悪役令嬢ものなんかに転生してしまいました……逃げていいですか?
悪役令嬢ものに転生してしまいました。
気づいたのは学園入学後。
なんとかしようと思ったものの、何ができるわけでもなく、本日は婚約破棄&断罪予定日。泣きたい。
この1年はたいそう辛うございました。
王族だの高位貴族だのに目を付けられている状態で普通の交友関係が築けるわけもなく、遠巻きにされて、ハブられる日々。
実家は王子との結婚に乗り気なため役立たず。相談に耳を貸しても貰えない雰囲気で、実の親とも思えないのも手伝って、頼る気が萎えました。
せめていま可能な勉強だけはキチンとしておこうと励みましたが、転生元の自分がそんなにハイスペックではないので、限度はあり……。活字と印刷技術すら未発達な世界で学習するのって大変なんですね。ひたすら手書きで、コピーもプリントアウトもデータ提出も不可は辛い。
袋ごと踏まれたポッキーがごとくバキバキに折れた心を抱えてサボりたい誘惑と戦う日々に、こつこつ努力できる性格って、それ自体がすでに素晴らしい才能なのだと、しみじみ思いました。
そんなわけで、王子らによるパワハラ的な迷惑妨害行為の数々を大人しく受け流すのでいっぱいいっぱいで、ストレスまるけの日々を過ごしてまいりました。
そもそも自分より身分が高い相手に物申すのが無作法とされる社会で、かつ、転生前の常識と比べて男尊女卑がエグいところで、常識に配慮したら、積極的になにかできるわけがないですよね。
なぜか"影"だかなんだかっぽい見張りまでつけられて、私生活もプライバシーもあったもんじゃない状態では、小細工ができるわけもなく。……もう最近なんて"影"の人、隠れる気もなく私の部屋でくつろいでたりしてましたからね。いいからたまにはアンタも休暇を取れと声を大にして言いたい。
物語の主人公のような華々しい活躍とか常識外れでスカッとする行動というのは、フィクションで見る分には良いが、自分ではなかなか実行できるものではないということを、思い知りました。
そして、とうとう迎えてしまった運命の日。
そう。悪役令嬢が婚約破棄されて、私が悪役令嬢にざまぁされる日です。
乙女ゲームもののヒロインならまだしも、悪役令嬢ものの"ヒロイン"役だなんて、酷すぎます。傲慢で自己中な転生者役に抜擢されたと知ったときの絶望感ときたら。
神は死んだ……いや、死んだのは私か。どちくせう。
ちなみになぜ普通に乙女ゲーヒロインではなく、"悪役令嬢もの"だとわかったかというと、王子その他の頭と性格が悪かったから。あれが普通のヒーロー枠だったら絶対に話が成立しません。あれはどう考えても、ざまぁ要員です。ブレイン担当が、階段落ち狂言を捏造し始めるに及んで、私はこの日が来ることを覚悟しました。
それにしても、主体的にはなんにもしてないのに、きっちりざまぁ対象にされそうなこの成り行きが恐ろしい。
王子もその他の貴族令息もみんな勝手によってきただけで、私は彼らの強引な我儘につきあわされて泣きそうだったのに。被害者ではなく加害側の首謀者で罰せられるに違いありません。(身分の低いものに罪を負わせるのは、常套手段です)
立場上、話しかけられたら聞かなきゃいけないし、お誘いはイコール命令だし、女子寮に籠もっていても呼び出されたら出ていかざるをえないし、高価なプレゼントは断ったけど、押し付けられたら固辞すると無礼になるし、迷惑だって言えるわけがないし……ホントに詰んでたんだってば!と泣いても、誰も耳を貸してはくれないでしょう。結局、断らなかったお前が悪いってなるか、この期に及んでご令息方に罪を着せようとする悪女と言われるのが落ちです。
逃げよう。
私は決意しました。
