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滅亡後の異世界に転移したチート能力者は、それでも褒められたいらしい

 男が目覚めたとき、彼は荒野に立っていて、無数の化け物に取り囲まれていた。

 揺れ動く黒い体毛を持つ球体に近いその化け物には、それぞれ七つずつ手足が生えていて、奇妙なダンスを踊るように男へと殺到していく。

 全身の約五割を占める巨大な口を開いて、男をむさぼり食おうと迫っているのだ。

 男は落ち着いた表情で、ただ一言だけ呟いた。


「『解放パージ』」


 瞬間、男の全身から炎の渦が吹き上げて、怪物を次々に燃やしていく。

 知性のかけらもないような化け物たちは、次々に炎に飛び込んではその身を消し炭に変えていった。

 結果、後に残されたのは黒焦げ怪物の死体の山。

 その中心に悠然と立って、男は堪えきれない様子で大げさに笑った。


「クク……ククク……アッハッハッハ!!」


 死体の山を蹴飛ばして、男はその場を飛び上がった。

 男の体は地上から数十メートル浮かび上がり、そのまま空中で静止する。

 男の背中には、竜のような大きな翼が生えていた。

 男の着ていたスーツは翼に貫かれて破れていたが、男がそんなことを気にする様子もなかった。


「……最高だ! 素敵だ! たまらない! まさか俺が、こんな力を手に入れられるなんて!」


 上空高くから地上を見渡し、男は満足そうに息を漏らす。


「異世界の空を、自由に舞うのは俺一人! 俺にしか出来ない、俺だけの力だ。こんないいものを手に入れられるなんて、真面目な人生を送るのも悪くなかったな!」


 地平線の先まで広がる荒野。曇天の空。

 鬱々とした空気の中だが、男の表情は明るかった。


「だがもう真面目な人生も終わり、ここから先は自由にやるぞ! 俺のやりたいように、思うがままに! そのために俺は、この異世界にやってきたんだから!」


 男の名前はくろがね竜吾りゅうご

 つい先ほど、元いた世界からこの世界へと『転移』してきた日本人の青年だ。転移してくる前は高校生をやっていた。

 ここにやってくる直前、彼はこの世界の神と一つの契約を取り交わした。

 それは『条件付き不老不死』と『異能力』の修得。

 神が指定したとある人物を倒すまで『不老不死』で居続けるなら、人智を越えた異能力を与えようと、鉄は神に提案されたのだ。

 不老不死と言えば誰もが一度は憧れる力で、好きなときに取り外せるとなればリスクも少ない。それに加えて特殊能力まで手に入れられるなら、断る理由はない。そう考えた鉄は、神の提案を快諾して――――この世界に降り立った。

 彼に渡された異能力は『竜』の力。

 伝説の生物の中でも最高位に数えられる高貴な神獣の力を、彼は自在に操ることができるようになったのだ。


「さあ、どこから冒険しようか! 全くの未知の世界、そして圧倒的異能力! 俺の第二の人生、前途はすこぶる明るいぞ!」


 興奮冷めやらぬまま、鉄は右手の方角へと翼をはためかせて飛翔した。

 現在彼は、持続的に長時間亜音速で飛ぶことができるようになっている。

 彼の背中に宿る、『竜の背中』の力がそうしているのだ。


 目指す先はない。ただ、人に会いたかった。

 自分が手に入れた力を他人に見せびらかして、自分が今どれだけすごい存在になったかを見せつけたかった。

 今し方消し炭にした化け物のような雑魚を圧倒するのももちろんいい。いいのだが、やはり知的生命体に見せつけたい。この世界の人間と比べて、自分がどれだけ優れているか実感したい。

