『雨のせいだから。』「テーマ 放課後 〜ゆいこのトライアングルレッスン・ムービー〜」
教室にチャイムが鳴り響きクラスメイトがゾロゾロと帰り始める中、聞き覚えのある声が私の耳に届く。
「お〜い!ゆいこ〜!」
たくみが廊下から手を振ってこちらに声をかけているのが見えた。
まだ殆どのクラスメイトが残っている教室内がざわついた…。学校でもイケメンの先輩として噂になっているたくみとひろし。
先輩が教室に来るだけでも目立つのに、その噂になってるたくみが来たら変に注目を集めるに決まってる。
「あっ!もぅ〜!教室には来ないでって言ってるのに〜!」
私はそう呟き、慌てて廊下へ向かう。
小走りで近づき腕を引っ張って、教室から離れた所までたくみを連れて行く。
「おいっ!何だよゆいこ!?」
「もうっ!たくみはただでさえ目立つんだから教室には来ないでって言ってるでしょ!?」
「え〜?そんな事ないっしょ?そんなに怒るなって!」
たくみはヘラヘラ笑いながら悪びれもせず言う。
「そんな事あるのっ!も〜!…で、教室まで来てどうしたの?何か用事?」
「いや、今日はひろしが用事あって先に帰ったから、せっかくなら一緒に帰ろっかなぁと思って迎えに来たんだけど…。でもそんな事言うなんて!俺、傷ついちゃうわ〜!」
いじけた様に口を尖らせて言うたくみの言葉にドキッとする。
(迎えに来てくれたんだ…。)
いつもはおちゃらけてるけど、根は優しくて真っ直ぐで正義感の強いたくみに私はずっと憧れていた。
「…サラッとそんな事言うなんてズルいよ。」
小さな声で呟いた。
「ん?なんか言った?」
「う、ううんっ!何でもない!今、用意してくるから待ってて!」
「おっけ〜!早くしろよ?」
へへっと笑いながら言うたくみの笑顔にまたドキッとさせられる。
ニヤケそうになるのを堪えて教室に向かった。
………
「お待たせ〜!」
ゆいこは慌てて帰り支度をして教室を飛び出してきた。
(そんなに慌てなくても俺ならいつまでも待つのにな。)と、心の中で呟いてみる。
「…可愛い奴め。」
つい口をついて出た言葉にクスッと笑い、ゆいこの頭をワシャワシャする。
「ちょっと!やめてよ〜!」
「俺を待たせた罰だっ!おりゃっ!」
「もうっ!たくみのバカーっ!」
二人でじゃれ合うこの時間が好きだ。俺はゆいこが好きで可愛くて仕方ない。でも、この関係を壊してまで伝える勇気は俺にはなかった。
一体いつまでこのままでいるんだろうか…。
「よし。帰るか!」
「はいはい。気が済んだみたいね。はぁ…疲れた!」笑いながらゆいこが言う。
「しょうがねぇな!ほれっ!荷物持ってやるよ。」
「えっ!いいの!?ありがと〜!」
パァッと目を輝かせたゆいこを見て、その場で抱きしめたくなる気持ちをグッと堪えた。
(…俺の意気地なし。)
他愛もない話をしながら二人で並んで帰る。
近所の公園に差し掛かった時。
…ポツッポツッと音を立てて、地面に模様が浮かび上がる。
「うわっ!雨だ!」
「きゃーっ!急に降ってきた〜!」
「ゆいこ、走れ!公園の東屋で雨宿りしよう!」
「うんっ!」
みるみる雨粒が大きくなりザーーッとバケツをひっくり返した様な降り方に変わる。
バシャバシャと足元で水が跳ねる。
全身ずぶ濡れになりながら俺たちは屋根の下へと走り込んだ。
「はぁはぁ。マジかぁ〜!夕立かよ!」
「はぁっはぁ。…もう最悪っ!びしょ濡れだよ〜!」
この時期にはよくある事だが、さっきまであんなに綺麗に晴れてたのに酷い天気だ。
「ゆいこ、大丈夫か?」
「う、うん。何とか…。」
何故かスカートの裾を絞りながら、ゆいこがモジモジしている。
「…ん?どした?」
「な、何でもないっ!」
目を合わせようとしないゆいこの顔を覗き込んで驚いた。
顔が赤い…耳まで真っ赤だ。
「えっ。ホントにどうしたんだ?どっか痛いのか?」
ゆいこは首をブンブン横に振る。
「違うっ!どこも痛くなんてないよ。…ただ。」
「ただ?…ただ何だよ。」
「たくみの…背中、カッコいいなって。」
「えっ!はっ?ど、どうした…?」
突然の事にドギマギしてしまう。
よく見たらゆいこも全身ずぶ濡れでいつもの雰囲気とは別人のようだ。意識してしまったら最後、もうどこを見ていいか分からない。
「ねぇ…たくみ?」
髪から雨の雫が滴って急に大人びて見えるゆいこに潤んだ瞳で下から見上げられ、俺は頭の芯が熱くなるのを感じた。
「…もう我慢出来ねぇ。」
そう口にするかしないか…その刹那。
俺はゆいこを抱きしめていた。
「そんな目で見んなよ。俺、お前の事……」
そこまで言いかけた所でゆいこが遮る。
「…好き。ねぇ?私、たくみが好きだよ。」
「おまっ!お前なぁ!俺がそれ…今言おうとしたのに台詞取るなよ〜。…ったく!俺もゆいこが好きだ。……大好きだよ。」
雨に濡れて二人とも体が冷えて寒いはずなのにこうしていると熱いくらいだ。
お互いにギュッと抱きしめる腕に力を込めた。
あと少しだけ…もう少しだけこのままで。
こんなに雨が止まない様に祈ったのは生まれて初めてだった…。