三十六計逃げるに如かずと昔の賢い人はいったらしいですし、三十六も計がある人が逃げるなら、私が逃げてもいいはず。
とはいえ。完全に無計画での逃亡は自殺行為なので、多少の段取りは必要です。
覚悟が決まれば後は行動あるのみ。
私は転生前の自分に発想を切り替えました。
もはや、ですわ…とか言っている場合ではありません。
「今日は加減が優れませんの」
そう言ってコルセットはさほど締めないでもらう。最近、ストレスで食欲がなくて採寸時よりやつれたから、ギンギンに締めなくてもドレスは入る。
すぐに気絶しないだけの呼吸を確保するのは重要だ。
髪はきちんとまとめて結い、小粒の真珠をあしらったネットで覆ってもらう。下ろしていると、掴まれたり、絡んだり、視界を覆ったりするリスクがある。それに安価な小粒の真珠は逃亡先で換金しやすい。
仕度を手伝う侍女が下がったタイミングで、"影"の人を呼ぶ。
「そちらの仕度は終わりましたか」
返ってきたのは肯定の沈黙。
腹くくれ。
「動きます」
もう後には引けない。
卒業記念のパーティ会場に、王子のエスコートでいたたまれない雰囲気の入場をした後、次々と挨拶に来る者達の応対をしている王子の後ろで、出席者をそっと確認する。
いた。
壁際の目立たないところで、一般生徒のふりをしている長身のイケメン、あれが悪役令嬢用のヒーロー候補。よくある他国から留学中の……と言うやつだ。普通それぐらいはきっちり把握して接待してこその外交だろうに、王子や有力貴族の派閥の生徒は近くに見当たらない。壁際ボッチ派に見せかけて、周囲をガッチリ身内で固めている。
やだやだ。
彼の視線がこちらに向いたタイミングを見計らって、目を伏せて、中座を申し出る。公式の謁見や儀礼中ならともかく、くだけた学内の催しだからトイレ休憩程度なら無礼にはあたらない。王子の取り巻きは、具合が悪いといえばついてきて人気のないところに引っ張り込もうとする度し難い連中だが、トイレ休憩にまではついてこない。
一人、会場を出て人気のない通路に出たところで、背後に気配を感じた。角を曲がったところで待つ。
後を追ってきた相手が角を曲がるところで、ぶつかりそうな位置で前に出てやると、相手は慌てて躱した。
「失礼いたしました」
「いえ……」
さっき他国の彼の一番近くにいた男だ。こちらも一般生徒の体だが部下だろう。身につけている小物が他国産の高級品だ。下っ端ではなさそうだ。身ごなしはいいが対応能力がいまいち。武官候補だろう。伝令としては頼りないがやむをえまい。
「害意はありませんでしたの。どうかお見逃しください」
しおらしく頭を下げて、必要な伝言を託す。
相手は半口開けてマヌケ面を晒している。大方、私の固有能力の【魅了】に引っかかったのだろう。情けない。この程度、抵抗しろよ。解除不可のパッシブ能力で効果は弱いが、近接した異性は意志が弱いと引っかかる。この能力のせいで様々な迷惑を被った。転生特典だかなんだか知らないが、ほぼ呪いだ。コロコロ落ちるバカどもにうんざりさせられて、正直、今ではこの程度は抵抗できる相手とじゃないと、会話を真面目にする気が起きない。
「なにか、御用でしょうか」
「い、いえ。なんでもありません」
「では、この場はお先に失礼させていただきます」
「はぁ」
よし。必要なことはすべて伝えて了承をもらった。
これで他国者が私を追う名分は潰した。だって用はないから逃げてもいいって言ったじゃん。
口約束の伝言役が今ひとつ頼りないので、やはりもう一つの布石も打っておくことにした。
その足で王族、高位貴族用の控室のある方へ向かう。
当然、途中で誰何されて止められるので、助けを求める。
「怪しい人がいたんです」