 もしこの世界の人間が当然のように自分と同じ力が使えるとしたら、折角のすごい力も意味はない。

 誰も出来ない上で自分だけが使えて初めて、この力には意味がある。少なくとも鉄はそう考えていた。

 だから彼は、人を探そうとしていたのだ。


「まだ見ぬ異世界の現地民よ! 俺を見て腰を抜かせ! 恐れおののけ! 最強無敵の、大いなる異世界転移者様のお通りだ――――!!」


 しかし彼はまだ気付いていなかった。

 地平線の向こうまで荒野が続き、曇天に包まれたこの異世界の秘密を。

 そして、彼の異世界転移の中に仕組まれた狡猾な罠の存在を。




 飛翔開始後二〇分。くろがねはまだ空を飛んでいた。


「燃えやがれっ!! 気持ち悪い化け物共め!」

「ギュシャアアアッッッ!!」


 未だに人の姿は発見できていない。ただ、空を飛ぶ何体かの怪物モンスターには遭遇した。

 いずれも鉄が異世界に想像していたようなファンタジー色の強いものではなく、ホラーに登場しそうな異形の化け物たちばかり。

 鉄は、気味悪さ半分・ストレス解消半分で、その怪物たちを片っ端から地面にたたき落とした。

 『竜』の力を手に入れた今の彼は、前の世界にいた頃の数十倍のパワーを発揮することができる。

 前の世界では中の下程度の腕力だった彼も、今は拳の一突きで化け物の体を貫くことができるようになっていた。

 降りかかった返り血は、口から放つ炎で蒸発させて消し飛ばせる。

 この炎は彼の思うように自由に操ることが出来る竜の炎で、衣服を燃やさず血だけを消し飛ばすことが出来た。


「いよおっし! 飛んだ飛んだ、随分飛んだぞ!」


 最後に倒した怪物の死体を地平線の彼方に投げ飛ばしながら、彼はその場で一回転した。

 今のところ、大体のことは順調だった。

 いつまで飛んでも、人里どころか生命の気配すら感じ取れないということを除いては。


 流石に地形はどこまでいっても不変ということはなく、途中に山や谷、ちょろちょろと淀んだ水が流れる川や枯れ木の林くらいは確認できた。

 しかし、そこまでである。

 人がいたという形跡はもちろん、青々とした緑の草原や清流、花畑といった彩り豊かな自然すらも確認できていない。

 生き物も、確認できたのは異形の化け物ばかりで、知的生命体は愚か鳥や虫すら見つけられていないのが現状だった。


「……まさか、あんな気味の悪い化け物しかいない世界……とかじゃないよなあ?」


 だったら嫌だぞと嘆息しつつ、鉄はさらに飛行を続けた。

 彼が集落らしき家々の影を見つけたのは、それからさらに一時間後のことだった。




「やっと見つけたぞ……ずっと平坦だったから、もしかしたらずっとこのままなのかと怖くなったじゃないか!」


 視界に移った小さな集落を認めて、鉄は急ブレーキをかける。

 『竜』の力を得たことで強化された彼の視覚は、高速で移動しながら数十メートル下の景色を正確に捉えることができる。

 また、亜音速移動から急停止しても肉体にダメージを負うことはない。


「さあ、良い感じにちょうどいい現地民がいてくれよ~? 善良で、それでいて俺の力に腰を抜かすくらいのちょうどいい現地民が! 俺の力で解決できるちょっとした問題でも抱えてくれていたら、なおいいな!」

 自由落下速度を超えるスピードで着地した鉄は、眼前に広がる集落を見渡した。

 そこは不思議なほどに閑散としていて、集落であるはずなのに全くといっていいほど人気がなかった。


「ん~? おっかしいな、まさか廃村か?」


 当てが外れてがっくり肩を落とす鉄。


「いやでも、たまたま留守にしてるだけで普通に生活してるかも知れないし……って、なんだこれ」


 げんなりとしながら手近の家に足を踏み入れた彼は、その家の中に家具らしいものが何もないことに気付く。

 否、家具だけではなかった。

 外見は普通の家に見えたその建物は、壁と屋根だけを取り繕っただけの張りぼてで、床もなければ内装は壁材が剥き出しになっていた。とても人が住める環境には見えないし、そもそも真っ当な家だった時期があるとさえ思えなかった。


