神聖無責任帝国 今上怒りの神権政治
大日本帝国が異常事態に気づいたのは、意外な事に早い。更に意外な事に、政府が転覆寸前になる程の被害を受けていない数少ない国家の一つで有った。被害ゼロと言う訳ではない、死者の津波に飲まれた他国と同じく、この国も被害を受けている。
大日本帝国の受けた被害は、他国とは大きく毛色が違う。大日本帝国は、曲がりなりにも生者が政権を運営している欧米と違い、死者に完全に政権を奪われたのである。
大日本帝国は、蘇った明治大正、そして今上の天皇の権威を後ろ盾に、明治の元老たちが掌握する神権政治社会へと退化していた。近代議会政治は後退し、ついでに機能不全だった大政翼賛会は粉砕され、抵抗する議員は次々に逮捕拘禁されていく。
何が此処まで蘇った者を強引にさせているかと言うのが、大日本帝国の、意外なほどの事態への対処の速さの理由でもある。
考えて見て欲しい。近代と言う物は、出来うる限り、宗教やら迷信やらの幻想を廃し、新しい幻想である国家やら民族やらをその基本原理として成立した社会である。
そこにドーン!残念!迷信は本物でした!この世に神も悪魔も存在しまーす!残念!幻想なのはお前ら近代の方でーす!と来たのが今である。それに対処する能力は近代社会で有ればあるほど、失われている。
大日本帝国は残念ながら近代社会とは程遠い、ここ十年程、流行りの国家主義に傾倒し、天皇崇拝と国家神道を振り回し、あからさまな暴力でもって、自己の存在を世界に確立しようとした、ならず者国家である。
国民も、そも政府指導者たちだって、なんでこうなったか分からない迷走ぶりに飽き飽きしている。そこに明治大帝を始め責任能力に溢れるお歴々の復活である。
もう良いじゃないか彼らに投げてしまっても、所詮我々に国家運営など出来なかった。見ろよこの焼け野原、我らは受け継いだ栄光を完全に溝に捨てたのだ、ここは政権を返上し、彼らにお任せしようじゃないか。そんな空気が日本中に充満している。
これが戦争序盤であったり平時であれば、そんな馬鹿な空気が充満する事も無いが、今まさに国土は焼け野原、飢餓の恐怖と、自分で言って信じ込んでしまった、鬼畜米英の侵攻が、本土に迫る瞬間である。
責任を彼らは投げた、それはもう剛速球でぶん投げた。投げられた方はたまらない、でもやるっきゃない。天皇陛下は怒り心頭、此処まで臣民が無責任極まりない存在であったとは!戦時のストレスと今までの鬱憤は爆発し、現人神の暗黒面に落ちた陛下は、その暗黒面のパワーを明治の元勲たちに委任する、逆らう奴は臨時近衛大将に抜擢された乃木大将が踏みつぶす。
乃木さんだって怒ってる。これが自分が殉死してまで諫めたかった帝国の姿か?自分の学習院での教育は間違っていたのか?ダース乃木大将は、復活した子息を連れて、嘗ての教え子の粛清に乗り出す。「近衛君?ちょっと来なさい」
天皇の権威は、神の実在が証明された事で爆上がり、そこに死者が持ち込んできた無限の食料で、飢餓の回避が重なり、沖縄、硫黄島、サイパンがポップアップした守備隊の手で奪還されるに至り、大日本帝国の神権化は完成する。
日本国民は目撃したのだ。憎きB29が焼夷弾を落とした思えば次々に墜落していき、艦砲射撃を我が物顔で敢行していた戦艦が迷走の上、陸地に乗り上げ座礁する、そして二度と会えないであろうと思っていた家族が帰って来たのを。
神は実在した!神州は不滅!天皇陛下万歳!もう天皇陛下がいれば良い!政府は陛下の任命に任せよう!
馬鹿なの?阿保なの?明治維新の犠牲の意味は?これまで近代化の努力に何してんの?そう皆さんはお思いだろうが仕方がないじゃないか?史実でもマッカーサー万歳とか言ってた国民だし、こうなるのも当然ではないだろうか?
