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10 空から

 夜空の闇を追い払うような、ハッキリとした鳴き声である。


 それとも同時に、たてがみが燦然と光を放った。元々、星のような微かな光がまぶしく輝き、それと共に何か振動のようなものが馬を中心に周囲へと拡散した。


 ――何が起こっている?


 そのよう思考の余裕すら奪う、たとえようのない神々しい光景である。少年は思わずため息をついた。


 この場所を中心に突風のようなその振動が、木の枝を揺らしながら、遠く遠くへと広がっていく。再び静かになるまで、少年は言葉を失ったままである。現実と思えないことが目の前に起こり、明晰夢でも見ているような気分である。


 何もかもまったく説明できないが、不思議に驚きも恐怖も全く感じない。


「すごい…君はやはり普通のお馬さんじゃないね」


 その言葉に反応して、馬は誇らしげに首を上げ、優雅にたてがみを揺らした。


「嫌じゃなかったら触ってやれ。喜ぶよ」


 許しを得たので、おそるおそると手を伸ばしてみた。


 馬なんて触ったことがない、嫌がる場所とかないのかな?知らない人に触られて嫌だったりしないのか?


 動物が好きではあるが、これまで近づく機会には一切恵まれていない。戸惑う少年に、馬の方から優しく近づき、その鼻先を手のひらにすり寄せてきた。温かな息が手に触れ、ふにふにで馬の柔らかな鼻が心地よかった。


 暖かい体温、筋肉の硬さ、つるっとした被毛の感触。思いっきり撫でたい衝動を抑え、そっと指を動かし、感激に浸る。


「すごい…綺麗な毛並び…」


「もっと言ってあげて、理解できるから」


 馬は軽く頭を下げ、少年の顔をじっと見つめた。そうだよ、とても話しているような、澄んでいる瞳には穏やかな光が輝いていた。人間の言葉をわかってしまいそうな、知性を宿った目をしている。


「きみほど賢いお馬さん見たことがないです。」


 だってたてがみまで光るよ。それは果たしてどういう理屈が分からないが。


 心から褒めると、馬は満足そうに鼻を鳴らし、さらに顔を近づけてきた。立派な身体だが、意外と人懐っこい性格なのかもしれない。


 その言葉に甘えて、少しずつ触り慣れてきた少年はしばらく撫でることに夢中になった。特に首筋当たりを触ると、馬はうれしそうに目を細める。


 馬を好きなだけ触られる。今までにない、これからもおそらくない千載一遇の機会だ。被毛はとても柔らかくて暖かくて、お日様の匂いがしていて、心までぽかぽかにしてくれる。


「すごいものを見せてくれてありがとうございます。一生の思い出です」


 小声でささやくと、馬もまたもや返事しているかのように鳴いた。


「もっとすごいものを見せてあげますって」剣士風貌の若い男性は代弁した。


 もう僕はお腹がいっぱいだ。少年は心の中でつぶやく。これ以上にすごいものを見せられると、きっと僕はいよいよ現実と夢の区別がつかなくなる。


 もうすぐ栗拾いを再開しなければならない。名残惜しそうにその綺麗なたてがみへ手を伸ばした。絹の糸のように滑らかで、手になんともいえない心地よい感触を残した。


「きみって本当にきれい。こんなきれいなお馬さん見たことがないです」


 もっと見てくれ、と言っているように誇らしげに首を振った。星のように輝くたてがみが、夜風に揺れて光を反射する。


「これ以上言うとうぬぼれちゃうよ」剣士風貌の男性は冗談めかして言った。


「キミは自惚れなんかしませんよ。こんなにも利口なんだから」


 馬は再び嬉しそうに鼻を鳴らし、今度は頬に優しく顔を擦り寄せた。それを剣士風貌の男性はただ静かに見守るっていた。


「僕、本当にそろそろ行かないと。」


 少年は剣士風の男性に向けて頭を下げた。


「ああ、もう少し待ちなさい。もうすぐ()()から。」


「来る、のですか?」


 何が?

 

 不思議そうに首を傾げた少年に、剣士風の男性はそれ以上の説明をする気がないようだった。


 その直後のことだ。


 遠い空から、バサバサと羽音が聞こえた。一羽だけではなく、何羽も鳥が飛んでくる音だった。羽音からして、大きい鳥や小さい鳥が混じっているようだった。


「やっとか。」


 剣士風の男性は空の方を見上げる。その視線を追うとーー


 少年は愕然とした。


 鷹、(からす)(はと)、…。数十羽もの鳥が四方から集まってくる。名前も知らない、見たこともない鳥までたくさんいた。


 大きさも種類もバラバラな鳥たちは、軍隊のように整然と飛びながら、少年たちのいる場所にゆっくりと舞い降りた。共通しているのは、嘴に何かを咥えていることと、青く光る目。


 その青い光は、馬のたてがみの色によく似ていた。


 馬がいなないた。それが号令になったかのように、一羽ずつ少年の前に嘴に咥えていたものを吐き出した。


 --栗だ。


 どれも丸みがあって、つやつやとした見事なものばかり。少年の前に、栗はあっという間に山のように積み上がった。鳥たちも夜空に消えてゆき、森はすぐに静まり返った。


「これで足りるのか」


 剣士風の男性が少年に尋ねた。


「え、あ、はい。」


 目視でもわかる。この麻袋に入りきれない程の栗がある。何が起こったのか全く理解できない。


 ただ、()()が、起こったのだ。


 というより、()()をしてくれたに違いない。


「あの、ありがとうございます…?」


 不可思議な現象に、少年はひどく混乱した。


「私は何もしていない。」


 思わず馬の方を見ると、馬は自慢げに目を輝かせていた。


「ありがとう…ございます?」


 お安い御用さ、とでも言っているかのように馬は鼻を鳴らした。


「なんと感謝すればいいか分からなくて、すみません…」


「子供からは物も金もいらないよ。」剣士風の男性は首を横に振る。


「…ただ。」


「ただ?」


 二人の間に沈黙が流れる。


「答えたくないことを答えなくてもいいし、話すのが嫌なら屋敷に戻ってもいいが、君に聞きたいことがある。」


 もともと話すのが得意なタイプではないだろう。若い男性は言葉を選びながら口を開いた。


「僕が知っていることなら」


 少年にとって意外な言葉である。孤児院や屋敷以外の世界を全く知らない自分は、果たして相手にとって有益な情報を持つことはあり得るのか。


「私は人探しをしているんだ。君と同じ、領主の元で働く使用人のはずだ。」


「使用人なら、顔も名前も全部分かります。」


 自信がある分野なので、少年は少し安心した。使用人は、孤児院出身の者がほとんどで、身寄りも探しにくる家族もいないような人を旦那様は優先的に雇っているからだ。


「それは心強い」剣士風貌の男性はにこっと笑う。


「私は、エリーという女の子を探しているんだ。赤髪で、年齢も君と同じぐらい。その子のことを知らないか?」


 懐かしい名前に不意をつかれ、少年は目を大きく見開いた。


題名迷走中!


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