「……まるで、セットみたいな……」


 その後、他のいくつかの家も調べたが、どれも同じような外面だけの張りぼてだった。

 こうなると、不気味さは加速度的に増していく。鉄はにわかに怖くなった。

 一体誰が何の目的で、こんな荒野にぽつんと張りぼての家々を作ったのか、彼には全く想像もできない。

 ひょっとして、自分が考えているよりも異世界は発展していて、ここはドラマか何かを撮影するためのセットなのだろうか。

 それとも自分の常識から外れているだけで、この世界の家はこういう形なのか。

 前者ならまだしも後者ならば恐怖だ。

 こんな家に平然と暮らすような人間が現住している世界に、鉄は馴染める気がしなかった。マウントどころの話ではない。


 一つ、また一つと扉を開けるたび、彼の焦りはぐんぐん酷くなっていって、しまいには半ばパニック状態に陥っていた。

 そうこうしているうちにその場にあった三十余りの家屋の殆どの確認が終わり、最後に残されたのはその中でも最も小さな一軒の小屋だけ。

 これを開ければ、この町が完全に張りぼてでしかないことがはっきりしてしまう。

 恐ろしい気分を押さえ込むように彼は目を瞑り、そして勢いよく扉を開けた。


「頼むから誰か出てくれ!」


 そんな彼の願いが通じたのか――――あるいは今の今まで通じていなかったのか。

 最後に立ち入ったその部屋は、今までとは明らかに違っていた。

 外壁が張りぼてなのはこれまで通り。床がないのも変わりない。

 ただ、行李こうり一つと粗末な木のベッド一つが部屋の中央にぽつんと置かれていて、ベッドの上には毛布を被った少女が眠っていた。

 透き通るような銀髪を短めに切った、やせっぽちの少女だった。髪色以外は、鉄が元いた世界となんら違いない姿をしていた。

 この世界にも人類が存在することに安堵した鉄は、その場でしばし待つことにした。

 流石の彼も、眠る少女から毛布を引きはがして無理やり起こす気にはなれなかったのだ。

 少女が醸し出す繊細で嫋やかな雰囲気も、鉄の理性にブレーキをかけた。


 それから数刻、鉄は少女が目覚めるのを黙って待った。

 退屈な時間だが我慢した。今ここを離れても、別の家が見つかる気はしなかったし、一度でも離れたらもう少女には会えないような気がしたからだ。

 次第に空は暗くなり、曇天の空が曇天のままに日が落ちて、夜になった。

 家の中が真っ暗闇になったので、鉄は指を軽く打って火を起こし、空中に浮かべた。

 火を噴く『竜』の力を持つ彼は、いつでもどこでも自由に火をつけることができる。

 それを灯りにして、鉄はまだ待ち続けた。

 そして、夜も深まったあるとき、不意にベッドの上の少女の体がぴくりと揺れ、おもむろに起き上がった。


「……あれ?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、少女は周囲を見渡す。

 真っ暗な家に不自然な炎が浮かんでいるのを、奇妙だと思っているかのように。

 鉄はそんな少女に向かって、できるだけ大人しい声音を作って話しかけた。


「起きたか。おはよう」

「……!」


 ぴくりと肩を震わせる少女。

 未知の存在である鉄に対し、少女は警戒心を剥き出しにしていた。


「あーと、言語は通じてるかな? さっき喋ってた言葉普通に分かったし、多分大丈夫だと思うんだけど……」

「……貴方は、一体?」


 意思疎通が可能だと判断した鉄は、満面の笑みで胸を叩いた。


「俺か? 俺は鉄竜吾! 大いなる『竜』の力を手に入れた、最強無敵の異世界転移者様だ!」

「……異世界……転移者……?」


 首をかしげる少女。

 自分におののいているのかと思った鉄は、小気味よさそうに手振りを大きくする。


「そう、異世界転移者! こことは違う別の世界からやってきた、無双できる力を持った人間だ! あ、無双って言っても分からないか。なんて言ったらいいかな……えーと……」


 しばらく考えてから、鉄はポンと手を打った。


「そう、俺はとっても強いんだ! さっきも空を飛んでいた化け物を何匹も退治しながらここに来たぞ!」

「強い……?」

「ああ! 多分この世界の誰も、俺に勝つことはできないと思うぜ!」

「……」

「……」


 自分を指さして得意げに笑う鉄を、少女は冷ややかな目で見つめていた。


(あ、あれ……?)


