出会い
俺はロリコンではない。
いきなり何だと思うかもしれないが誤解のないように先に言っておく。
ついでに言えば変態でもない。
公爵家嫡男の自分に近づく女はごまんといたこともあって年相応の恋人は過去に何人かいたし今も候補みたいな存在が複数いる。ただ誰とも長続きはせず全く相手に執着することもなかった。今考えれば好きという感情がわかっていなかったのだと思う。
自分の身長と体型は至って標準サイズだが顔の造りは美形の両親のお陰で程々イケている。黒目黒髪の落ち着いた見た目といつも柔和な笑顔を浮かべていることから世間の評判は誠実だとか真面目だとかで外面の良さは自覚している。だが内面では毒を吐きまくっているし裏では汚い指示も平気で出す所謂腹黒タイプというやつで、自分にとって女性など性欲の捌け口でしかなかった。言いよってくる女は派手系や真面目系など多種にわたるが普通に年齢の釣りあう女性と適当に逢瀬を楽しんできたのが俺ことヒュファル・ノース公爵令息である。
だから父親に挨拶に連れてこられたウエスト公爵邸で出会った8つも年下の12歳の少女に一目で心臓を撃ち抜かれたことに激しく動揺した。
恥ずかしそうにウエスト公爵の後ろに隠れている少女は緩やかに波うった白銀の髪に金色の瞳という西の公爵家直系の証である容貌をしていた。
この国には4つの公爵家がありそれぞれ東西南北の地を治めている。各公爵は基本的には領地で暮らしており王都へ来ることは滅多にない。それというのもこの国は大陸の中央に位置しており周囲の国境全てが他国へ隣接しているため4つの公爵家が東西南北の地を守護し他国への警備に当たっているためだ。
公爵家直系の者は髪と瞳にその公爵家を示す色を持ち産まれてくる。例えば北を治める我がノース公爵家の髪と瞳は漆黒だ。
俺の心臓を撃ち抜いた少女の隣でにこやかな笑顔を浮かべているウエスト公爵の髪は白銀色で瞳は金色。先程も説明したがこれは西の公爵家直系を現す容貌で少女も同じであるのに、公爵ではなく初対面の彼女から目が離せなかった。
少女の名はフィリアといいウエスト公爵家の1人娘らしい。
父親のウエスト公爵に促された少女は緊張しながらも1歩前へ踏み出し自己紹介をする。
いかにも緊張しているその様子に俺は普段毒しか吐かない心の中で「頑張れ!頑張れ!」を100回以上高速で唱えていた。
フィリアは自己紹介を言い終えると見事なカーテシーを作りホッしたように顔を上げた。
俺は「よく頑張った!感動した!」と心の中で滂沱の涙を流し感情を抑えきれなかった肩は震えていた。
4大公爵家同士はあまり横の繋がりがない。王都にあるタウンハウスには隠居した先代公爵等の親族が住み現公爵は領地にいるので必然的に出会う機会が少ないからだ。しかもこの国は王都がある中央を囲うように湖がありちょうどその湖に4枚の花弁がくっついているような形でその花びらの先端がそれぞれの公爵領となっている。花弁の間は高い山脈で分断されているため他の公爵家とはお互い疎遠なのである。
しかし今回は我が父が家督を自分に譲るため4公爵全てが王都に出向いていた。公爵家が家督を相続する場合は4公爵立会のもと国王が宣下することが決まりだ。代替わりする公爵家は国王宣下の前に他の公爵家に挨拶に回るのが慣習で既に南と東の公爵家には挨拶を済ませ、最後に西へやってきたというのがこれまでの経緯である。
父ノース公爵とウエスト公爵はお互い幼い頃に王都で暮らしていた時がありその頃に親しくなったようで他の公爵家よりは付き合いがある。ただ公爵は基本領地から出ることはないのでウエスト公爵家と付き合いがあるといっても実際に会うのはかなり久しぶりでウエスト公爵家への挨拶を最後にしたのは晩餐に招待されたからだった。
他の家で出されたお茶のせいで腹がダムになっていた俺は晩餐の時間まで話が弾む父達と離れて庭園を散歩することにした。
案内をかって出たフィリアは緊張が伝わってきそうなほどカチコチになっていたが、さすが公爵家の惣領娘だけあって淑女としての姿勢は崩さない様子に俺はまたしても胸に穴があいた。
冒頭でも述べたが俺はロリコンではない。たぶん変態でもない。だが目の前のこの少女から目が離せない。
発展途上である身体つきは細く華奢だがピンと伸びた背筋が凛とした佇まいをみせる。背中の真ん中ほどまである白銀の髪は動くたびにフワフワと煌めき淡い花の香りが漂う。白くきめ細やかな肌にキュッと閉じた唇は小ぶりで愛らしい。何より長い睫毛に彩られた大きな金色の瞳は蠱惑的で少女とは思えない程色気があった。
こうして8つも年下の少女の容貌をつらつらと並べる俺は何だか痛い奴みたいだが、ぶっちゃけ一目ぼれしたのだから仕方がない。
動揺が治まり自分の気持ちに気が付けばどうしてもフィリアが欲しくてたまらなくなる。
弱冠20歳の俺だが既に公爵位を継ぐことは決定しているし領地を統べる才能もあると自負している。彼女に何不自由させずに贅沢な暮らしを提供できる。だから攫っても問題ないだろう?うん、そうしよう。そうしたい!そうするべきだ!!
