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いつかどこかの図書館で  作者: 鐘鳴タカカズ
5/10

第?話 鶴子と亀井

 最初にあの子に会ったのは幼稚園の頃だった。勿論小さい時の事だから記憶も結構おぼろげなんだけど、でもそのころは普通の明るい女の子だったと思う。


 あの子が変わったのは小学生一年生の時だった。二学期に入ってからすぐに、あの子の母方のおばあちゃんが亡くなった。


 それから一週間の間、あの子は学校を休んだ。久しぶりに登校してきたあの子は表面上はいつも通りだったけど、時々何かひどく苦しいことを思い出すようにしてしかめっつらを作っていた。おばあちゃんが亡くなったことが悲しかったのだと子供の頃は思っていたが、それは間違いだと今ならわかる。


 それから彼女は急にいろんなことに挑戦し始めた。スポーツ、芸術……挑戦出来ることにはなんでも挑戦していって、そしてどれもすぐに諦めた。


 そんなことを繰り返しているうちに私たちは中学生になった……このころからあの子は周囲と距離を置くようになった。なぜかはわからないが、それから今に至るまでそれは続いて、私と自分の家族以外との会話がほとんど出来ない状態にまであの子のコミュニケーション能力は減退した。


 中学生になってから彼女は小説と出会った。以前に漫画を描いて見せてきたことはあったが、私の反応が芳しくなかったのか一度描いただけでやめてしまった。しかし、小説は違った。


 あの子が書いた小説は理想ばかり先走った夢物語で、ストーリーはお粗末というほかなかった。だが主人公の言動がいちいちわけのわからない自信に満ち溢れていて私は好きだった。それを伝えると彼女は嬉しそうに笑って、すぐに次の話を書き始めた。


 高校に入ってからも彼女は小説を書き続けていたが、ある日突然こんなことを言われた。




「私の事は亀井さんと呼んで。私はまだ――じゃないから」




 何がきっかけだったのか、今でもわからない。あの子は突然自分の名前を呼ばれる事を嫌がった。自分が自分じゃないとはどういう意味だろう?


 それから今でも彼女は小説を書き続けている。文章は上達した。人物も生き生きと動き回っているし、最初の頃とは大違いだ……でもこれが芥川賞をとるかと言われれば『わからない』と答えるほかない……






 ハッと気付く。手元の分厚いコピー用紙の束はとっくの昔にめくり終わっていた。いけない、今回の話が少しセンチメンタルな内容だったせいか昔の事を思い出してしまった。下読みに集中しないと。


 パラパラと原稿をめくり、あらかじめ印をつけておいた場所にメモを書き加えていく。




「←ここは別の表現に出来ない? 前の文章で同じ言葉使っちゃってるからテンポ悪く感じます」


「←誰がしゃべってるのか分かりにくい。セリフの合間に名前を挟んだ方が親切かも」


「←五時× 誤字○」


「←ここは後半すごくよかった。もっとタメ作ると読んでる方も気持ちいいと思う」


「←告白のシーンのリアリティが薄いような気がします。この主人公ならもっとグイグイ来てもいいはず」


「←明日日× 遊び○」




 ひとつひとつ確認しながら書き込んでいく。これを明日亀井さんに手渡し、交換日記のように校正と推敲を行っていくのが応募前のいつものパターンだ。


 応募原稿でもないのにわざわざ紙でやり取りするのは亀井さんが言い出したからだ。曰く「そのほうが作家っぽい」だと。


 それを思い出してクスリと笑ってから原稿を閉じる。今回の下読みは終わりだ。あとは寝るだけ……なのだが、少し思い立って再度原稿を開く。最後のページ。


 エピローグの後の余白、そのスペースに小さく「頑張れ」と書いた。








翌々日、私の手元に帰ってきた原稿には、エピローグの後にこう追記があった。




『←これはこういう終わり方なのでエピローグ後に前向きな言葉を入れるのはちょっと……主人公の性格ともかけ離れているしボツかなぁ……』

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