炙り出し年賀状のオノロイさん
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
御節料理やお年玉、それに初売りの福袋。
正月の風物詩には色々あるけど、忘れちゃいけないのは年賀状だね。
小学校の同級生や親類縁者から届いた年賀状を眺めていると、こんな私でも人並みに嬉しくなってくるよ。
ところが私宛に届いた年賀状のうち、一枚だけ白紙の葉書が混ざっていたんだ。
とはいえ透かしてみれば「鳳飛鳥さんへ、謹んで新春の御祝い申し上げます。」って薄っすらと書いてあるのが読めるから、これが炙り出しの年賀状である事は一目瞭然なんだけど。
「ミカン汁か、ミョウバンか…いずれにせよ、古風な年賀状を寄越した物だね。」
宛名面を一瞥した私は、嬉々として炙り出しの準備に取り掛かったんだ。
右手には屋外用バッテリーへ繋いだドライヤー、左手には件の年賀葉書。
消火器類を始めとする万一の時の用意も、準備万端だよ。
この寒空の下で庭へ出て炙り出しだなんて変かも知れないけど、これには私なりの深謀遠慮が関係しているんだ。
「よし、スイッチオン!」
ドライヤーの温風を浴びせたら、トングで挟んだ年賀葉書の文字がみるみるうちに浮かび上がってくるよ。
ボンヤリとしていた図柄が徐々に鮮明化していく様子は、まさしく炙り出しの醍醐味だね。
「そろそろ判読出来るかな。どれどれ…『謹んで新春の』ねえ。それじゃ、この辺りを熱したら『御祝い』が出てくるのかな?」
ところがドライヤーの位置を変えると、年賀状の文面はガラリと一変してしまったんだ。
何と八文字目の部首は、「示偏」ではなかったの。
「おっと、これは『口偏』じゃないの…すると正しくは、『御呪い申し上げます』って事に…」
黒々と浮かび上がった忌まわしき呪詛の文面は、徐々に生乾きの血みたいな赤黒い色へ変わっていった。
やがて文字の表面がプックリと盛り上がり、誰の物とも分からぬ鮮血がポタポタと滴り始めたんだ…
年賀葉書に炙り出しを施したら呪いの文面が浮かび上がり、その文字列からやがて鮮血が滴り出す。
都市伝説界隈で話題になっている「オノロイさん」の噂は、どうやら本当だったみたい。
もっとも、宛名書きに書いていた「野呂井」という名前で薄々勘付いてはいたけどね。
さっきから背筋がゾクゾクしているし、薄気味悪い声が勝ち誇ったように「呪ってやる」と脳内に語り掛けてくるし、何から何まで噂の通りだよ。
「成る程、『オノロイさん』の噂は嘘じゃなかったんだ…よし!まずは第一目標達成って感じかな!」
「呪ってやる、呪ってやる…えっ、第一目標達成?どういう事?」
さっきから脳内に響いていた陰々滅々たる呪詛の声が、急に戸惑うような口調に変わったね。
こんな朗らかな声色で喜んだんだもの、そりゃ怪異の側だって拍子抜けだよ。
「オノロイさんで良いんだよね?実は私、君の噂の真偽を確認したかったんだ。『私の家にもオノロイさんからの年賀状が来ないかな?』って楽しみにしていたんだけど、送ってくれて感謝するよ!」
「感謝…ですって?!ふざけた事を!私はお前を呪いに来たのよ!それを…」
オノロイさんの口調が、戸惑いと苛立ちの混然とした物に変わりつつあるね。
とはいえ私としては、相手が平静を失ってくれるのは大歓迎なんだよ。
何しろ相手が逆上すればするだけ、付け入る隙が生じてくるのだから。
「物はついでだからね、オノロイさん。もう少しだけ協力して貰うよ。私の知的好奇心を満たす為に。」
「知的好奇心?それはどういう…」
オノロイさんの問い掛けには敢えて応じず、私は火箸で挟んだ年賀葉書を庭土に書いた図形の真上にかざしたの。
そして運動靴の爪先で最後の一線を書き、図形を完成させたんだ。
その次の瞬間、庭土に描かれた籠目紋の図形が青白く輝き、鮮血を滴らせる年賀葉書がビクッと痙攣するように震えたんだ。
