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常夜の街の回顧録  作者: 月森スズメ
第1章
5/8

Ⅴ ディフェクティブ

物心着く頃には、見えるもの全てがモノクロームだった。

母親の唇も、父親の瞳も、テレビで流れるアニメーションも、空も、野原も。

黒と灰色と白だけの、繊細なコントラストの世界が、僕のいる場所だった。


僕はそれが普通のことだと思っていた。

だって、太陽はいつも昇って、僕のいる世界を鮮明にしてくれるから。

キラキラと輝く小川の水面も、凛と立つ大樹の、無数の葉がザワザワと折り重なってそよ風に揺れるのも、木漏れ日の蝶が舞うような美しさも僕にはわかるし、たとえ何も見えなくなる夜が訪れても、僕もみんなも、同じように眠りに着くから。

困ることは何もなかった。

それに、僕には本があった。大好きな作家の絵本を、寝る前に読むのが日課だった。


僕が小学校に上がったばかりの頃、

『なかなかユニークな組み合わせのファッションね』

そんなことを先生に言われた時だって、単純に褒められているのだと思っていた。


でも、初めてのアートの授業中に、異変は起きた。


『ではみんな、持ってきたクレヨンを出して』

先生の指示に従い、各自ガタゴトと机から平たい箱を取り出した。もちろん僕も。

続けて、先生はこう指示した。

『それでは、ここにあるりんごと、ぶどうをスケッチしてみましょう』

みんな、クレヨンを何本も出して、少し描いては他のものと換えてを繰り返しながら、思い思いに描き出した。


――描きにくくなったら交換するのかな。

そんな事を思う僕は、ケースに書かれた「12色」の意味も知らなかった。


見たままの世界を描く。下にいくにつれて薄明るくなっていく、丸みを帯びた果実。

全体的に濃く、よく見ないと分からないが、艶のある小さな丸がたくさん連なった果実。

みんなの真似をして、クレヨンをたくさん使って描いていく。


突然、あるクラスメイトが、横からびっくりしたような声を上げた。


『うわー!なんだ、この絵!!』


教室がにわかにどよめいた。僕は目を丸くしてそのクラスメイトを見た。

『変だよ先生!レイのりんご、青と黄緑なんだ!』

『ホントだ、怖ぇ!それに、ぶどうもおかしいよ。黒と茶色と、黄色だぜ?!』

ほかのクラスメイトもどんどん集まってきて、奇異なものを見るように僕の絵を見つめては、「変だ」「おかしい」と口々に騒ぐ。

仲裁に入ろうと様子を見にきた先生も、僕の絵を見た瞬間驚いたような、変な顔をした。


「え?」

僕は、右手に持ったクレヨンの文字を見た。

りんごの枝を塗ろうとしていたそれには、"むらさき"と書かれていた。


色に関するつまづきは、次々と起きた。

まず、アートの授業では僕はすっかり変わり者扱いされるようになった。

空と海を描く課題では、地獄の風景などと言われたし、家族の似顔絵も、化け物と言われる始末だった。


黒板の字も、白以外の色が見えにくく、先生の話をよく聞いていないとまともに勉強が追いつかなかった。

教科書が読めないこともあったが、非難されるのが怖くてクラスメイトに聞くことも出来なかった。

裁縫の授業では、布と糸の境目がわからず、何度も指に針を刺した。

運動の授業で走る時も、砂に引かれた白線やゴールテープが見えず、コースアウトしてブーイングを食らった。


そんな日々が続いて、とうとう親が学校に呼び出された。

『息子さんは、どうやら目に障害があるようです。1度診てもらっては』

気の毒そうに話す先生と、動揺を抑えきれない様子の母の顔が今も記憶に残っている。




『レイくんは、色覚障害です。それも、とても珍しい事ですが、"全色盲"……色覚が一種類しかありません。彼には、全てがモノクロに見えています』


眼科医がそう告げると、両親は僕を抱きしめて項垂れた。


消毒薬のにおいと、無情に時を刻む秒針と、沈黙がもたらす重い空気。

僕を胸に抱く母のすすり泣きが、只事ではないことを思わせる。


『なんてことだ…かわいそうに…』

『ああ…レイ…レイ…!ごめんなさい…普通の目に産んであげられなくて、ごめんなさい…』


父と母の、絞り出すような悲痛な声を聞いて、僕はやっと認識した。




――僕は、普通じゃない のだと。

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