1945年九月十六日 復興の始まった帝都にて
帝都の日常はやかましく、そしてキナ臭い。特に皇居の周りは危険でデンジャラスなゾーンとなっている。今も皇居乾門では、怒りの中国人御一行と近衛連隊が押し合いへし合いの大太刀回りを演じ、その周りでは商魂逞しく商売する出店と見物客が集まっている。
世界中が混乱に陥り、太平洋戦線は自然休戦にある現在、大日本帝国の喫緊の課題は、支那戦線をどの様に収めるかになっていた。戦争なぞ出来はしない、溢れる人民の津波に支那派遣軍は瓦解し、満州国境と福建、上海に押し込まれ、何とか本土に脱出しようと藻掻いているのが現状なのだ。
幸い、支那の方も、国民党、共産党、復活した清帝国そして各地の軍閥の際限ないデスマッチになっているので、敗走する日本軍を気にしている余裕は少ないが、それでも百万を超える要員の脱出は困難なのだ。
満州方面は、額に青筋を浮かべる張学良に、石原莞爾始め、満州事変首謀者を差し出す事で何とか邦人脱出を進めているし、一時は騒乱の渦に巻き込まれた朝鮮も、大韓帝国の復活で事態の収拾を図れたが、賠償代わりに、兵を供出しろと迫る国民党と共産党に将兵を攫われまいと、軍民総力を挙げて脱出作戦を展開中、あいつら死なないと分かったら三国志の時代に逆戻りしている。
何より今まで支那で暴れまわった結果散々出した、膨大な数の被害者の群れが、謝罪と賠償を求めて皇居に殺到しているのが問題だ。
天皇を出せ!一発殴らせろ!引き回してやる!と叫ぶ連中に大人しく陛下を差し出す事など出来る訳がない。なんで、皇居を手放して陛下を脱出させないのか?
今や皇居は大本帝国の政治の中枢なのだ、焼け残った国会議事堂など当の昔に暴徒の群れに破壊されてしまった。陸軍省、海軍省も同じ、怒れる戦死者将兵とその家族、外国人の合同部隊が踏みつぶしている。
あれをご覧さなさい。東条さんが風に揺られているのが見えるでしょう。辻だって、牟田口だって花谷だって服部だって揺れている。自発的か捕まったのかは知らないが、あれ誰の発案なんだろうね?海軍の方?海の中で良く見えない、何?無制限潜水?それは辛そう
誰の発案?山縣有朋?彼ならやりそうだ。今や真の現人神たる陛下に責任を取らせる訳には行かないのだ。誰かが鬱憤を晴らしてやる必要がある、死なないので有れば派手にパフォーマンスすしなければ。
話している間に、皇居の争乱も終わりそうだ。新選組と西郷軍並びに白虎隊有志の皆さまの突撃だね。復活した元賊軍の皆さまは特別のご温情を持って、賊軍の汚名を許され、こうして晴れて官軍となっている。
先頭を走る土方、近藤の嬉しそう顔をご覧さない、あれ西郷さんまでいる?柴五郎大将もだ若返って嬉しそうだね。
粗方が疲れて帰るか、お堀に叩き込まれて、争乱は終わったようだ。また明日も来るんだろう、そう簡単に恨みつらみが消える訳はない。
これは今の世界の縮図なのかもしれない。今は、お互いがスッキリするまで、ひたすら殴り会う時期にいるのだろう。やってしまった事は取り返し用もない。でもいつかは解決しなければいけない問題だ。今までは、死ぬこと忘れさる事で問題は解決された。
だがこれからの世界は違う。忘れる処か、過去が蘇り元気に歩いている、食いもするし笑いもする。許せる物か?水に流せる物だろうか?
判らない、だって初めても事なんだもの。どうなるんだろう?まあ、何とかなるんじゃないかな?無責任?済みません。
ほら皆生きているんだ、死んだら何にもならないと言うではないか?生きてればどうにかなるさ、人は悔い改める事が出来る。神様だってそれ位わかってるよ。考えてないからこんな事態になった?確かに。