 本気にするにせよ、否定するにせよ、もう少し食いつかれると思っていたので、鉄は少女の素っ気ない対応に出鼻をくじかれた。

 だがあくまで他人に自分を賞賛させたかった彼は、少女から何らかの反応を引き出そうとなおも食い下がることにした。


「そ、その顔は信じてないな? よし、じゃあ俺に何ができるか見せてやろう。家の外に出てきてくれ」

「……」


 少女は動かない。ベッドの上で、じっと鉄を睨むように見つめている。

 ここまでの塩対応を予想していなかった鉄の心は、じわじわとくじけてきた。


「……出てきてくれよ。流石にここじゃ狭くて無理だけど、出てきたらすごいの見せてやるって」

「どうでもいい。強いとか、弱いとか、興味ない」

「そういうなって。っていうか俺の方が見て欲し……」

「……どれだけ強くても、意味なんてないし」


 少女が冷ややかにそう言うと、鉄の目の色が変わった。

 それだけは聞き逃せないとばかりに、鉄は少女に顔を近づける。


「意味がないだと!? ちょっと待て、それはどういう意味だ!」


 転移して、強大な力を手に入れて、鉄は分かりやすくはしゃいでいた。

 自分が特別な存在になれたことにとろけていた。

 そして異世界に元から住む現地人にも、この強さを認めてもらえると思っていた。

 なのに初めて会った相手に、いきなり無意味となじられる。これは鉄にとって、大変なショックであった。


「どういう意味も何も、そのまんま。どれだけ強くたって、何の意味もないから」

「意味ならあるだろ! ここまで来るまでにも、俺は何度も化け物に襲われた! それでもここに辿り着けたのは、俺が強かったからだ! 化け物を退けられる分の強さを持っていたからだ!」

