいあり過ぎて困っちゃうよね。わかる!僕の場合、全部食べちゃうんだけど、良い子は真似しないでね」
顔を赤らめた。困惑している自分に、助け船を出してくれたのだ。
声こそ出していないが、ジュードのきらきらとした目が「感想を聞きたい」と訴えている。その無言の圧力に負け、おそるおそる小さめの餡餅を一つ取って口に入れてみた。
さっくりと軽い食感が香ばしく、中には煮詰めた果実が入っている。とろとろで甘酸っぱくてサクサク。重すぎず、絶妙なバランスだ。
自分の好みに合わせて選んでくれたのだ。
「おいしいです…ありがとうございます。」
「よかったぁー。好きなだけ食べてね。」
ジュードは微笑みながら、夜明が次々と焼き菓子を平らげていくのを見守っていた。
「出発のことなんだけど、明日の夜に予定しているよ。ちょっとだけ準備があってね。それまでにゆっくり休んでおくれ。」
ルシアンからも聞かされたように、夜明がこれから向かう場所は森の中にある。そして、そこに暮らす子供や住人たちの安全のため、場所は少しわかりにくいので、卒業生であるジュードが案内してくれるらしい(その場所は学校の機能も兼ねているため、成人して出た人たちを卒業生と呼ぶのだという)。
風呂に入ったあと、ジュードに案内されたのは、雑貨屋の2階にある居住部の一室だった。
「家の中のものは何でも自由に使っていいし、お菓子も好きに食べていいよ!もう夜だけど、店の裏に庭があるから、散歩したいならぜひどうぞ。ただ、街の方には夜は一人で行かない方がいいから、退屈かもしれないけど、今夜はちょっと我慢していてね。あと、僕は睡眠があまり必要ない身体だから、何かあればいつでも教えて!では、朝までくつろいでね。おやすみー!」
ジュードは丁寧に一通り説明を終え、夜明を残して部屋から出て行った。一人でいる時の心の安らぎを与えつつ、自由かつ安全に行動できる範囲を教えてくれた。
ジュードの大らかさだけでなく、きめ細かい気遣いに感謝の気持ちを覚えた。
客室用の一室なのか、こぢんまりとしているが綺麗な部屋だ。窓辺にはいくつかの花が花瓶に生けられており、ほのかに香りが漂っている。
窓を開けると、心地よい夜風がそっと部屋に流れ込んできた。街の外れに位置するこの店から見渡すと、南の方には遠くに聳え立つ山脈があり、その麓に広がる広大な森がうっすらと見える。
どこまでも広がっていそうな、その森はまるで樹海のようだ。その中に、明日から自分が暮らすことになる場所がある。
孤児院、実家、学校…
ルシアンとの話から得た情報をもとに、その場所について想像を巡らせた。いったいどんな場所なのか、どんな子供たちがいるのか、そしてなぜ森の中に位置しているのかが特に不思議だった。
だが、緊張や不安はほとんど感じず、むしろワクワクする気持ちのほうが強かった。
今日は早く寝て、英気を養わなければ。
窓を閉める直前、ふとジュードの庭にある木の小屋の中から、何かが光ったように見えた。
横になると、まぶたがどんどん重くなるのを感じる。
――ラピスのたてがみの輝きみたいだね。
その光は、なぜか若い剣士の愛馬を思い出させた。
バター、クリームをそのまま使うことに抵抗を感じていますが、そういえば第一章ではサンドイッチを普通に使った...だって別名出てこないもの...!!
この世界にもサンドイッチ伯爵がいるということで...!!
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