11 勲章
「3、4ヶ月ほど前に屋敷に来たはずだが、今でもいるのか?」
「エリー…」
その名前を口に出した途端、甘くて苦いものが胸を満たした。
「その表情、知っているのか」
(知っているのもなんも、エリーは…エリーは…)
不意にその名前を聞いて、少年はひどく取り乱した。
突然、馬が何か思い出したかのように鳴いた。それを聞くと、剣士風貌の男性は顔を深く被せていたマントを下ろした。
「すまない。顔も良く見えない見知らぬ人に話したくない事もあるだろう。」
どちらかと言うと中性的な雰囲気で、端正な顔立ちが現れた。声の質と同様に、どこか冷ややかさを感じさせる線が細い美青年である。瞳は澄んだ青緑色で、森の奥深くにある静かな湖を思わせた。
ただ、どこか遠くを見つめ、悩んでいるかのように曇っている。
右頬には大きな火傷の跡が残っている。失礼と思いながらもつい目がいってしまう。怪我してからずいぶんと時間が経過したのか、赤みはかなり薄れている。周りの白い肌と比べると、ほんのりと薄紅色に変わった程度だ。
「素顔を見せて安心させたいだけだが、気味が悪いだろう」剣士風貌の男性は申し訳なさそうに自分の頬を隠すように触る。
「あやしいものでは無い、と証明する意味で…私の冒険者の免許だ」
男性が首元から外して少年に差し出したのは一枚の勲章である。
硬貨とさほど変わらない大きさだが、繊細な細工が施されて見事なものであった。純銀で作られたその勲章の中心部には、飛竜の模様が彫刻されている
鱗は細部まで丁寧に彫られており、一つ一つが光を反射してきらめいている。翼を広げ、今にも飛び立とうとしているかのような躍動感がある。
「飛竜…!!」少年は感嘆した。
正直のことを言うと、冒険者の免許なんて見たことがないし、真偽の区別もつかない。ただ、これほど精巧なものは偽造品とは思えなかった。龍の目の部分は透明に近い宝石がはめ込まれている。
「すごい、生き生きしている…特に目が。」
「これ?金剛石という宝石だ。ちなみに、ほかに【鼬】や【草原狼】、【豹】、【虎】、【獅子】、【熊】のものもあるよ。」
「それは、階級が違うということですか?」
「一般的にそういう印象もあるが、本来は何かの分野を極めたいという意味合いである。例えば、鼬は情報収集に特化している稼業で、草原狼は徒党を組んで多人数で任務をこなすことが多い。」
――冒険者。
孤児院にいた頃、時折耳に入る。任務を解決して、魔物を倒して村を救う。おとぎ話の中に生きているような存在。
闇夜に、しなやかな身体が影のように静かでなめらかに、素早く木々の間をすり抜ける【鼬】。草原を駆け回り、統率の取れた動きで進む群れが、連携の取れた動きで巨大の魔物に立ち向かう【草原狼】。想像してみるだけで、憧憬が湧いてくる。
「その飛竜というのは?」
「【飛竜】は、私のような個人行動が多い冒険者だ。仕事の内容というより、依頼主が他の冒険者と少し違って…そうだね、仲介を通じず、国から依頼されることが多いかもしれない。」
国から直接!?
少年の知識欲に答えたいものの、自慢にならないように慎重に言葉を選んでみた剣士風貌の男性は、いつのまにか目を輝かせてきた少年の顔にひどく困惑して、早く話題を変えたいようだ。
「わかりにくいと思うが、ここには私の名前が刻まれている。身分証明書の代わりになれないかもしれないが。」
少年の目線を誘導するように、すらっと長い指先が示したのは、勲章の縁の部分。飛竜の周囲を囲むように彫られているのは、植物の蔦のような記号が連なっている。
それが文字であること以外、読み書きがあまり得意じゃない少年は意味を知ることもそれを読み上げることもできない。
「ルシアン」若い剣士は丁寧に発音した。
「ルシアン…あ、ルシアン様!!」
「様はいらない」若い剣士は目を細めながら、馬の背中をポンポンと叩く。「それでこちらは、ラピス」
「ラピス!きみはラピスなんですね。」
何かが関係が深まったような気がして、何度も馬の名前を呼んでみた。呼ばれるたびに、馬の尻尾が優雅に揺れ始め、美しい弧を描く。
「きみの名前は?」
そう尋ねると、少年の身体が急に強張ったのを、ルシアンが感じた。
「僕の名前、ですか。」心なしに、声まで少し震えているように感じる。
ルシアンはその異変に気付き、すぐ少年をなだめる。
「先ほど話したように、話したくないことは話さなくていい。」
「あの…信用していないとか、そういうことではないですが…」
少年は狼狽えている。
「僕の名前は、その…」
ルシアンが少年の言葉を遮った。
「大丈夫。誰にも話したくないことはある、私にも。ただ私は、どうしてもその少女の行方と安否を知らなければならないんだ。」
「それは、なぜですか。」
「大事な人に頼まれたからだ。」ルシアンがすぐさま返答した。
何かずっしりと重いものが込められている声である。
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