「ぐっ…ぐおおおっ!?」
「アッハハハ!流石は陰陽道で聖なる図形とされている籠目紋!邪なる心を持った怪異には効果覿面みたいだね。オノロイさん、御機嫌は如何かな?」
私の問い掛けを無視するかのように、オノロイさんは苦悶の呻きを上げていた。
この様子じゃ、返事をするのは少し難しいかな。
「さてと…それでは、ここで隠し味に塩を一つまみ…」
「あああっ!焼けっ、焼けるぅっ!」
御葬式で貰うような御清め塩をパラパラと振り掛ければ、籠目紋の真ん中へ置いた年賀葉書がビクビクと激しく痙攣し始めたよ。
まるでナメクジみたいな反応を示してくれるオノロイさんは、見ていると本当に面白いね。
その後も真言密教の御経を唱えたり陰陽道の御札をかざしたりと色々と試してみたけど、その度に大仰な悲鳴を上げるんだから楽しくなっちゃうな。
ただ単に耐久力を試すだけじゃ面白くないから途中で尋問も挟んでみたけど、お陰で色々な事も分かったからね。
例えば、御年玉付き年賀葉書の外れ番号に向けられた人々のフラストレーションが凝縮したというオノロイさんの誕生経緯とか、具体的に不幸をもたらすのではなくて「呪ってやる」と新年早々に囁き続ける事で暗示にかけて運気を遠ざけるというオノロイさんの行動パターンとか。
「さてと、オノロイさん?次は神道の祝詞か般若心経を唱えようと思うんだけど、どっちから先に試したい?」
「や…やめて…私、これ以上は耐えられない…」
私の問い掛けに応じるオノロイさんの声は、今にも死にそうな気息奄々たる有り様だったの。
そう言えば真言密教の御経を唱えた辺りから反応が鈍くなって来ているし、ちょっと心配なんだよね。
このまま嬲り殺しにしたら流石に後味が悪いし、新年早々に殺生を働くのは流石に気が引けるなぁ…
「どうかな、オノロイさん?そろそろギブアップしたら。」
「も…もう限界…ギブアップを…」
そう哀れっぽく懇願されちゃうと、こっちが悪者みたいじゃない。
まあ、オノロイさんから一通りの情報は引き出したし、そろそろ楽にしてあげても良いかもね。
「解放してあげても良いけど、交換条件を出させて貰うよ。」
「こ、交換条件?貴女ったら私を何だと思って…」
この期に及んでまだ生意気な口を叩いてきたけど、般若心経のさわりを唱えたら素直になってくれたよ。
我ながら交渉上手だよね、私って。
差し当たって単なる「呪ってやる」から「呪いを解いて祝ってやる」にセリフを変更させてみたけど、もう一つ頼んじゃっても罰は当たらないよね。
「折角だからさ、オノロイさんが出来る範囲で構わないから私に何か現世利益をもたらしてよ。」
「わ、分かったわよ…それなら今月の第三日曜の当選日を楽しみにする事ね。貴女に何か当選するよう、手助けしてあげるから。」
こうして晴れて交渉は成立し、オノロイさんは消耗しきった様子で去っていったの。
怪異を葬らずに説得して助けてあげるだなんて、新年早々に良い功徳が出来て我ながら満足だよ。
そうして例年以上に御年玉付き年賀葉書の当選日を楽しみに待ったんだけど、結局私に当選したのは三等の御年玉切手シートだけなんだよね。
流石の私も「現金や電子マネーギフトを寄越せ」なんて厚かましい事は言わないけど、二等の故郷小包位は欲しかったな。
「チェッ、オノロイさんも随分しけてるなぁ。もし年賀状をまた送ってきたなら文句を言ってやらなくちゃ。」
だけどオノロイさんから年賀状が来たのは、後にも先にもあの年だけだった。
オノロイさんからの年賀状が来ないまま、私は中学も高校も卒業し、そのまま大学生になってしまった。
だけど自分宛ての年賀状が届くと、「オノロイさんじゃないかな?」とついつい確認してしまうんだ。
こうして気にかけてしまうのも、広い意味ではオノロイさんの呪いなのかも知れないね。