俺が頭の中で犯罪の正当性を主張している中、庭園の二股に別れた小道の一方へ誘導しようと自分の名前を呼んだフィリアが噛んだ。
「こちらです。ヒュヒャリュ……ご、ごめんなさい!」
年上のジジィを(20歳だけど彼女からしたら悲しいことにジジィの部類に入ってしまうだろう)精一杯もてなしていたフィリアは名前を噛むという失態に真っ赤になって俯いてしまう。落ち込むフィリアに俺が泣きたい気持ちになる。
ごめん、ごめんな、フィリア! 俺がこんな名前でなかったらフィリアがそんな悲しい顔になることもなかったのに。でも真っ赤になったフィリアも可愛い。瞳に浮かんだ涙を舐めたい。抱きしめてもいいだろうか? いや、まだ待て! 抱きしめたらそれだけでは済みそうにない。俺の邪な欲望が、男の正面についた卑猥な物体がテントを張ってしまう。それはダメだ! 相手は12歳だ! それ以前にこんな清らかなフィリアを汚すわけにはいかない! 天使を汚してたまるかぁぁ!!
荒くなってしまった呼吸を整えて抱きしめたい衝動を抑え込む。
そもそも俺の名前は言い辛い。ヒュファルなんて名前、実の母親でさえ未だに噛んでいるのに初対面のフィリアがちゃんと言える筈もない。
今まで何度も噛まれたことがあるが今はこんな名前を付けフィリアに悲しい想いをさせた祖父を抹殺したい。寿命で既に死んでいるがあの世でぶちのめす。そう決意した。復讐を誓った俺だが同時に素晴らしいことを閃く。
早速それを実行するためしゅんとしてしまったフィリアの頭をポンポンと叩いて慰めてみる。フィリアに触れるこの行為は俺の理性を試させると同時に至福の時間を与えた。
白銀の髪はツヤツヤで今は片方の掌にしかその感触がないのが残念極まりない。両手を髪の間にかきいれて小さな頭を撫でまわし顔を埋めて肺いっぱいに匂いを嗅ぎたい。ついでに耳朶を甘噛みなんてしたらどんな反応をするか、そう考えただけで顔が緩む。
いかん、いかん!
