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邂逅

 湖の中から突然現れたのは女性だった。


 腰ほどまであるピンク色がかったブラウンの髪はたっぷり水に濡れ、重力に従って落ちる水はいくつもの流れを作っている。

 彼女が纏っているのは簡素な白のノースリーブワンピース。

 服装だけでも今の気候には不釣り合いなことに加え、冷たい水の中から出てきたのだから奇怪なことこの上ない。


 ウィルベルは水中から突然現れた人物に対して驚いていたが、同時に目を奪われた。

 少女と女性の間くらいの歳だろう。


 水に濡れたワンピースは肌に張り付き、逆光がそのシルエットを明瞭にする。

 膨らみかけの乳房。

 視界が下着を捕え、彼は慌てて顔を伏せる。

 赤い瞳の少女。


 彼女はウィルベルを一瞥し、適当に髪から水を絞り落とすと、彼の存在などまるでないかのように横切り、森のほうへと足を進める。

 裸足だと思ったが、布製の簡素な靴を履いていた。


〈まさか人が泳いでいるとは思いませんでした。寒中水泳というものでしょうか〉


 リリィのそっけない言葉に、ウィルベルは我に返る。


「え、ちょっ、ちょっと待って!」


 彼は慌てて立ち上がるが、再び慣れぬ足場に悪戦苦闘し、水を滴らせながら森へ向かう彼女の姿が小さくなっていく。


〈追いかけるのですか?〉

「え、……えーっと」


 なぜそうしたいのか、彼自身、明確な「言葉」としての答えを持ち合わせていなかった。

 ただ、反射的に身体が動いたのだ。


 ――彼女を追いかけなきゃ。

「待ってってば!」


 ウィルベルは後ろ姿に向かって呼びかけるが、彼女の脚が止まる気配はない。


〈待ってください、彼女は――〉


 リリィの声が途切れる。

 同時に、端末ボディからモスキート音のような唸りが聞こえてきた。


「リリィ?」

智天使(ケルビム)が来ます〉


 その言葉に、上空を見上げる。

 午前の光を浴びて銀色に光る機体。その背後には遠く霞む科学の(エンピレオ)

 豆粒ほどだった機影は一気にその大きさを増し、鼓膜を裂くような音を発しながら、ウィルベルたちの頭上を駆け抜ける。

 下地は銀の塗装。その上を走る赤のライン。


〈タイプ、プリンツェスィン、アーデル・ロート、パイロットは〉


 背に生えた六翼が息継ぎをして旋回する。


「ハガル兄さんだ」





 突然現れた機天使。

 その爆音を彼女も聞いていた。

 ピンク色がかったブラウンの長い髪の彼女。

 その顔に表情はない。

 ただジッと、足を止めてその機影を見つめていた。





 ウィルベルとの距離が二百メートルを切った頃だろうか。飛翔機の音が変わる。

 ブレーキ音だ。

 飛翔機のすべてを逆噴射させての強引な停止。


 智天使は熾天使に次ぐ上位機体だ。そうでもなければ、機体が悲鳴を上げるように外装はひび割れ砕け、中の油圧も馬鹿になる。人の身体に置き換えれば血液が突然沸騰するか、血圧が一気に上がって血管が破裂する。


 そんな乱暴な操縦が許されているのは軍師の遺伝子情報上の兄であるハガルだからこそ、とも言える。

 もっとも、整備士や軍師が操縦方法を変えろと言ったところでこの男は変えない。


 ウィルベルとの距離は百メートルほどだろうか。

 そこまで来て、機体は完全に進行を止め、宙に留まる。


〈ウィルベル、通信回線を開けと言っていますが、どうしますか?〉

「いいけど、僕、インカムは持ってきてないよ」

〈ではこのボディをスピーカーとマイクとして使ってください。回線開きます〉


 途端、怒鳴り声がリリィの端末ボディから発せられる。


『こんの不良少年が! こちとら休日返上だぞ!!』


 そんなこと知らないよ、とウィルベルは心の中で呟く。


「だったら休日を満喫してればよかったじゃん! 何しに来たの!」


 声はマイク越しでハガルに伝わっているとはいえ、目の前に本人がいるとなると、どうしても大声になってしまう。


『何しに来たって、お前を連れ戻しに来たに決まってんだろトンチンカン!』

「トンチンカンってなんだよ……」

〈意味を要約すれば、意味わからないこと、もしくはそれをする人のことですね〉


 リリィの説明で、一気に頭に血が上る。


「だ、誰がトンチンカンだって!?」

『お前しかいないだろ! ここに他に誰が――』


 そう言ったハガルは、弟のウィルベルの後ろ、少し離れたところにいる彼女を見つけた。

 黙ってこちらの様子を見つめている。


『なんだ、一人じゃなかったのか』


 ハガルのその言葉に、ウィルベルは振り返る。そこに、追いかけていた彼女の姿があった。

 ハガル機の爆風のおかげかわからないが、彼女にまとわりついていた水は少し乾いていた。


「なんでここにいるんだ! 早く逃げて!」


 ウィルベルはそう言って彼女をこの場から遠ざけようとするが、言われた本人は彼を一瞥するだけで、視線を再びハガル――機天使に向ける。


〈ここで戦闘になれば確実に巻き込まれます〉

「そんなことにはさせないよ」

『で、お前のお姫さんはどこだ?』


 お姫さんというのは「白雪姫」のことだ。

 島にとって、重要なのはウィルベルの捕獲ではなく、「白雪姫」の奪還のほうだろう。


「さあね。僕を殺した後でゆっくり探せば?」

〈ウィルベル!〉

『本当にお前もアージェも可愛くねぇな!』


 アージェ、軍師エイジの愛称だ。

 ハガルは操縦桿を捻り、腰のウェポンホルダーから銃を取り出す。

 テイザーとレーザーのどちらも撃てるタイプの機天使の標準装備の黒灰の塊だ。

 その銃口をウィルベルに向ける。


『そんなんだからお前はいつまで経ってもお子様なんだよ』


 ハガルは何のためらいもなく、操縦桿を通し、トリガーを引く。

 晴天に溶けてしまいそうな青い光がウィルベルに向かって走る。


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