怖かったと小さく肩を震わせて微かに涙ぐんで見せると、見張りはきれいに引っ掛った。チョロい。
「ドレッシングルームを探して間違えて人気のない通路に入ってしまったんです」
そこで、何かを探している様子の不審な人影を見たといい、風貌からすると他国人かもしれないと説明すると見張りの男は気色ばんだ。
「こんなものを拾いました。ひょっとしたらこれを探していたのかも」と言って用意しておいた封書を渡す。
「中はなんだかわかりませんが、何か重要そうなので、適切な方にお渡しください」
親切で頼りになる警備の方に出会えてよかったと、大げさに胸を撫で下ろし、友人が心配するといけないので戻りますと言って、さっさとその場を後にする。
私の容姿と今の話で、適切な相手にあれが届けられないようだったら、そんな部下を抱えているトップが悪い。
ちゃんと迅速に届けてもらえる"適切な人"なら、うまく情報を使ってくれるだろう。
この先の部屋で、ざまぁの仕上げのために待機中の第二王子殿下とは直接の面識はない。彼がどの程度の人物で、あのウザい第一王子を蹴落とすだけで満足する気なのか、悪役令嬢も手に入れたいのかは未確定だが、王妃教育で国内の重要機密を修めている悪役令嬢を他国に持っていかれるのは、マズいと判断できる程度の頭脳があるなら、私からのプレゼントを有効活用してもらいたい。
パーティ会場に戻って、いつも通り控えめに愛想笑いしながらバカ共の発言を全肯定していると、ついにバカ王子が身内を集めて、悪役令嬢を呼びつけた。
いよいよ始めるらしい。
「貴様との婚約を破棄する!」
対する悪役令嬢は、対応策の決まった余裕のある顔をしている。うーん。そんなに顔に出していると、この時点でなにかあると察知されて、対応を打たれるぞ。……王子側に能力があれば。
残念ながらざまぁ要員として配置されているバカ王子側にそんな能力はないので、嵩にかかって言いたい放題言っている。
私は胸を痛めてオロオロすることしかできない愚かな娘に徹する。
諸々のイジメや盗難、器物破損、暴行傷害の黒幕があのご令嬢?まさか!の顔。
まぁ、事実、彼女自身はなんの手も指示も出していないから、黒幕とは言えないのは承知している。
単に自派閥の小娘どもをきちんと締め付けて統率できずに、奴らが"正義感"で、あれこれしょうもないことをするのを放置していただけだ。お陰でこちらは酷い迷惑を被った。上位者の無策無能という点では、この悪役令嬢もバカ王子側とどっこいどっこいである。
挙げ句に、第二王子だの他国者だのに助けられてハッピーエンドとは片腹痛い。
事が、完全にでっち上げの階段落ち狂言に及び、悪役令嬢が王子側の武闘派子息に暴力を振るわれたところで、私は行動に出た。ここまでやったら王子も王子の取り巻きも実刑は避けられない。後は悪役令嬢の退路を断つだけだ。
「待ってください!この方がそんなことをなさるはずがございませんわ!!」
床に倒れた悪役令嬢に駆け寄り、助け起こす。
これまで使用人と取り巻き令嬢達のガードが厳しくて、直接の対話はもちろん、怖くて手紙一つ出せなかった相手だが、腹くくった以上は尻込みしない。
「お優しい」、「国母となるにふさわしい方」、「恐ろしい悪事を画策したなどありえません」などと否定しにくいことを一気に畳み掛けて最後に足す。
「それに、貞淑で婚約者として誰よりも殿下を愛しておいでですもの」
ここで即座にノーと差し挟める根性があったら、見逃してもいいかと思ったが、彼女は戸惑ってろくに反応できなかった。貞淑ではなくて精神的に浮気している売国奴ですと言い出しづらいのはわかるが、男頼みの優しいだけの悪役令嬢なんて、ざまぁの権利はないぞ。
「そうですわよね、殿下。彼女からの愛を疑ったことはないでしょう」