俺は邪な欲望をぐっと抑えていつもの人好きのする笑顔を浮かべた。
「フィリア嬢、私の名前は言いにくいから気にしなくていいですよ」
「すみません……」
少し屈んで落ち込むフィリアと視線を合わせる。何としても彼女と親しくなりたい一心で気分は追い込み漁だ。
「それに話し方ももっとざっくばらんでいいよ。俺もその方が気楽だし」
「……本当ですか?」
「うん。正直、堅苦しいのは肩が凝る。だから俺のことも愛称のファルでいいから」
敢えて砕けた言葉遣いをしニッと笑った俺にフィリアは目を瞬かせた後、期待を込めた眼差しで見つめてくる。
ああ、可愛い。可愛すぎだろ。可愛いから……絶対に逃がしてあげない。
俺の心の声に気づくことなくフィリアは躊躇いがちに口を開く。
「えっと……では遠慮なく……ファル様」
「うん。その方がいいね。何ですか? フィリア嬢」
「あの……この先にある池に鯉がいるんです。ファル様がよければ一緒に鯉に餌をあげませんか?」
「喜んで。でもさっきも言ったけど敬語は無しにしようか? ああ、でもフィリア嬢っていうのも何だか堅苦しいかな?」
俺の呟きにフィリアは少し迷ったあとで頷く。
さぁ、もう一息だ。
「わかりまし……わかった! では、私のことも愛称で呼んでくだ……呼んで!」
「いいの?」
「ファル様は優しいからいいの! 家族は私のことフィーって呼んでるんだけど……」
「フィーか、可愛らしい愛称だね。でも俺は特別に呼びたいな?」
「特別?」
「うん。そうだな……リアとかはどう?」
「リア……うん! ファル様だけの特別な呼び方ね!」
フィリアの特別獲ったどー!!
叫んだね。心の中で絶叫したね。銛を高々と掲げたね。
リアだって……可愛い。毎日呼びたい。歌にでもして口遊みたい。呼ぶだけでパン何個でもいける。リア……マイ天使。
その後、庭園を散策し池の鯉に餌やりをした俺達は庭のベンチに腰掛け色々な話をした。
フィリアの話す話は彼女が清楚な見た目に反してかなりお転婆であることを暴露していたがどんなエピソードもとにかく可愛らしかった。敬語をやめてリラックスしたお陰か表情をコロコロ変えながら楽しそうに話す彼女に自分のことを知ってほしくて俺もたくさんのことを話した。勿論腹黒い話や女性が苦手そうな話は全て伏せたのは言うまでもない。リアに嫌われたら死ぬ。
普段どんな女性に対しても必要最低限な相槌だけで貼り付けたような微笑を浮かべる自分が終始機嫌良く饒舌に話している様を少し離れた所で控えていた俺付の従者は信じられないものを見ているような顔で見守っていた。
やがて夜の帳が下りてくる頃、晩餐の支度が整ったと侍女が告げに来た。
楽しいひと時が終わりを告げ俺は思わず舌打ちしたくなったが笑顔は絶やさず誤魔化す。
重い腰を上げて屋敷の方へ戻ろうとすると背中が何かに引っかかった。
後ろを振り返るとリアが俺の上着の端っこをちょこんとつまんで見上げている。
辺りが薄暗いのではっきりとはわからないが心なしか顔を赤くして何かを言い澱んでいるようだった。
何その顔、超絶可愛いんだけど。これって攫っていいってこと? 犯罪だから自重してたけど問題ないってこと? リアから俺に触れてくれるなんて俺ってばそんなに前世で徳でも積んだ? リアに触れられた上着は洗濯せずに額に入れておこう、その前に触れた所の匂いを嗅げるだけ嗅いでおこうと決意したところでリアが口を開く。
「あ、あの……ファル様は、こ、恋人とか婚約者とかはいるの?」
「いないよ」
若干食い気味に否定する。フィリアの前では清廉潔白でいたい。他の女性の影などちらつかせない! 数日前に父親が当主になるのだから婚約者がどうとか言っていた気がするが、どうでもいい。俺の中で今、過去の女性遍歴の記憶が完全に消去された。
というか結婚するならリアがいい。リア以外考えられない。だが相手は自分より8歳も年下でしかもまだ12歳の少女だ。何度もいうが俺は断じてロリコンではない。むしろ子供は苦手な部類にはいる位だ。あくまでもリアがいいのだ。
ん? 待て待て待て待て‼︎
リアはどうしてこんな質問をしてきたんだ? もしかしてリアも俺のこと……⁉︎