「それで生きて何になるの? 多少難を逃れて、生き残ったところで……」


 そこで一瞬、少女はえずくように台詞を止めて、それから吐き出すように声を漏らした。


「どうせこの世界は、滅んでしまっているんだから」




「……え?」


 鉄の全身に、冷たい感触が広がっていく。


「別の世界から来たんだっけ? だったらご愁傷様。こんな世界に来たところで、できることは死ぬくらいしかないよ」


 少女は立ち上がり、鉄を押しのけるようにして小屋の外へ歩いて行く。

 少女は裸足で、ゆったりとしたワンピース型の衣服一枚を着ているだけだった。

 鉄はそのとき初めて、少女が自分が思っていたより大人に近いのだと悟る。

 ローティーンだと思っていたが、ひょっとすると自分より年上かも知れない、もっともこの世界の人類が元の世界と同じように生長するならの話だが――――と。


「どこから歩いてきたか知らないけど、この村の周りを見ていないってことはないはず。どれだけ歩いた? その道中、誰にも会わなかったし、何も目にしなかったでしょう?」

「……あ、ああ」

「それも当然。だって、全部なくなってしまっているから。全部滅ぼされちゃったんだよ、あいつらに」

「あいつら……?」

「私はたまたま生き残ってしまったけど、どうせすぐに迎えが来る。貴方もすぐに食い殺されるよ」


 少女の要領を得ない発言に困惑しきりの鉄。

 滅んでしまっているとはどういうことなのか。あいつらとは誰なのか。迎えとは何なのか。何もかも分からない。

 疑問が雪崩のように押し寄せて、かえって言葉が詰まる。

 だがそんな疑問を問いただすより先に、彼には一つ確認しておかなければいけないことがあった。


「……いいや。食い殺されたりはしない! 何故なら今の俺は最強だから!」


 そう言って、鉄は強く胸を叩いた。


「いや、最強だという根拠は何もないんだが……しかし俺は異世界転移者なんだ! そして異世界転移者は最強だって相場が決まってるものなんだよ!」

「何を言っているのか分からない」

「ぐっ……異世界人には近頃流行りの鉄板展開は伝わらなかったか」

「……」


 少女の肩に手を当て、しゃがみ込み、目線を合わせてから、鉄は改めて言い聞かせるように言った。


「いいか、俺は『竜』なんだ。ドラゴンだぞ」

「どら……ごん?」

「ドラゴンと言えば古今東西最強の一角にあがるモンスターだ。その力を手に入れた俺が最強でないはずがない。分かるな?」

「ドラゴンって何?」

「……そうか、異世界だもんな。ドラゴンを知らなくてもおかしくないのか……」


 こうなればやはり、無理やりにでも引っ張っていって自分の力を誇示するしかない。

 そう思った鉄が立ち上がろうとしたとき、遠くの方から地鳴りのような音が聞こえた。


「……ん?」

「ああ、やっと来たんだ」


 少女がぽつりとそう漏らす。その声音があまりに冷ややかだったので、鉄は奇妙な寒気を覚えた。


「やっと終わりに出来る。これで私も、家族の所に行けるんだ」


 そう言って、少女は、亡霊のような足取りで鬱々と外へ出て行こうとする。

 鉄は、困惑しながらその後を追いかけた。

 するとその先に待っていた景色が――――少女が言っていたことの多くを鉄に理解させた。


「なんだ……これは……!」


 地鳴りの正体は、地平線の向こうから迫り来る、無量の化け物の大群だった。

 七つの手足。黒い体毛。巨大な口。不気味な挙動。

 先ほど鉄が倒した怪物が数百、数千倍の群れになって、隊列をなしてやってくる。

 先ほどよりも勢いも早い。

 噴火のような砂埃が、もうもうと空を覆っている。

 そして鉄は、夜なのに妙に明るい外の様子に気付く。

 空を見上げると、曇天の雲を貫いて、激しい輝きを放つ天体が空に浮かんでいた。

 円を欠いたような歪な形状。

 月だ。


「あの月は――――月に一回強く輝く。あれが輝くと、『理外獣アウター』たちの蹂躙の夜が来る」


 少女は両手を広げて、全くの無防備な様子で迫り来る怪物の群れを眺めていた。


「家族を奪われてから一ヶ月。長くて辛い一ヶ月だった。でももうこの辛い時間も終わる。家族の所に、やっといける」


 この世界から何もかもを奪ったのが、あの化け物たちであるということ。

 化け物たちが『理外獣アウター』と呼ばれていること

 少女の家族や元の村に住んでいた人間が、恐らく『理外獣アウター』に殺されたのだろうということ。

 そして少女が今、『理外獣アウター』に自分を食わせようとしているのだということ。

 鉄なりの雑多な理解だったが、概ね現実にも即していた。


 もしかしたらこの世界にはかつてもっと色々な生き物が暮らしていたけれど、あの化け物に全て食い荒らされてしまったのかもしれない。

 だから彼女は、この世界が滅んでしまっているだなんて言ったんだろう。

 そう推理しながら、鉄は少女を押しのけるようにして前に出る。


「……何?」


 いぶかしげな目で鉄を見つめる少女に、彼は気さくな笑みを向ける。


「俺がいて良かったな。これで死なずに済んだじゃないか」

「は……?」


 困惑する少女の眼前で、鉄は勢いよく両手を広げた。

 彼の左右に巨大な火の玉が浮かび上がり、回転しながら空中に浮かび上がっていく。