「あ、ああ……まぁな」
満更でもなさそうにバカ王子が肯定する。よし。
私は悪役令嬢の手を取る。
「お聞きになったでしょう。婚約の解消などけして承諾してはいけませんわ。貞淑な貴女様の愛を殿下は信じておいでなのですもの。誠意を尽くして誤解を解いて差し上げるべきです」
「え……は?」
何を言われているのか、状況についていけていない悪役令嬢がした生返事を肯定と受け取る。
「殿下!このように是非にと望まれているのですもの。ご婚約の件は……」
「あぁ、うん。まぁ」
王族に否定や命令はできないので面倒な段取りを踏んだが、婚約破棄撤回の流れは作った。少なくともこの場で婚約解消確定とは言い切れなくはなっただろう。
これで他国者がこの場で介入して「いらないならもらうよ」と悪役令嬢を連れ出すのは無理になった。
"婚約者である王子を愛しているわけではない"と啖呵を切るタイミングを完全に潰された悪役令嬢は、このあとヒーローに鞍替えするのが困難になるだろう。せいぜい苦労するがいい。イジメを止められる立場にいながら傍観した者は無罪ではない。泥舟と心中したまえ。
「話は聞かせてもらった!」
会場の様子を見計らって第二王子が入ってきた。
壁際にいた他国者の周囲にさり気なく第二王子の手勢が付く。
おっと、プレゼントは受け取ってもらえたらしい。
ひと目見てわかった。あの第二王子は腹黒キャラだ。これだけやらかした第一王子達が無事に見逃されることはないだろう。
私は悪役令嬢を第一王子組の方にそっと送り出し、身分の低い者相応の礼をとって、場の中央から下がった。
第二王子がこの場をまとめる演説をぶっている間に、私の傍らに第二王子の手勢とよく似た格好の護衛兵っぽい者がきた。
逆らわず大人しく引き立てられる。
「こちらへ」
「はい」
言葉少なに会場を出て、誘導されるまま、裏手の馬車止めに出る。そこには紋章も何もない馬車が用意されていた。
私を馬車に乗せると、私を連れてきた相手は、そのまま、御者台に座って馬車を出した。
「どちらまで?」
「どこでもいいの?」
「主家にはお暇を頂いてきた」
「悪いわね」
「いい」
この一年間、私が辛いときにいつでも側にいてくれた"影"の人は、ぶっきらぼうに答えた。
いつの間にか護衛兵っぽい上着を地味なものに着替えている。
私も王子から贈られたドレスを脱ぎ捨てて、馬車の中に用意されていた服に着替えた。
ふふ。彼の考える私のイメージってこういう服なのね。さすが、この一年、私の弱さも情けなさも、ずるさも強さも見てきて受け止めて、その上で私を選んでくれただけのことはある。
私は、最大の理解者で最愛の相棒に、逃亡先の国名を告げた。
「二人で組んだらいい感じに冒険者でやっていけそうじゃない?」
自重して使っていなかった転生特典の固有能力の数々と、学園でガッチリ習得した技術と知識があるんだもの。バディ物の冒険譚のアクティブなヒロインとして生きてもいいんじゃないかしら?
言語、鑑定、収納の基本チートパックに、聖女級回復魔法持ち。効率レベリングによるハイステータスだけでも凶悪なのに、王国の門外不出持出禁止希少魔術書の写しと、アクティブ能力の誘惑、洗脳系固有技能もあったりする。
こんな奴が、前衛能力もバカ高い隠密職のプロと組んで逃避行です。
……そりゃぁどこへなりと逃げれるやろ。
ちなみに"影"の人は、特殊能力による魅了も魅惑も抵抗しきった上で、主人公のダメさに惚れた人。
日の当たる世界で、二人でバカ笑いしながら冒険してもらいたいものです。
お読みいただきありがとうございました。
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