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常夜の街の回顧録  作者: 月森スズメ
第1章
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Ⅰ ブラックロード

―――真っ暗な森。

星々の灯りを頼りに、1時間、いや2時間は歩いただろうか。

同じ景色がずっと続いていて、気がおかしくなりそうだ。

資料になりそうなものを探しに、ちょっと郊外まで散策に来たつもりだったのに。

目の前に広がるのは黒、黒、黒。どこまでも続く黒。まるで夜に飲み込まれたようだ。

「ここはどこなんだ…」

ため息混じりに呟いた声が、虫の声と静かな風の音に溶けていく。


嫌な気持ちだった。見返してやりたかった。


『君の書く話はありふれていて、とても退屈なんだ。いっそ論文でも書いていたらどうかね』


幼少の頃からの夢を、皮肉で嗄れた声に否定された。

退屈?そんなはずがない。

傲慢に聞こえるかもしれないが、僕の小説は、もっと評価されて良いはずだ。


文学を沢山研究し、勉強を重ねてきた。

とりわけ好きなのはファンタジーだ。

動物が話し、怪物があらわれ、人間が空を飛ぶ。魔法や奇跡の力で物語が彩られる。

どの本もページをめくれば、そんな、現実には有り得ない世界が広がっている。


小さい頃から、小遣いを少しずつ貯めては書店へ出掛け、お気に入りの童話や小説を買い集めたものだ。

そのくらい、空想の世界は楽しかった。


だから、ありったけ詰め込んだんだ。

おもしろいはずだった。自信があった。

何度も、何度も、高い壁へ手を伸ばし、飛び上がっては落ちて、飛び上がっては落ちてきたのだ。


だからこそ、今回くらい、爪の先だけでもいい。

壁の頂上に届きたかった。

そう思うくらい、いいじゃないか。



何が正しいのか、もう分からない。



もう、辞めてしまおうか…



―――突然、全身が生ぬるい空間に包まれ、僕は我に返った。

そして、瞠目した。

姿を捉えることはできないが、おそらく巨大な何かが、僕の体を掴んでいるようだ。

「なん……?!」

思わずあげかけた悲鳴は、脳みそがどろりと溶けるような感覚と共に消えていく。


…あぁ、僕は夢を見ているのだろうか。身体に力が入らない。頭もぼんやりして、なんだか心地よさまで感じてきた。

もう、いいか。……いっそ。いっそ、このまま。


目をそっと閉じた、その時だった。


「ッそぉい!!」


ズブズブと飲まれていく僕の耳に、よく通る若い青年の声が届くやいなや、閃光が目の前をよぎった。

刹那、僕を捕らえていたなにかが、霧のように消え失せていく。


思い出したように五感を揺さぶるのは、ざわざわと騒ぐ木々の音、どくどくと脈打つ鼓動の音、シャツを通り抜ける風のひんやりした感覚。鼻をつく、土の匂い。


―――今、僕は何を考えた?


そう思った瞬間、恐怖が腹の底から湧き上がってきて、思わず自分を抱きしめ、呻き声をあげた。

「ううッ……あ……っあ………」


「大丈夫か?立てるか?」

頭の上で先程の声がして、おずおずと見上げると、闇の中に優しいランプの光が輝き、その青年の姿を浮かび上がらせた。

中性的な顔立ちに、ぼさぼさと跳ねた髪。肌は昼の空のように明るく、コントラストの異なる両目が心配そうにこちらを見つめている。

「あ、うん…」

「危ないところだったな。お前、エクリプスの餌になるところだったぞ」

「エクリプス…」

「見たことない顔だな。お兄さん、この辺の奴じゃないな?どこから来たんだ?」

少々気の抜けるような声で、矢継ぎ早に話しかけてくるものだから、状況を把握する間もない。

僕はズレた眼鏡を掛け直しながら慌てて口を挟んだ。

「ま、待ってくれ。今のは、なんなんだ。エクリプスと言ったな、聞いたことがない。それに、あんたは一体…」

「エクリプスを知らないのか?心を喰らう化け物だ。あれに食われたら、お前、死ぬんだぜ」


"死ぬんだぜ"


現実感と非現実感の間に立つ危うい感覚。

しかし、動物でも、人間でもない、何か―――…普通じゃない、何かが、確かにいた。

確かに、僕は死ぬところだったのだ。


「混乱してるみたいだなぁ」

黙りこくった僕を見て、青年はうーんと首を傾げ、肩を竦めて苦笑いを浮かべた。

「立ち話もなんだし、俺の家に来ないか?ここはセブンスヘブンより暗いところだ。ウダウダしてっと、また奴らが現れないとも限らんからな」


そう言うと彼は踵を返し、歩き始めた。

「あ、」

闇の中をさ迷いつづけて、僕も疲れていたのだ。

この闇の外に出られるのなら…危険を避けることが出来るのなら。心に少し光が差して、気づくと足が動き出していた。


「ま、まだあんたの名前を聞いてない」

縋るように追いかけながら質問の続きをすると、青年はこちらをチラリと見て、にっこりと笑った。


「ラグだ。俺は、ラグ・トイボックス。何でも屋だよ」

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