 赤々と燃えさかりながら揺れ動くそれはまるで小型の太陽のようで、空に浮かぶ月と鉄が作り出した太陽の光が折り重なって、まるで昼間のように明るい空間が構築された。


「あれが世界を滅ぼしたってんなら、俺のガチバトル初戦の相手としてこの上ない。いいぜ、全員纏めて噛ませ犬にしてやるよ」


 鉄が歩を進めると、二つの太陽もまた彼と同時に前に進む。

 いつの間にか、彼の背中には竜の翼が再臨していた。

 両手も太陽と同じ色の炎に包まれていた。

 彼の目は、爬虫類独特の血走ったそれに変質していた。

 全て彼が神との契約で手に入れた、『竜』の力の恩恵によるものである。


「何百何千と雁首揃えて、俺のためによく来てくれた! お前たちを全滅させることで、俺は俺の最強を証明する!」


 二つの太陽から、沸騰するような泡が生まれる。

 炎で形成された、高熱の泡だ。

 泡は太陽から分離してさらに高い位置に固定し、膨張して新たなる太陽となる。

 小太陽はさらに無数の小太陽へと分裂し、空を覆うべき星々のように散らばった。

 瞬く間に、全天は鉄が作り出した無数の炎星に覆われ――――鉄の手拍子一つで、それら全てが一斉に大地へと降り注いだ。


「流星群ならぬ、竜征軍――――『りゅう征軍ぐんをせいする』……なんてな。いや、あんまり上手くないな」


 落下した炎星は地上に着弾するたびに爆裂し、着弾地点周辺の怪物を焼き尽くしていく。

 聞くに堪えないうめき声が、接近の地鳴りと入れ替わりに激しくなっていく。

 ただそれだけで、迫ってきていた化け物共は、ほぼ全て駆逐された。

 鉄が背後を伺うと、少女は唖然として目を丸くしていた。

 そうそう、その反応が見たかったんだと、鉄は気持ちよさそうに拳を握りしめた。


「思いの外あっけなかったな。だけどまあ、流石に……」


 しかし、炎の波をかいくぐり、鉄たちのところへ迫っていく『理外獣アウター』が何体もいた。


「……そうだよな。これだけで終わるほど柔じゃないよな」


 鉄は不敵に笑むと、姿勢を落として四つん這いの体勢を取る。

 すると彼の背後に、鈍色の鱗で覆われた巨大な『尾』が現れた。


「だったら全滅させるまで、丁寧に付き合ってやろうじゃねえか!」


 鉄が地面を掴みながら力むと、その尾は縦横無尽にその場で脈打ち、迫り来る怪物たちを一つ一つ刺殺していく。

 突き刺された化け物は、黒い塵になってたちまち霧散した。


 自動追尾する硬質の尾の顕現。

 これもまた、彼が司る『竜』の力の一端である。

 『竜』の力に内包される無数の能力を、現在の鉄竜吾が完全に把握しているわけではない。

 ただ、必要となるたびにまるで最初から知っていたかのように、力の使い方が彼の頭にインストールされる。

 一つ一つ、可能性が広がっていく様が、鉄にとっては小気味よかった。

 そしてそれ以上に――――


「俺つええええっっっっ!! 気持ちいい~~~っっっ!!!」


 目の前の膨大な敵を蹂躙する様は、まさに一騎当千。

 ゲームの世界のような万能感を現実で味わえる楽しさに、鉄竜吾は浸りきっていた。


「鉄のように硬く、刃のように鋭い尾で、徹頭徹尾殺し尽くす! 故に『諸氏貫徹・鉄刀鉄尾ピアステール』ってのはどうだ! こっちは中々、悪くないセンスになったんじゃないか?」


 自己満足しながら、鉄は尾を踊らせる。

 肉体に直接繋がっている『翼』と違って、『尾』は彼の後背に浮遊する形で独立している破壊装置である。

 故にいくら激しく動かしても、衣服の破壊は伴わない。


 そして、およそ五分ほどが経過した頃。

 最後の『理外獣アウター』が『尾』によって貫かれて、黒い塵と化した。

 戦いは、鉄の圧勝で幕を閉じたのだ。

 翼をしまい、表情を元に戻し、手元の火を消して元の姿に戻った鉄は、背後に立っていた少女に向かって微笑みかけた。


「あ……あ……」

「ふっふっふ……見ただろう、少女。俺はこんなに強いんだ!」

「な、なんで……貴方は……」

「言っただろ? 俺は最強で、お前のことを助けることだってできるって。今まで怖い思いをしてきたのかもしれないがもう大丈夫だ、これからは俺が守ってやる。だから感謝と賞賛で……」



「……ふざけないで!」


 刹那、少女の平手打ちが鉄の頬を掠めた。


「……!」


 まさか少女から攻撃されるとは思っていなかった鉄は、慌ててのけぞって避けるもバランスを崩して尻餅をついてしまう。

 倒れた鉄を見下ろして、少女は、今までの湿気った表情を豹変させて怒りを露わにする。


「これでようやく、死ねると思ったのに……やっと、終わりに出来たのに……」

「……え」

「私は、『理外獣アウター』に食われて死にたかったのに! どうして邪魔をしたの! どうして!」

「どうして!? なんでわざわざ死にたがるんだよ!」

「こんな世界に生きていても、意味なんてないんだもの!」


 少女は馬乗りになり、鉄の顔を勢いをつけて殴り始める。

 鉄は訳も分からず、されるがままに殴られた。

 ちなみに『竜』の力を得たことで肉体そのものの強度が高められており、いくら殴られても鉄にダメージはない。


「お父さんもお母さんも、友達も村の人も皆殺された! 村の外だって、『理外獣アウター』がとっくに台無しにした後で! 分かるでしょ! この世界はもう終わりを待つだけの幽霊船なの! そんなところで生きていて、一体何の意味があるというの?」


