第十夜 避難(2)
レイ達は、避難所となった道の駅で一夜を過ごした・・・。
お昼を過ぎても、新しい避難指示は出なかった。
それよりも、避難の疲労や心労が溜まっていて、食堂にいた人達は、また横になったり机に俯せたりしていてすぐに動き出そうとする雰囲気はなかった。
僕達も、何も情報がなければなにが出来るわけでもなく、駐車場で歩き回ったり、追いかけっこをしていた。今思えば事態の恐ろしさを理解しきれていなかったとは言え、無邪気なものだったと思う。
食堂で隣に座っていた菜の葉お姉ちゃんとは仲良くなった。落ち込んでいる菜の葉さんの気を少しでも紛らわせようと、篠崎のおじさんが僕達と一緒に遊んでほしいと頼まれたせいもあった。一緒に遊んだけど、あまり元気を取り戻したようには見えなかった。
⦅タチバナ様、駐車場から出ないようにお願いします。⦆
僕達がAIローレンに、注意されながら遊んでいた頃・・・
ツクバでは、陸上自衛隊と、無数の陸上機動小型AI兵器との戦闘が続いていた。
素早く走り回り、小さな物陰に隠れつつ迫って来るカニのような小型兵器に、陸上自衛隊は苦戦していた。この時代には戦車のような大型兵器は優位性を保てなかった。特に日本のような複雑な地形や都市部では、このように機動性の高い小型兵器が、まるでウィルスが侵食していくように拡散し、じわじわと占領していくのである。陸上自衛隊には、進出してくるカニマシーンの群れに対抗する術を持ち合わせていなかった。物陰から散発的に発砲してくる彼らに反撃するタイミングすら取れなかった。もしあるとすれば、発砲が確認された場所に小型ミサイルかバズーカ砲を浴びせて、場所ごと吹っ飛ばすくらいであるが、それさえも有効な攻撃ではなかった。
「住民の避難は終わっているか。」
坂東一等陸尉は、視線を前に見据えたまま、そばに待機している下士官に聞いた。
「はっ。ほとんどの市民は市外か、地下シェルターに避難しております。」
「地上には、どれくらいの住民が取り残されているのか。」
「生存が確認できる信号は、124名です。」
親指の付け根に埋め込まれているチップにより、住民の位置を確認できるのだった。市民には多くの犠牲が出ていた。遺体の回収もできない。
「古河からの応援部隊はどうなっているか。」
「偵察警戒車と装甲走輪車による1個中隊がこちらに向かっているそうですが、まだ数時間はかかるとのことです。それから、入間からの航空支援ですが、攻撃用ヘリ4機と救援ヘリ2機がまもなく到着します。」
「わかった。両部隊には、住民の救援を最優先と通信。明後日未明、住民の避難を確認したのち、当部隊は、作戦本部を閉鎖、つくば市を放棄し、脱出すると伝えてくれ。地下シェルターの住民は、順次、避難坑道を使って埼玉方面に避難するよう、非常保安局に伝えてくれ。」
(やるだけやってみるしかない。)
彼らには勝算が無かった。短期的にも、中長期的にも、だ。ただ目の前にある自分達に課せられた任務を全うしようとするだけである。東部方面本部との連絡は間断にしかとれず、戦況を把握事すらままならない。ただ、自分達の力が及ぶ範囲に傾注し、市民を守ることが自分達に課せられている最後の任務だと覚悟を決めて、精神を集中させていた。自衛官として、それが全うできれば、自分達の生は意味があっただろう。そう思っていた。
既に死傷者が出ていた。報告を受けるも、その数は不明である。度重なる電波障害を受けて通信がままならないからだ。そんな中で敵の自律型機動兵器は、少ない命令情報だけで戦闘を続けることが出来た。事前に登録されている作戦パターンからAI自身で判断して行動するからだ。
(今更後悔しても、始まらぬか。)
自衛隊にも、そのような機動兵器が装備されれば対抗できたのかもしれないが、時代の趨勢を読めなかった多くの日本人は、そういったことに無関心であった。坂東一等陸尉は、自分達は、今、最先端の兵器に対して竹やりを持って戦う旧日本陸軍のような気持ちであった。
(これも運命か。)
彼は、第二次世界大戦で戦死した山本五十六に想いをはせた。国力の違いから、いずれ戦力で劣っていく日本軍が、米軍と戦っても勝てないと反対していた彼の無念が分かるような気がした。
(それでも・・・。)
それでもやるしかない。自分の決意に揺るがないことに確信し、最善を尽くせるよう思考を巡らせた。山本五十六がそうであったように。
「音速ミサイルの飛来は確認されていないか。」
「はっ、最初の攻撃以来、着弾した振動を感知していません。迎撃しているのか、発射されていないだけなのか、情報がありませんので依然不明です。」
「海自が頑張ってくれているのかもな・・・。」
実際、音速ミサイルは潜水艦からも発射されることが少なくなかった。海自が敵潜水艦を撃退してくれれば、音速ミサイルによる攻撃は少なくなる。
「我々も最後まで踏ん張ろう。出来ることはあるはずだ。」
「もちろんです!最後まで戦い抜く所存です!」
静かな侵略者を前に、彼らは最後まで戦い抜くことを誓った・・・。
遊び疲れた僕達は、菜の葉お姉さんと一緒に駐車場のベンチに座っていた。
「ローレンさん、僕達の町はどうなっちゃったの?」
ユウは道の駅のAIローレンに無邪気に聞いた。
⦅つくば市のことですね。大変申し訳ございませんが、私どものところへは、情報が入ってまいりません。ただ、あちこちで通信がつながらない状況を判断しますと、あまり芳しくない状況が予想されます。⦆
近くのポールについたスピーカーから、AIローレンの声が流れる。
「僕達の町のAIさんは、なんでも答えてくれたのに、ローレンは何も分からないんだね。」
「バーカ、ネットがつながらないのに分かるわけないだろ。ユウはまだ子供だよなぁ!」
「バカじゃないもん!じゃあ、兄ちゃんは知ってるの?!」
「なんだと、生意気だぞ、ユウ!」
「こら!兄弟仲良くしなきゃだめよ。まだ避難は終わってないんだから。」
「バーカ!バーカ!」
「兄ちゃんこそバーカ!」
菜の葉お姉さんは、弱々しい体で、僕達のケンカを止めようとしていたが、口喧嘩は少し続いた。
近くの大人が僕達の間に割って入って、やっと収まった。僕達は、本当に子供だったと思う。
そんな時、一台の自衛隊の装甲車が駐車場に入って来た。
しばらく筆を止めてました。
続きが思いつかなかったせいもありますし、引っ越しやら、新しい職場やらで・・・、まあ、言い訳になるのですが・・・。
自分の書いた小説のキャラクターたちから「早く続きを書きなさい。」という無言のプレッシャーがかかってくるようで、なんとも不思議なものです。
あらためて、自分の心の中に、キャラクターが生きているのだと思いました。