俺は緩みそうになる頬と暴れ太鼓のように打ち鳴らされる心臓を堪えてなるべく冷静に上着を掴んでいたリアの手をとる。
「どうしてそんなことを聞くの?」
包み込むように優しくリアの手を撫でる。滑々のリアの手はいつまででも撫でていたいし可能なら舐めまわしたい。この細い指の1本1本にむしゃぶりつきたい衝動を断腸の想いで断ち切る。
ここは大事だ。いい雰囲気だと思ったのは俺だけではないことを信じたい。12歳の少女に言わせるのは卑怯だとかの非難は甘んじで受けよう。だが俺からアクションを起こすわけにはいかないのだ。こちとら成人男性なのだ。8つも年上のジジィが年端もいかない少女に告ったらそれこそ犯罪だろうが!意気地なしだと言われてもここはリアの気持ちを確かめることの方が先決だ。ここで自分が先走って気持ちを吐露して気味悪がられたら俺は一生廃人だ。
首を傾げて答えを促すようにフィリアの顔を覗き込むと彼女はその金色の瞳を真っすぐに見つめ返して小さく呟いた。
「ファル様とのお話、とっても楽しかったの。今まで男の子って意地悪な子しか知らなかったけどファル様は優しくて物語の王子様みたいだった」
それは思春期特有の好きな子には意地悪しちゃうパターンだな。どこの誰かは知らないが阿呆な野郎だ。おかげでリアが他の男に好意を抱かずに済んだから俺的には万々歳である。そう思いながらリアに微笑む。
「優しくするのは当然だよ。リアは可愛いからね」
俺がそう言うとリアが瞬時に耳まで真っ赤になった。
なにこの可愛い生き物。俺を悶え死にさせたいの⁉︎
思わず天を仰ぐ俺にフィリアは俺が期待した以上の言葉を唐突に告げた。
「あのね……今日初めて会ったけど……私、ファル様のお嫁さんになりたい」
俺もう死んでもいい。
いやもう死んでいるのかもしれない。幸せすぎて気が付かなかったが天国に来ていたんだ。本気でそう思った俺は魂が半分身体から出掛けていたのだろう。
放心する俺にフィリアは不安げな表情で眉を寄せる。
「……ダメ……ですか?」
ダメなわけあるかああああぁぁああぁぁぁ!!!!
身体から出掛けた魂を慌てて呼び戻しリアの肩を掴んで正面から金色の瞳を見つめる。
華奢な肩に触れた手からリアの柔らかさが伝わってこのままドレスを脱がせてもいいですか? という欲望がかま首をもたげる。落ち着け俺! いくら両想いでも12歳のリアにそれは犯罪だ。乱れそうになる呼吸を落ち着かせ必死に微笑む。
「ダメじゃない。嬉しいよ」
それだけ囁くのが精一杯だった。
これ以上声を出したら吐血しそうだ。俺の返事に花も綻ぶ笑顔を見せたリアの可愛さは破壊力が半端なかった。もう口からも鼻からも身体中のあらゆる穴から血が噴き出しそうな俺にリアは極上の笑顔を向けてくる。
「本当⁉︎」
っかーーーーー‼︎ 可愛ええ~。油断するとダブルで出血しそうになる鼻になるべく力を入れないようにしてサラリと答える。
「ああ。リアが15歳になったら正式に婚約してそれから結婚しよう? だからそれまで俺を好きでいてくれる?」
「うん! 私、急いで大人になるから! だからファル様、ちゃんと待っていてね」
「急がなくても大丈夫だよ。リアは今のままで十分魅力的だ」
「でもファル様は大人で……素敵だから、早くしないと誰かに獲られちゃう……」
可愛すぎることを言うな‼︎ 俺を昇天させる気か‼︎
ヤバい薬なんか使わなくても人間ってトリップできるんだな!
潤んだ瞳で見上げてくるリアはもうどうしようもない程可愛くて、理性がもちそうになくなった俺は歴代宰相のハゲ面を延々と頭で思い出し猛る気持ちを抑えつける。
「俺にはリアだけだよ。可愛い……俺のリア」
言ってしまった……。俺のリアだって。もう俺のものだって宣言しちゃったよ! 先走ったか⁉︎ でもこの位言いたかった! どうしても言いたかった‼︎
チラリとリアを見れば恥ずかしそうに微笑んでいて嫌悪感を抱いてる様子はなかったので安堵する。俺の邪な想いは微塵も悟られてはいけない。
俺はリアの手を取りゆっくりと庭園を後にする。
リアの手の温もりを堪能しながら婚約の話をウエスト公爵へどう切り出すか考えを巡らせていた俺だったが、その問題はこの後リアがさくっと行動へうつすことになるのをこの時の俺はまだ知らなかった。