 むしろ、殴り続ける少女の手の方が痛々しかった。

 人を殴り慣れていないのか、拳の握りは甘く手は震えている。


「そうやってヒーロー気取りでかっこつけるなら……」


 殴るたびに反動で少女の表情が歪む。それでも少女は殴り続ける。


「どうして、あともう少し早く来てくれなかったの!」


 少女の拳を黙って受けながら、鉄は考える。

 なるほど。事態は理解した。

 要するにあらかたあの『理外獣アウター』に滅ぼされた後のこの世界で生きていても幸せなことなど何もないから、助けてもらえてもまったく嬉しくない。どうせ助けてくれるなら、もっと早い段階の方が良かったと言いたいのだろう。

 その憤りはよく分かるし、かと言って自分に出来ることなど何もない。

 自分自身、この世界がこんな風になっているなら契約しなかったかも知れないのだから。


 そこまで察した上で、鉄にはあと一つ釈然としないことがあった。


「……まあ、お前が悔しく思う気持ちは分かる。だけど、『理外獣アウター』を殺したことまで俺を責めるのはちょっと違うんじゃないか?」

「は?」

「だって死にたいなら、自分で死ねばいいだけだろ。舌を噛んでも首を吊っても、最悪断食をしてもいい。死ぬ手段ならいくらでもある。なのに……」


 鉄は、少女が眠っている内に行李の中身を確かめていた。

 その中には、保存食らしき乾燥させた植物と、水を携行するためのボトルが仕舞われていた。

 恐らく鉄が発見できなかっただけで、人一人が生きていく程度の水分や食料を確保できる程度の自然なら今も残っているのだろう。

 それを大事に保管していたということは、少なくとも少女には餓死するつもりはなかったということだ。


「……化け物にわざわざ食い殺されないといけなかった理由はなんだ?」

「……なんでって……」


 少女は少し言葉に詰まってから、苦しそうな声で呟いた。


「……同じ死に方をしないと……お父さんやお母さんと同じ所にいけないから……」


 なるほど、そういう宗教か。鉄は合点がいった。


「……だから、この一ヶ月頑張って耐えた! ずっとずっと、ひとりぼっちで生き続けてきた! 『理外獣アウター』がやってくる日を待ちながら、ただ生きるためだけに生きてきた! それでようやく一ヶ月が経って、ようやくお父さんとお母さんのところに行ける! そう、思っていたのに……」


 あんたが邪魔したんだ。だから私はあんたを許せない。

 そう言って、少女は鉄の首元に両手を当てて、勢いよく締め上げようとした。

 だが締まらない。鉄の強化された肉体は、少女の細腕では到底圧迫することができなかった。


「なんっ……でっ……なんで無駄に、強い……!」


 涙目になりながら鉄を睨み付ける少女。

 鉄はため息をつきながら少女の手を払い除け、姿勢をおこす。


「あっ……」

「ひとりぼっちが辛いとお前は言ったな。だが考えてみろ。今のお前はひとりぼっちじゃない。俺がいる」

「……それが、何」

「これで寂しさを我慢する理由はなくなったわけだ」

「ふざけないで! あんたなんかがいても、寂しさが紛れるわけじゃない!」

「俺はお前を助けたいんだよ」

「私がいつ、あんたに助けて下さいって頼んだ!?」


 向き合いながら鉄を睨み付ける少女を前に、彼は優しい笑みを浮かべて言った。


「頼んでなかったら、助けちゃダメなのか?」

「……っ!」


 その優しい声音に、少女も一瞬言葉を失う。だがすぐに表情を戻して鉄を睨んだ。

 鉄はため息をついてから、しょうじょにまっすぐ目線を合わせる。


「俺の目的を話しておこうか。俺はこの世界にやってきて、すごく強い力を手に入れた。だけどどうやら人類がいないらしくて、折角の力も活かしようがない。一人で戦ってもそれなりに楽しめるが、結局は自己満足だ」


 少女は怪訝そうに鉄を見つめた。


「……偽善を振る舞いたいってこと? だったら、私のいないところでやっ……」

「偽善? そんな殊勝な心、俺が持ってるわけないだろ?」

「……は?」


 やれやれと、呆れた顔で肩をすくめる鉄。


「俺は褒められたいんだよ。称えられたい。すげーって言われたい。ちやほやされたい。手に入れたこの異能を振るって、自分がいかにすごい存在なのか万人に認めさせたい。しかし困ったことに、この世界にはどうやら殆ど人間が残っていないらしい」


 鉄は顎に手を当てて、わざとらしく困った顔を作った。

 余りに明け透けとこんなことを言う鉄に、少女は完全に困惑していた。

 鉄竜吾という男は、少女が今まで生きてきた中で恐らく、最も恥知らずな人間だったのだ。


「こいつは参った。褒めてもらうには、自分以外の知的生命体が必要不可欠だ。それも、俺の能力を認めてくれる俺より劣った存在でいてくれないと困る。それが殆どいないどころか、初めて会った人間おまえは俺のことに興味を示さないばかりか、俺の力を無価値だといい、あまつさえ邪魔者扱いしやがった」

「じ、実際邪魔だったから……」

「それじゃ困るんだよ。俺の自尊心が! 自己顕示欲が満たされない! チート能力を手に入れたんだから、俺は賞賛されたいんだよ! 否定された事実を残したまま、そいつを死なせるなんてもってのほかだ!」


 そして鉄は、少女の肩を掴んでにっこり笑った。


「だから、逃がさない。お前に『鉄竜吾がいて良かった』と言わせるまで、俺はお前を守り続ける。そして俺のことを称えさせるんだ」

「な、なっ……」

「それまでは確実に生きてもらう。絶対にお前を、『理外獣アウター』なんかに殺させたりはしない」


 少女の表情が青くなっていく。

 少女の予想を超えて遥かに――――この鉄竜吾という男が厄介な存在であるということに――――彼女は今更ながらに気付いたのだ。


「わ、私に拘る必要なんてないと思う。他にもっと面白いリアクションしてくれる人がいるはずだから……」

「なるほど。他に生きている人類がいるなら、いくらでも再興の目があるな」

「う、ううん。それ以前に他の人類はもうとっくに死滅しているはず! だったらどれだけ長生きしても先の展望なんて……」

「そうか。もし全人類が絶滅しているなら、いよいよ俺の自己顕示欲はお前によってしか満たされないわけだ。ならば尚更逃がすわけにはいかないな」

「~~~!?」


 ああ言えばこう言う鉄に少女は頭を抱えた。

 鉄はため息交じりで言う。


「実は俺は条件付きの不老不死でな。お前に死なれた後、俺も後を追うというわけにはいかない」

「ふろう、ふし?」

「ああ。恐らく『理外獣アウター』の親玉にあたる存在を倒すのがその解除条件だと思うんだが……どれだけ譲ってもそれが終わるまでは付き合ってもらうぞ。ひとりぼっちが辛い気持ち、お前が一番よく知ってるだろ?」

「……っ」


 苦々しい表情になった少女を、鉄は優しく抱きしめて、背中をぽんぽん叩く。


「そんな顔をするなよ。親玉を倒したら、この世界がまた復興するかもしれないだろ? そうした暁にはきっと、お前は死ななくて良かったって言えるようになるぜ」

「……」


 少女は鉄を涙目で黙って睨み付けたが、反論はなかった。


「よーし、じゃあこれから俺たちは運命共同体だ。一緒に頑張って、この世界を救おうぜ」

「……最悪」

「ああ、今の状況は最悪だ。俺にとっても、お前にとってもな。だからこそこれから二人で、これを最高に変えていこうじゃないか」


 かくして、異世界転移者の青年鉄竜吾と現地人少女による滅びた世界の大冒険が始まった。

 少女の目的は、鉄の目をかいくぐって死ぬこと。

 鉄の目的は、一杯の賞賛を浴びること。

 真っ正面から対立する二人の旅路は、一体どんな方向に流れていくのだろうか。

面白そうと思っていただけたら、レスポンスいただけると嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[一言] この少女、心を開けば賑やかな旅になりそうですね(^^)親玉は月そのものだったりして…
[一言] こーゆーのすごい好きです。 鉄が少女を幸せにする続きをぜひ……!!
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